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38話 しらゆきパンケーキ



 朝日が降り注ぐ町の片隅に、警備員のような黒い制服を着込んだ人々の姿があった。

 

 制服の上にオリーブ色のコートを羽織り、その腕に白と赤の腕章をつけた長めの茶髪の男と、赤い腕章だけをつけたワインレッド色の外ハネのショートヘアーの少女。

 

 そして、その二人の目の前には、制服の上に黒いアウターを羽織る、ひどく緊張した面持ちの茶髪の少女が。


「ってなワケで、よろしく頼むぁ~」

「お願いします!」

「よ、よろしく、お願い、します!」


 茶髪の少女……シウが二人に頭を下げた。


 何故このメンバーなのかと言えば、前日の夜、シキが受けたセイヤの頼み事の為だった。


 


 

「――実は、明日から早速二人に見回りに行って貰おうかと思うんだけど、シウを同行させてほしいんだ」

「シウってぇと……あのお嬢ちゃんか?」

「そうそう。彼女、ファースト社に入ってからまだ日が浅いんだ。それに、少し人見知りなとこがあるみたいでさ。経験の為に、色んな人と組ませてあげたいんだよ」


 セイヤが立ち上がり、リビングのホワイトボードの元へ向かう。そして、A班の六人の名前の下に、シキとアルテの名を書き込んだ。


「それに、二人ともこの地区は初めてだろ? 彼女も地区の案内は出来ると思うしさ」

「なるほどなぁ、分かったぜぇ」

「ありがとう。よろしく頼むよ!」


 シキの答えに、セイヤが笑みを見せると、三人の名前の隣に『見回り』と書き込んだ。


 

 

 

「ほんじゃま、どっから行くか……」

「あ、あのっ!」


 シキの言葉を遮り、意を決したようにシウが叫ぶ。


「シキさん、アルテさん! こ、こないだっ! たすけてくれて……ありがとうございました!!!」


 シウの突然の大声に、シキとアルテが目を丸くする。

 そんな二人を見て、シウの顔がみるみる赤くなっていった。


「あああ、あの、えと、あの、ほんとは、昨日言おうと思ったんだけど、あの、タイミングと……後、ゆ、勇気がでなくて、こんなとこで、ご、ごめんなさい……」


 アルテが目をぱちくりさせた後、何かを思い出したかのように「あっ!」と声を上げる。

 

「もしかして、あのイノシシのケモノガタに一番最初に襲われてたのって、貴方の事ですか?」

「はい……」

「そーゆー事かぁ! すまねぇな。昨日初めて会ったもんだから、なんの事かと思っちまったよ」

「い、いえ。実は……あたし、気絶してたらしくて覚えてないんだけど……でも! 二人が、助けてくれたって聞いて。本当に、ありがとう、ございます!」


 再度下げられたシウの頭を、シキはやや乱暴に撫でた。


「わっ!?」

「っはは、恥ずかしがり屋だってぇのに、頑張って言ってくれたんか!」


「セクハラになりますよ!」とアルテに言われ、シキはシウの頭から手を離す。

 ぼさぼさにされた髪の毛のままで、シウはぽかんとした。


「本当に気にすんな。アレがオレ達の仕事だしなぁ。だが、改めて面と向かって礼を言ってくれたのは嬉しいぜ。ありがとうな」


 シキがニヤリとした笑みを見せる。

 

「い、いえ……」

「あー、そうだ。敬語はいらねぇよ。後、さん付けもむず痒いからシキって呼んでくれや」

「わ、わかり……った! シキさ、シキ!」


「おもしれぇやつだな」とシキは笑った。


「んじゃま、いこうぜぇ。案内の方、頼んだぞお」

「は、はい!」


 


 

 三人が町を歩いていく。

 時折、シキやアルテから質問を受けると、シウが辿々しい言葉で説明していた。


「まだ緊張してんのかぁ? オレら相手にそんなんしなくていいぜ。どんな粗相されよーが、取って食ったりしねぇよ」

「う、で、でも……」


 そこで、アルテが何かに気づく。


「シキ様、シキ様」


 アルテがシキの腕を引き、何かを指差した。


 アルテが指したのはとあるカフェの軒先だった。

 そこには、『期間限定・しらゆきパンケーキ』と書かれたのぼりがはためいており、白い生地のパンケーキに生クリームがこれでもかと言うほど乗せられ、赤いソースがかけられた、なんとも蠱惑的な写真まで載っている。


「あれは、ぜーったいヤバイです」

「マジかよ」

「あっ……しかもこれ、今日までですよ! シキ様!」

「おいおい、行くしかねぇな」

「え、ちょ、み、見回り中じゃ!?」


 カフェに向かい始める二人を見て戸惑うシウに対し、シキは咳払いを1つすると、真面目な表情で言った。

 

「んん、あー、オレらぁ、ファースト社の対策部はー、見回り中にいかにも怪しいカフェを見つけたあ。あの白いスイーツは、どうやら“白い羽根”をモチーフにしているように見える……これはー、是非とも潜入して話を聞かねばならなーい」

