32話 うみのおと、けもののこえ Part.1
断崖絶壁に建てられた、古い石造りの展望台の上。
そこに一人の少女と、男性が訪れていた。
「すっ……ごーい……!」
少女――シウは、低めの石造りの壁から身を乗り出し、緋色の瞳を輝かせた。
展望台の周囲には何も遮るものがなく、そこからは果てしない空と海が広がっている。
潮の香りを乗せた風が、少女のスカートの裾を舞い上げ、茶色い髪をさらさらと揺らした。
シウの隣にはディオがおり、彼も風に黒い髪を揺らされながら海を眺めている。
「寮からも海は見えるけど、ぜんっぜんちがうねー!」
「そうだな」
辺りには力強い波の音が響き、二人の頭上で飛び交うウミネコ達が鳴き声を上げた。
展望台から少し移動した所には、例のカフェがあった。
ここもまた小高い丘に建てられており、木を基調としたログハウスのような暖かみのある店内には、海を一望できる大きな窓があった。
「すごいよディオ! 窓の外! 見て!!」
目を輝かせはしゃぐシウを見て、ディオの口元がほんの少し緩んだ。
◇
窓のすぐ外で、ウミネコが二羽並んで羽を休めていた。
彼らの向こうに広がる海の奥で、漁船がのんびりと波の上を滑っていく。
カフェプレートに乗せられた、色彩豊かなランチがテーブルに運ばれ、シウが目を輝かせながらフォークを手に取ると、サラダを頬張った。
「おいっしい!」
「良かったな」
「そういえば、ディオってファースト社に入ってから長いの?」
「何故だ?」
「なんか、スワンさんとも仲良さそうだったし、後、イナちゃ……社長、さん、とも面識あるって言ってたし」
ディオはコーヒーのカップを手に、少し考え込む。
「……俺は、元々武器の開発を手伝っていたり、アテンダント達の戦闘教官をしていたんだ」
「戦闘教官?」
「ああ。武器の取り扱いや立ち回り、つまり、主に戦う事に関してを教え込んでいた」
「へぇ~……もしかして、たまに本部に行ってるのもそのせい?」
「いいや、今はその関係の事は他の奴に任せている。また別件だな」
「そうなんだー。教官だったから、たまに先行部の人にびっくりされてるんだね」
「……まぁな」
ディオがカップを傾け、静かにコーヒーを流し込む。
「なんで教えるの止めちゃったの?」
「俺が現場に出れる準備が整ったからだ。それに、良い加減自分から直接追いたかったからな」
「追いたかった? だれを?」
「お前達も知っているはずだ。呪化を起こす根源……“白い羽根”の主と呼ばれている者」
――その街の遙か上空には天使が住んでいて、
彼が落とす虹色の“白い羽根”を手に入れた者の願いを叶えてくれるらしい――
「《天使》だ」
ディオの言葉に、シウは思わず目を丸くする。
フォークが手から滑り落ちかけ、慌てて持ち直した。
「えっ、でっ、でも! 天使って架空の話じゃ!?」
「いいや、実在する。お前達人間が言うような、空想上の生き物では無い。そもそも、“白い羽根”や“呪化”も、既に非現実的な話じゃないか?」
「たしかに、そうだけども!」
「“白い羽根”は、天使を堕とさなければ止まらない。この街の悲劇を止めるには、どうにかしてヤツを見つける……それしか無いんだ」
そう言って、ディオはカップに入ったコーヒーをあおる。
彼の髪につけられている赤いリングが揺れ、きらりと光った。
波の音が、妙に大きく聞こえる。
コーヒーの香りと穏やかな音楽が場を満たす中、シウは発する言葉を見つけられないまま、ココアのカップに口をつけた。




