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4話 黒き守護者たち



 街に、冷たい風が吹く。

 

 崩れた呪化(ジュカ)の破片は、風に吹かれて散り散りになり、やがて完全に消え去っていった。

 

「大丈夫か!?」

「あ、へいき、です」

「……良かった」


 心底ほっとした様子を見せると、男はシウに向かって手を差し出してきた。

 シウは一瞬躊躇しつつも、その手を借りて立ち上がる。

 

 彼女の手の中に遺された丸い“赤い実(コア)”は、陽光を反射し輝きを放っていた。

 その透明感のある赤は、中心の方へ向かう程に濃くなっていき、まるで宝石のような深みのある色をしている。


「それは俺が預かる」

「あ、お願いします……これ、今は見えているんですか?」

「ああ。呪化の体から離しさえすれば、誰でも目視出来るようになるんだ」


 シウは手の中の“赤い実”を男に手渡した。


 ――ふと、サイレンの音が辺りに響きわたる。そして、複数人の忙しない足音が聞こえ始めた。


「ファースト社の奴らだ」


 男性はすぐ近くにあったベンチへシウを座らせると、「そこで少し待ってろ」と告げた。

 程なくして、彼と同じ黒い制服を着た金髪の男性がこちらに駆けてくるのが見えた。


「ディオさん! この辺りで呪化が発生したと通報受けたんですが!?」

「もう終わった」

「え、終わっ!?」


 ディオと呼ばれた男性が“赤い実”を差し出すと、その男性は慌てて受け取り、唖然としてそれを見つめる。


「これの処理と、周りの被害の確認を頼む」

「……あ……え、あっ、はい!」


 軽く頭を下げて走り去る男性を見送った後、ディオはシウに向き直った。


「お前のお陰で、被害が広がらずに済んだ。まさか、あの場に“赤い実”が見える奴が居たとは」

「いえ、あ、あの」

「自己紹介がまだだったな。俺はディオと言う。ファースト社所属の戦闘員だ」

「あ、あたしは、シウです。柴崎(しばさき)シウって言います」

「シウか。改めて礼を言う。ありがとう」

「あ、あの、えと、こちらこそ……」

「待て。立たなくて良い、そのままで」


 ディオはシウを再び座らせると、その隣に腰かけた。


「腕、見せてみろ」

「うで?」

「さっき、呪化に右腕を掴まれていただろう」


 ディオに促され、シウがコートを脱いで袖をめくると、皮膚が擦り剥けて血が滲み出ていた。


「わっ」

「少し触るぞ。痛みは?」

「ぜんぜん……今、気づいたくらいです……」


 ディオは自身のウエストポーチから消毒液とガーゼを取り出すと、傷に向けて消毒液をかける。

 消毒液の冷たい感触に、シウは身じろぎをした。


()みるか?」

「いえ、だいじょぶ、です」

「そうか……呪化は力が強いんだ。少し捕まれただけで、こうして皮膚が裂けてしまう。怪我をさせてしまって、すまない」

「いえ! ぜんぜん痛くないし……」


 そう言えば、とシウは思い当たる。

 ディオも酷い怪我を負っていたはずだった。

 しかし、その怪我をしたはずの肩を見ると、確かに肩部分の制服が切り裂かれてはいたが、そこから露わになっている褐色の肌には痕跡がどこにも無い。


 それどころか、流れ出ていたはずの血の跡さえも。


「(見間違いだったのかな……?)」

「……? なんだ?」


 じっと見ていると、ディオと目が合い、不思議そうな顔をされる。


「え、いや! あ、あの、さっきのバケモノって……なんで、ここに?」

「呪化を知らないのか?」

「え、う……あたし、ずっと入院してたので……」


 ディオは眉をひそめ、腑に落ちないような表情を見せながらも、「なるほどな」と呟いた。

 

「“白い羽根”のせいだ。人があれを使うと、ああなってしまうんだ」


 ディオの言葉に、シウの心臓がどきりと跳ねる。

 

「えっ、じゃ、じゃあ、あれは、人間……? ……あたし、人を殺しちゃったの?」

「いいや。呪化してしまえば、人は人で無くなる。あれは、ただのバケモノだ」


 複雑な表情を見せるシウに対し、ディオは全く動じない様子で淡々と話した。


「実は、この辺りに羽根を持ってるヤツが居ると通報を受けてな。俺が調査していたんだが……間に合わなかった」

「えっと、その羽根って、もしかして願いが叶うって、言われてるヤツですか?」


 おどおどしながらも言うシウに、「まだそんな噂が流れているのか……」と、呆れたようにディオは呟く。


「あれは願いなんざ叶えない。“白い羽根”は命を落とすだけの、呪われた羽根だ」


 そう言うと、ディオは看板の1つを指す。

 そこには、『危険!』と言う大きな文字と共に、どこからどう見ても目立つ黄色い看板が立っていた。


『 “白い羽根”は災害の元です!

