35話 ラフィング・ボア Part.2
イノシシの“ケモノガタ”との遭遇から一刻。
A班の三人……セイヤ、ディオ、そしてイクスは、本部の会議室に居た。
「うん、大丈夫だよ。うん。分かった。それじゃあ」
セイヤが通話を終えると、自身のルナガル(ファースト社専用のスマートフォン)をしまう。
「ナスカか?」
「うん。凄く心配してたよ……ディオの怪我の方は?」
「大事無い」
ディオは制服に着替えていた。
着ていた私服は引き裂かれていたが、怪我自体は軽い擦り傷と打撲程度だったらしい。
本人曰く「牙に引っ掛けられて転ばされただけだ」との事だったが……。
「シウの方も問題は無いのだが、念のため今日は泊まって欲しいとの事だった。大きな怪我は無いが、頭を打っているらしくてな」
「そっかあ……ひとまず、無事で良かったよ」
「S班には感謝しかないな!」
「本当だね」
《S班》。
そこは他の班とは違い、ケモノガタの討伐を中心に活動する特別な班だった。
アテンダントはもちろんエクスナーも実力者揃いで、ケモノガタが出現した地域や、人員が足りない班の補助などに派遣されていたりする。
「あのケモノガタ、身元は判明しそうなのか?」
「ううん。遺留品が出なくて、行方不明者から洗い出すしか無いってさ。あんな場所で、一体何を願ったんだろうね……」
少しの間、会議室に静寂が流れる。
「もう報告は済んだのだろう? お前らは先に社員寮に帰っておけ。俺は、シウに付き添う」
「うん。ナスカにも伝えておくね」
「頼む」
会議室を出る二人を見送った後、ディオは深く息を吐いた。
◇
――セイヤ達が本部に到着する、数刻前の事。
白いベッドの上で眠り続けるシウの元には、ディオ、そして全身を白い衣装で覆い隠された人物……スワンが居た。
しかし、唯一見えているその口元には、いつもの笑顔は無かった。
「シウさんですが、とりあえず今の所は目立った影響は無さそうです。ただ、詳しい結果はもう少し時間を頂かないといけませんね」
「そうか……」
「しかし、傷まで癒すとは。一体、貴方はどうなっているのですか?」
「俺も初めてだ。イチかバチかだったんだ」
ディオは自身の腕を見る。
自ら噛み千切った皮膚は既に塞がっており、傷跡すら無かった。
「俺の血には、呪化に対しての特効がある。だから……呪化によって受けた傷にも効果があるのでは、と」
「どうやらそのようですね。事実、木にぶつけられたと言う背中の打撲はそのままでした。まあ、骨折もしてないですし、こちらは数日痛むくらいで問題無いでしょう」
スワンの指が、シウの頬に触れた。
彼女は着替えさせられ、今は穏やかな寝息を立てている。
「ですが、もう二度としないように。治療を受けた側がどうなるかは分かりません。下手をすれば、人ではない……呪化のような何かに変わってしまうかも知れません」
スワンはディオに向き直る。
目元を覆う布のせいでその表情は分からないが、瞳はまっすぐ彼を貫いているように思えた。
「その時に処分するのは、貴方自身ですよ」
「……分かっている」
スワンは、そこで今日初めての笑みを見せた。
「この事、アサキ社長には秘密にしておきます」
「恩に着る」
「いいえ。街を護る為であれば、あの方は倫理からも外れた行動をもしますから。私は、エクスナー達が材料として使われることはあまり望んでいませんので」
その時、スワンの持つルナガルから通知音が鳴った。
「おや、そろそろセイヤさん達が到着するみたいですよ」
「分かった。事情を話してくる」
「はい。シウさんは看ておきますから」
「頼む」
「……偶然とは言え、貴方はとんでもない人を選択をしましたね。でもまあ、大丈夫でしょう。きっとね」
スワンは愛おしそうにシウの頭を撫でた。




