29話 ハプニング Part.3
本部の会議室。
ディオは出されたコーヒーを飲みながら、資料に目を通していた。
――と、やや乱暴に扉が開けられる音と、忙しない足音が聞こえだす。
「ディーオくーん! おっまーたせ~!」
「……アサキ……」
笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる白衣の男性を見て、ディオの眉間に皺が寄っていく。
「貴様……人を呼び出しておいて、自分は街で楽しくお遊びか……? 良い御身分だな……?」
「いやー、ごめんごめーん! ディオくん呼んだのすっかり忘れてたよ~。ほらほら、お土産!」
「……」
ディオは眉をひそめながらも、アサキが差し出した小さめの紙袋の中を見る。
そこに入っていたのは、肉球のマークが入った可愛らしいクッキーだった。
「それさ、すっごい美味しいらしいよ~? ディオくんの為に買ってきたんだよー」
可愛らしいクッキーを片手に、ディオはため息を吐く。
「まあ、良い。さっさと始めろ」
「はーいはい! それじゃあ今後の“トクイガタ”対策についてなんだけど、今実験的にG班でさ――」
◇
結局、ディオが社員寮に帰り着いたのは、夜中に差し掛かろうかと言う時間だった。
既に社員寮は静寂に包まれており、ディオは車のキーをそっと元の場所に返すと、疲労からのため息を吐きながら自室へと向かっていく。
自室のドアの隙間からは光が漏れており、ドアを開くと、シウがぱあっと顔を輝かせながら出迎えた。
「ディオ! おかえり!」
「まだ起きていたのか」
「うん! これね、おみやげ買ってきたの! 見て見て!」
そう言って、シウがどこかで見たようなデザインの紙袋を差し出してくる。
訝しみながらも中身を見ると、そこには黒い柴犬のキーホルダーが入っていた。
「なんかソレ、ディオに似てるなって思って買ってきたの!」
「……ありがとう」
紙袋には他にも何か入っているようだった。
彼が底の方を探ると、出てきたのは……、
「……!?」
今日本部で見た、あの可愛らしいクッキーだった。
「みんなに買ってきたんだー」と嬉しそうに言うシウに対し、ディオは複雑な表情を見せる。
「これ、どうしたんだ?」
「街で買ってきたの。なんかわんこカフェがあって……そうそう、ファースト社の技術者だーって人に会ってね、その人と行ってきたんだ~」
ディオは嫌な予感がしていた。
「……そいつ、名前は名乗っていたか?」
「うん、イナモリさんだって。イナちゃんって呼んでって言われたよ」
「……あいつ……」
ディオが心底呆れた様子で、思わず目を手で覆う。
「ど、どしたの?」
「シウ。お前が今日会ったと言うそのイナモリとやらは、髪が白くて眼鏡をかけた胡散臭い男だろう?」
「えっ、あー、うん」
「そいつのフルネームは、稲守朝木。ファースト社の代表取締役……つまり、ファースト社で一番偉い奴だ」
「え」
「えええええええ!?!?」
シウの絶叫が社員寮中に響き渡る。
どこからか「なんだなんだ!?」と戸惑うセイヤの声が聞こえた気がしたが、最早それどころではなかった。
「あいつ、あまり顔が公になっていないのを良い事に、ワザと正体を明かさず社員に接触してきて、その様子を楽しむんだ」
「で、でも、ルナガルとか備品を作るのを担当してるって!」
「嘘じゃ無い。確かにルナガルや俺達の使う武器等は、元々はあいつが作った物だ」
「……ひえ……あ、あた、あたし、失礼なコト、しちゃったかも……」
「気にするな。失礼な事をされたのはお前だ」
シウはしどろもどろになりながらも、肉球の袋とディオとを交互に見比べる。
「楽しかったか?」
「う、うん」
「なら良い。あいつの顔を潰すのは許してやろう」
「つぶ……ディオと社長さんって、どういう仲なの……?」
「古い友人……いや、腐れ縁だな」
そういうとディオはジャケットをハンガーにかける。
「もう遅い。そろそろ寝ておけ」
「う、うん、おやすみ」
「おやすみ」
ディオはシウがカーテンを閉めるのを見届けた後、キーホルダーとクッキーを机に置き、椅子に腰掛ける。
そして、黒柴のキーホルダーを指でつまむと、少しの間それを眺めた。
どことなく目つきの悪い黒犬のキーホルダーが、彼の指先でゆらゆらと揺れた。