  “白い羽根”を見かけたら触らず通報!

  ※秘匿・販売・使用した者には罰則が科せられます※ 』


 赤い×のつけられた羽根の絵と共に、そう赤い文字で記されていた。

 シウは看板を見上げながら考え込むと、手当されている腕とは逆の手で、膝上に置いたコートのポケットを漁る。

 そして、ディオの前にその手を突き出した。


「ディオ、さん」

「何だ?」

「これ……」


 そう言ってシウが見せたのは、虹色の光を帯びた……あの小さな“白い羽根”だった。


「お前!? 何処でこれを!?」

「……えっと、拾ったの。あの、えっと、きれい、だったから」


 びくびくと体を縮こませながらも言うシウに、少し呆れたような感じでディオがため息を吐いた。


「ごめんなさい、あの、持ってちゃだめって、知らなくて」

「いいや、使う前で本当に良かった。これはこっちで回収させてもらう。構わないな?」

「はい……ごめんなさい」


 ディオが“白い羽根”を受け取り、懐に仕舞う。


「さっきも言ったが、コイツが願いを叶えてくれるなんてのは全くの出鱈目なんだ。命を落としたくなければ、お前も気を付けろ」

「う、はい……」


 ディオは新しいガーゼを取り出し、それを患部に貼ると、手際よく包帯を巻いた。


「ひとまず、これで平気だろう。もしも痛むようなら、念の為病院に行ってくれ」

「ありがとう、ござい、ます」

「感謝するのは俺の方だ。あの時は本当に助かった……ありがとう」


 シウはディオの言葉に、少し照れながら頷いた。

 

 

 彼女がコートを着直す中、ディオは難しい顔をして何かを考え込む。

 そして、何かを決心したように一人頷くと、顔を上げた。


「なあ、シウ。少し、時間はあるか」

「はい?」

 

「お前……ファースト社に入る気は無いか?」

 

「えっ」

「いや、むしろ……来て、欲しいんだ」

「へ!?」


 突然の言葉に、思わず声が裏返る。

 対してディオは、何処か少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


「あー……えっとな、呪化の弱点……体内にある“赤い実”を見られる人間は、非常に数が少ないんだ。お前はファースト社にとって、稀少な存在になる」

「稀少な、存在……」

「もちろん、協力してくれるのであれば、その分きちんと報酬も出される上、生活も保障される。悪い話では無い筈だ」


 先程から言われている、『ファースト社』。

 そこは今現在、唯一呪化に対抗できる手段を持つ組織だった。

 元々は一介の警備会社だったらしいが、今や警察と同等の権力を持つほどまでになっていた。


 しかし、同時に悪い噂も絶えない。

 

 その噂は、羽根を独占し願いを好き勝手に叶えていると言う話から、やれ人体実験が行われているだの人造人間が働かされているだの……ややファンタジーめいたものまで様々だが。

 それでも、未知の災害である呪化を退治してくれる事もあり、街の人々からの信頼は厚かった。


 シウが、自身のコートの裾をぎゅっと握る。


「で、でも、戦うってこと、でしょ? あたし、ディオさんみたいには、戦えません」

「その点に関しても心配は無い。俺のように、戦闘力を持った専属のパートナーが付けられる。逆に言えば、戦えても“赤い実”を採れなければ意味が無いんだ」

「……」

「俺達には、お前が必要なんだ。……頼む」


 深い青の瞳が、真っ直ぐにシウを見つめる。

 

 彼と出会ってからの出来事……呪化との遭遇、そして戦闘。そのどれもが、今まで彼女の生活には一切関わってこなかった事ばかりだ。

 彼のその提案を受け入れれば、それらが普通となり、文字通り生活が一変する事となるだろう。


 しかし、今の彼女にとってそれ以上に重要なのは、自分の存在が誰かにとって必要とされているという事実だった。

 


 もしかしたら、そこでなら、

 自分が生きていてもいい意味を見いだせるかもしれない。



 シウはゆっくりと顔を上げ、ディオの真っ直ぐな視線に自らの目を重ねた。

 

「……いき、ます」

「……! 本当か!」

「うん、戦うのは、怖い、けど」

「いや、助かる……ありがとう」


 心から安堵したのか、ディオがふっと笑った。

 その柔らかな笑顔に、シウはどきりとした。


 しかし、ディオはハッと気が付いたように口元を片手で覆い隠すと、すぐに元のきりりとした表情に戻った。


 

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