31話 クラッシュアウト
ディオの青い瞳に、白く揺らぐ光が映る。
その焼却炉の中では、煌々と白い炎が燃えており、隣にはメーターのつけられたポンプのようなものが設置されていた。
そのポンプの中は、赤い液体……彼の血液で満たされていた。
彼はそのメーターの数値を確認すると、ふうっと息を吐いた。
彼は重厚な扉から外に出ると、しばらく廊下を歩き、やがて『社長室』と書かれた部屋のドアを開く。
中には、白衣姿のアサキがいた。
ファースト社の社長である彼は、自身の椅子には座らず、来客用のソファーの1つに腰掛けて書類を読んでいる。
「……補充、終わったぞ」
「あーりがとーう! こっちも報告書読ませて貰ったよ。じゃあ、次はルナガルにこの機能を追加しとくねえ」
「ああ、頼む」
ディオは疲れ切った様子でアサキの対面のソファーに座る。
そうして一息吐くディオに、白い衣装に身を包んだ人物……スワンが、コーヒーを差し出した。
「お疲れ様です。どうぞ」
「助かる……しかし、最近消費量が多いな……」
「ごめんごめーん。ちょっと新しい実験に使わせてもらってるのさ~」
「……まあ、良いが。それに、先日、シウが世話になったそうだな?」
「あちゃー、ばれちゃった?」
「あれは分からない方が可笑しいだろう」
ディオが溜め息まじりに言いながらも、出されたコーヒーに口を付ける。
――その直後、彼は硬直した。
「……おい、スワン」
「はい?」
「これ、何を入れた……?」
「にんにくコーヒーですよ。にんにく100%で作られた珍しいコーヒーでして、疲労と貧血に効果があるそうです。いつも補充後は酷くお疲れのようなので、取り寄せてみました」
「…………ありがとう」
ディオはクリームの入ったポーションを2つ手に取り、中身を加えると、スプーンで丹念に混ぜた。
「んふふー。それにしてもさあ、ディオくん。あの子と仲良くやってるみたいだねぇ? 最初はちょっと渋ってたのにさ~」
アサキはにんまりと笑うと、ディオを見る。
「君、最終的にパートナーになるって決めたの、あの子の願いの話を聞いたからだろう? 普通の人間になりたいなんてさ。まるで、君の願いと一緒だねえ?」
「……あいつから聞いたのか」
アサキは答えず、その金色の瞳を細め、ただ笑みを浮かべた。
「安心してよ。《天使》を討伐した暁には、君のその願いは僕が叶えてあげるからさ。それまで、宜しく頼むよ」
ディオはアサキに応えず、無言でコーヒーを啜った。
「んふふー、それにしてもさー、楽しかったよ~わんこカフェ! 柴犬がいっぱいでさあ~、みんな可愛いかったねぇ」
「良かったな」
どこか不貞腐れた様子で言うディオに対して、アサキがニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「おやー嫉妬? 嫉妬かな? 君を差し置いてシウちゃんと出掛けちゃった僕に嫉妬した? そんなに嫉妬するならさー、そもそもの話、君がシウちゃんと出掛けてあげれば良いだろう? 恥ずかしいのかい? ん? ん?」
ディオは静かにカップを置いた。
そして、突如立ち上がると、アサキのニヤけ顔を鷲掴みにする。
「へ?」
「……お前が」
「えっ?」
「お、ま、え、が、呼び、出す、から、だろう!!!!」
掴んだ手に渾身の力を込めて、彼の顔を締め上げた。
「アァアアーーーー!!!」
首を絞められたカラスのような悲鳴が響き渡る。
ディオはなおも手に力を入れ続け、ギリギリとアサキの顔を締め上げる。
「あまつさえ!! 呼び出した本人は街でフラフラ! 俺は何時間も待ち惚けだ! 予定では夕方前には終わると伝えられていた筈が……実際に終わったのは22時過ぎだぞ!?」
「イタイイタイとてもイタァイ!!!!」
「見事なアイアンクローですね。流石です」
「ススス、スワンくん! 言ってないで助けて!!」
「いやー、その件に関しては、私も貴方に非があると思うので」
「味方がいない!! 脳! 脳が出ちゃううう!!」
◇
「いんやー、小顔になるかと思ったよ~こわいこわい」
「一度、何処まで圧縮出来るか試してやろうか?」
「少し興味はあるね」
アサキが乱れた白衣を直しつつ椅子に腰掛け、「おかわりちょーだーい」とスワンに言う。
こめかみなどに微妙に指の痕がついているが、彼は気にしない様子でズレた眼鏡をかけ直した。
「とりあえずさー、お陰様でこっちの方はあらかた落ち着いてきたし、今度の休みは一緒に出掛けてあげなよ」
「しかし、出掛けると言ってもな……」
「それなら」
スワンがコーヒーのおかわりを差し出しながら言う。
「貴方達の社員寮の近くに、カフェがあるのはご存知ですか?」
「カフェ?」
「ええ。オーシャンビューが売りらしく、内装はオシャレ過ぎず、かと言って映えない訳でも無く、程良く落ち着ける場所だと聞いています。近くにはちょっとした展望台もありまして、今の時期なら咲き始めた菜の花が見られるかと思いますよ」
「詳しい情報送っておきますね」と、スワンは手元のタブレットを操作する。
程なくして、ディオのルナガルの通知音が鳴り、彼は画面を見た。
「シウさんも貴方も、あまり騒がしいのが好きでは無さそうですし、こう言うのも良いのではないでしょうか?」
「なるほどな。助かる」
「いえいえ。しかし、シウさんの事になると私の意見ですら素直に受け入れるんですね」
「………………」
「おや、どうしたんですか? 苦いものでも食べたような顔をして」
「当ててあげようか~? これはムカつくけど今は情報提供して貰ったから下手なこと言えないなって顔だよこれは! いやー、彼もなーんだかんだと言って自身のエクスナーの事はちゃんと大切にしてるんだよねー! スワンくん、今後もシウちゃんの事を絡めていけばもーっともっとディオくんは素直になってくれるんじゃ」
ふと、アサキの眼前が暗くなる。
気付いた時には、目の前にディオの手の平が迫っていた。
「ア゛ァーーーー!!!! ノーミソデチャウーーー!!!!」
「貴方も懲りないですね~」
その後、しばらくファースト社内では、アサキがダイエットしただの整形しただの……そんな噂が流れるようになった。




