37話 嵐の後に
その日の夜。
リビングには、いつものA班の面々に加え、新しく加わった二人の姿があった。
「改めて……S班から応援に来てくれた、シキとアルテです……」
「よお~」
「お世話になります!」
妙に疲れた顔をしたセイヤが、私服に着替えた二人を紹介する。
シキは適当に手を上げ、アルテは元気良く頭を下げた。
「よろしくねぇ。もしかして、こないだ助けてくれたって言う例の二人かい?」
「そうだよ。あの時は本当に助かったよ……ありがとう!」
「いーっていーって。あれがオレらの役割だしよ」
「キリ、アルテちゃんも凄かったんだぜ!? でかい斧を自在に振り回しててさあ!」
「んふふ、朝飯前ってやつですよー!」
A班の面々それぞれが二人を歓迎する中、シウとディオだけは様子が違っていた。
シウは何かを言いたげに二人をちらちらと見ては目を逸らし、ディオはそんなシウをずっと見つめている。
「ここに滞在する間は、オレらの事はA班の一員として扱ってもらって構わねぇ。業務も同じように割り振ってくれや」
「うん、分かった」
「だがなぁ、例外があんだ。“ケモノガタ”が出た時だ」
出された名に、場が静まり返る。
ここ最近出現するようになった強力な呪化……“ケモノガタ”は、一度出ると、その付近で何度か出現する傾向があるらしい。
つまり、一度撃退したとしてもあまり安心は出来ないのだ。
「この付近で要請がありゃあ、オレらはそっちに行かなきゃならねぇ。だから、いきなし仕事に穴開けちまうかも知れねぇが……その辺りは簡便してくれや」
「うん、分かったよ」
「そん代わり、オレらが居る間ぁきちんとケモノガタから守ってやる。安心しろぉ」
「頼もしいねぇ」
「まっかせてください! 皆様、シキ様共々、よろしくお願いします!」
◇
程なくして、夕食の時間が始まる。
今日はシキとアルテ、二人の歓迎会と称して、様々な料理が並んでいた。中にはA班の面々の好物も並んでおり、それぞれが嬉々として舌鼓を打っている。
ナスカ特製のエビフライを噛んだ途端、シキの瞳が輝いた。
「う……わ……めっ、ちゃくちゃうめぇな……」
「だーろー!?」
感動するシキに、イクスが胸を張って言う。
「なんだ、この軽い歯触り……本当に油で揚げたのか? 普通の食用油でか? 衣だけじゃねぇ、中の具も申し分ねぇし、どうなってんだこらぁ……」
「ナスカちゃんの揚げ物は良い意味でヤバいからなー!」
アルテも無言ではあるが、彼女もその金色の瞳を輝かしながら必死に頬張っている。そうして夢中になって食べ進める二人を見て、ナスカもニコニコと嬉しそうに微笑んだ。
「S班の社員寮とは違うのか? なんか良いもの食べてそうだけど」
セイヤが問いかけると、シキは2本目のエビフライを尻尾ごと咀嚼して飲み込んだ後に、「あー……」と声を漏らした。
「S班は移動が多いからなぁ。社員寮じゃメシは供給されねぇんだ。もっぱら宿泊先でなんか食うか、外食が多いんだよ」
「ほうなんへす。だはらほーいうへりょうひはほんほひはびはへ……」
「アールテぇ、気持ちぁ分かるが、ちゃんと口の中のもん飲み込んでから話せえ」
シキの言葉に、アルテは食べ物を目一杯詰め込んだ口を慌てて押さえた。
「なるほどね。それぞれ事情があるんだなぁ……」
「お二人共、おかわりもありますからね~! いっーぱい食べてください~!」
二人の様子を見たナスカが、更に大皿を追加しながらも嬉しそうに言った。
◇
賑やかな夕食も終わり、それぞれの時間が訪れる。
セイヤはリビングのソファーに腰掛け、ルナガル(ファースト社専用スマートフォン)を片手に明日の予定を確認していた。
ナスカが暖かい緑茶を彼の前に置くと、セイヤは「ありがと」と笑顔を向ける。
そんな彼の元に、シキが現れる。
「よお、ちょっと良いかリーダー」
「あ、うん」
シキは、セイヤの対面のソファーに腰掛けた。
「今日はあんがとな。急だったんに、オレらの歓迎会まで開いて貰って」
「ううん。本当はもっとちゃんとしたかったんだけどさ」
「十分すぎらぁ。それに、どうせスワンのヤツぁ、また寸前に連絡したんだろ」
「そうなんだよ……。実はシキ達がうちに来た時、丁度スワンさんからの電話の最中だったんだけどさ。インターホンの音が聞こえてたみたいで、しれっと『あ、着いたみたいですねー』なんて言うしさ……」
呆れたように言うセイヤに、シキがげらげらと笑った。
「直前過ぎんだろ! でもまあ、アイツぁどこに対してもそんな感じだぞお?」
「……良かった。俺だけじゃ無いんだ」
セイヤが遠い目をしつつ、小さい声でぽつりと漏らした。
「オレらぁ、色んな班を渡り歩いてるんだがな、アイツぁ毎回そんな感じで連絡しているらしくてよ。何度か『いきなり過ぎて寮に泊められない』って言われた時もあってなぁ。困ったもんだぜ」
「うわあ……それは大変だったね」
「本当になぁ」
苦笑いしながらも、セイヤはテーブルの上の暖かい緑茶に口を付けた。
「そーいやよ、『A班の泣き虫リーダー』ってのはおめぇの事で良いのかぁ?」
「げは!!!」
セイヤが緑茶を吹き出して咳き込む。
「えっ、げほ、なっ、ええ!?」
「クイナ知ってんだろぉ? アイツが言ってたんだよ。A班にゃあ泣き虫の弟分が居て、今はリーダーやってるハズだってなぁ」
「クイナさん……」
セイヤは恥ずかしそうに顔を伏せながら、「俺、そんなに泣いてたかな……」と呟いた。
クイナとは、セイヤの前にA班リーダーを勤めていた女性のことだった。藤色の髪と赤い瞳の活発な女性で、今は自身のアテンダント共々S班に移籍し、そちらで活動している。
「そんでなあ、ソイツがリーダーやってんなら必ず良い班のハズだ、とも言ってたぞぉ?」
「……!」
「今日の食卓を見て確信したぜぇ。ちゃぁんと噂通りじゃねぇか。なぁ?」
シキがニヤリと笑う。
「少しの間だが、よろしく頼むぜ。セイヤ」
「……うん! でも、俺、泣き虫じゃないから……」
「はは、クイナに言って訂正しとくぜぇ。ほんじゃあな」
そう言ってシキは立ち上がり、リビングの出入り口へと向かっていく。
「あっ! そうだ、シキ!」
「んあ?」
「実は、明日さ…………」