「いかにもー!」

「……ふえ?」


 シキのどこか胡散臭い真面目な口調に、アルテが同調する。突然の事に、シウは呆気にとられ、間抜けな声を出してしまう。


「ってなワケで調査に行くぞ! 三人で分けりゃあすぐ食えるだろ!」

「……いやいやいや! そもそも“白い羽根”との共通点って、白いだけだし、『しらゆき』って書いてるし!」

「シェアですね! あ、でもちゃんと飲み物は人数分頼みましょう!」

「ええ……聞いてくれてないよお……」


 シキがカフェへと入っていく。それに続き、アルテもウキウキとした様子を隠せないままで中へと入っていった。

 アルテはしっかりとシウの腕を引っ張り、ちゃんと道連れにしている。


「いらっしゃいませ。三名様で?」

「ああ」

「こちらへどうぞ」


 奥の方の席に通され、メニューを渡される。


「飲みもん、ココアで良いか?」

「う、うん……」

「あー、ホットココア3つとー、しらゆきパンケーキ1つ。これ、3人で分けたいんだが」

「ええ、大丈夫ですよ。小皿もお持ちしますね」

「助かるぜぇ」


 程なくして、三人分のココアとパンケーキが運ばれてくる。

 白く厚みのあるパンケーキに、魅惑の生クリームの山、そして、それを彩る赤いソース……。

 アルテが、その金色の瞳を輝かせた。


「ほいよ」

「わあ! ありがとうございますー!」


 シキはパンケーキを手慣れた手つきで三等分し、アルテとシウに手渡してくる。

 受け取ったものの、未だに後込みしているシウを見ると、アルテはいそいそとパンケーキを一口サイズに小さく切り、フォークごと彼女に差し出した。


「はい、シウさん! あーんしてください!」

「えぇぇ……」

「あーん!」


 アルテにうながされ、おずおずと口を開けるシウ。

 間髪入れず、生クリームがたっぷりと乗せられたパンケーキが口の中に放り込まれる。

 もぐ、と口を動かした、その瞬間、


 シウの瞳が煌めいた。


「……なにこれ、すっごいおいしい!!」

「確かに美味ぇな。生地もクリームも軽い感じで溶けていくのに、味にしっかりとした存在感がある……すげぇぞコレ」


感動する二人に対して「そうでしょう!」と、アルテが誇らしげな顔をする。

 

「な? 分かったろ? アルテは美味ぇもん見つけるのが得意なんだよ」

「たしかにすごいおいしい! けど、見回り中なのに、こんなの、バレたら……」

「大丈夫だぁ。オレぁ一時間に一度甘いもの食わねぇと死ぬから、特別に許されてんだよ」

「それは、大変ですね……」

「嘘ですからね、シウさん。信じないでくださいね」


 三人でパンケーキを頬張る。

 程なくして、二人より先に食べ終わったらしいシキは、暖かいココアを飲みながら、窓の外で通りすがる人や車を見ていた。


「ん?」

「どうかしましたか、シキ様」

「いや、知ってるトラックかと思ったが、ちげぇな」

「知ってるトラック?」

「ああ。オレぁな、ファースト社に入る前はトラックの運転手だったんだよ」

「ねこの?」

「違う違う、あんな大手じゃねぇ。小さい会社だ」


 シキはココアを一口飲む。


「あの仕事も悪くぁ無かったが、今の方が性に合ってらぁ。まあ、命もかけなきゃなんねぇし、大変さは桁違いだが、ちゃぁんと見合った報酬も貰えるしな」

「ふぅん……」

「だが、移動ばっかりなのぁさすがに堪えるぜぇ。いつか辞める事になったら、どっかに家買ってのんびりと暮らしてぇなぁ」

「そうしたらアルテも遊びに行きますね!」

「はは、そうだな。もてなしてやらぁ」


 シキは歯を見せてシウに笑いかける。


「そんときゃあ、おめぇも来いよ。もちろん、A班の奴らも連れてな」

「……うん」


 シウがココアを飲みながらも、はにかんだ笑みを見せた。


「よし、んじゃあ腹ごしらえも済んだし、見回り戻んぞ!」


 そんな時、三人のルナガル(ファースト社専用スマホ)の通知音が一斉に鳴る。


「なんだぁ?」

「あれ、A班のグループメッセージの……あ、セイヤからだ……」


 シウがルナガルを取り出してメッセージを確認した。

 すると、その顔が次第にさぁっと青くなっていく。


「…………『見回りに行ってもらってる三人、地図上ではずっとカフェに留まってるように見えるけど、もしかしてなんかあった?』……って、来て、ます……けど……」


 二人の顔からも、血の気が引いていった。


「…………急ぐぞ!!」

「は、はい!!」

「いや、もう急いでもバレて……あああ……もおどーしよお……」

「ごっそーさん!! おら行くぞシウ!」

「おいしかったですーー! またきまぁす!」


 バタバタと支払いを済ませ、カフェを出て行く三人を、きょとんとした表情の店員が見送る。

 やがて、苦笑しながらも彼らの背に向けて手を降った。


 

 その夜、三人はセイヤに軽く叱られたのだった。



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