33話 うみのおと、けもののこえ Part.2
ディオとシウが休暇を取っている中、他のA班の面々はそれぞれの業務をこなしていた。
今日はセイヤとイクスの二人が、自分達の社員寮にほど近い場所を見回っていた。
「今日も平和だぜー!」
「そうだね~。前二連続だったし、しばらくは出ないでしょー……」
「次はケモノガタだったりしてなー!?」
「そんなまさか」
道を歩きながらも、セイヤとイクスはお互いに笑い飛ばす。
しかし、それは段々と乾いた笑いになっていった。
「……無いよね?」
「って思いたいけどな!」
ふと、セイヤが足を止めた。
「どしたー?」
「ねえイクス。あの二人、今日どこ行くって言ってたっけ?」
「確か、この近くにある展望台ってたぜ? あ、ほら! 二人ともルナガル持ってるみたいだ!」
イクスが指し示すルナガル(ファースト社専用のスマートフォン)の画面。
そこに表示された地図には、彼ら以外にもA班の班員を示す赤い点が2つ並んで動いていた。
「……イクス、俺さ。なんか、凄く嫌な予感がするんだけど……」
「へっ!?」
◇
カフェでの食事を終えた後、ディオとシウの二人は、近くの小道を適当に散策していた。
風に吹かれ、さらさらと葉の揺れる音がする。
「シウ、この後どこか行きたい所は、」
ディオがそう言って振り向くと、彼女は呆然と立ち尽くしていた。
「シウ?」
その瞬間。
シウは、全身の肌が泡立つような、不快な感覚に包まれていた。
その感覚はやがて、体を巡る血が徐々に凍りついてしまうような感覚に変わり、体がガタガタと震え出す。
「……やだ」
「どうした?」
「なんか……おかしい、こわい、こわいよ……!」
「おい、シウ!」
地面に座り込んだシウは頭を両手で抱え、何かを振り払おうとするかのように、何度も何度も頭を振るう。
「シウ! 大丈夫か!?」
「……なにか、くる……!!」
シウがそう言うのと同時に、この世の物とは思えないような咆哮が辺りに響いた。
それは豚のような動物の声に人間の叫び声が混ざったような、酷く不快な声。
「この声は、呪化!? いや、まさか……」
声からしてかなり近くだ。
ディオはシウを背にし、目の前の気配に構える。
何かが駆けてくる音が聞こえる。
それは、真っ直ぐに二人の元へ向かって来ている。
程なくして、バキバキと木をなぎ倒し、 四本足の生えた大きく黒い塊が二人の目の前に現れた。
「……“ケモノガタ”……!!」
ディオに答えるように、それは不快な咆哮を上げた。
黒い木の根が複雑に絡み合ったそれは、寸胴に四本足が生え、大きめの牙があり、まるで簡易的に描かれたイノシシのようだ。
イノシシの“ケモノガタ”は、ただの窪んだ空洞のような目でこちらを見ている。興奮しているようで、時折足で地面を蹴りつける仕草も見せた。
「……シウ」
ディオはケモノガタから目を反らさぬままでシウに呼び掛ける。
「逃げられるか?」
「だめ、なんか、たてなくて……ごめん……ごめんなさい……」
シウはか細く、震えた声で、謝罪を繰り返す。
ディオがシウを抱えて撤退するのは簡単だった。
だが、その場合は野放しにされたこの呪化が何をするか分からない。ましてや、近くには人が集まる場所がある。
「シウ。俺が守る。その間、本部に連絡を取れるか」
「う、ん……」
ディオは着ていたジャケットを脱ぎ捨てると、拳を構え、真っ直ぐにイノシシを見据えた。




