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29話 ハプニング Part.3


 

 本部の会議室。

 ディオは出されたコーヒーを飲みながら、資料に目を通していた。

 ――と、やや乱暴に扉が開けられる音と、忙しない足音が聞こえだす。


「ディーオくーん! おっまーたせ~!」

「……アサキ……」


 笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる白衣の男性を見て、ディオの眉間に皺が寄っていく。


「貴様……人を呼び出しておいて、自分は街で楽しくお遊びか……? 良い御身分だな……?」

「いやー、ごめんごめーん! ディオくん呼んだのすっかり忘れてたよ~。ほらほら、お土産!」

「……」


 ディオは眉をひそめながらも、アサキが差し出した小さめの紙袋の中を見る。

 そこに入っていたのは、肉球のマークが入った可愛らしいクッキーだった。


「それさ、すっごい美味しいらしいよ~? ディオくんの為に買ってきたんだよー」


 可愛らしいクッキーを片手に、ディオはため息を吐く。


「まあ、良い。さっさと始めろ」

「はーいはい! それじゃあ今後の“トクイガタ”対策についてなんだけど、今実験的にG班でさ――」

 



 

 結局、ディオが社員寮に帰り着いたのは、夜中に差し掛かろうかと言う時間だった。

 既に社員寮は静寂に包まれており、ディオは車のキーをそっと元の場所に返すと、疲労からのため息を吐きながら自室へと向かっていく。


 自室のドアの隙間からは光が漏れており、ドアを開くと、シウがぱあっと顔を輝かせながら出迎えた。

 

「ディオ! おかえり!」

「まだ起きていたのか」

「うん! これね、おみやげ買ってきたの! 見て見て!」


 そう言って、シウがどこかで見たようなデザインの紙袋を差し出してくる。

 訝しみながらも中身を見ると、そこには黒い柴犬のキーホルダーが入っていた。


「なんかソレ、ディオに似てるなって思って買ってきたの!」

「……ありがとう」


 紙袋には他にも何か入っているようだった。

 彼が底の方を探ると、出てきたのは……、

 

「……!?」

 

 今日本部で見た、あの可愛らしいクッキーだった。

 

「みんなに買ってきたんだー」と嬉しそうに言うシウに対し、ディオは複雑な表情を見せる。


「これ、どうしたんだ?」

「街で買ってきたの。なんかわんこカフェがあって……そうそう、ファースト社の技術者だーって人に会ってね、その人と行ってきたんだ~」


 ディオは嫌な予感がしていた。


「……そいつ、名前は名乗っていたか?」

「うん、イナモリさんだって。イナちゃんって呼んでって言われたよ」

「……あいつ……」


 ディオが心底呆れた様子で、思わず目を手で覆う。


「ど、どしたの?」

「シウ。お前が今日会ったと言うそのイナモリとやらは、髪が白くて眼鏡をかけた胡散臭い男だろう?」

「えっ、あー、うん」

「そいつのフルネームは、稲守(イナモリ)朝木(アサキ)。ファースト社の代表取締役……つまり、ファースト社で一番偉い奴だ」 

「え」


 

「えええええええ!?!?」


 

 シウの絶叫が社員寮中に響き渡る。

 どこからか「なんだなんだ!?」と戸惑うセイヤの声が聞こえた気がしたが、最早それどころではなかった。


「あいつ、あまり顔が公になっていないのを良い事に、ワザと正体を明かさず社員に接触してきて、その様子を楽しむんだ」

「で、でも、ルナガルとか備品を作るのを担当してるって!」

「嘘じゃ無い。確かにルナガルや俺達の使う武器等は、元々はあいつが作った物だ」

「……ひえ……あ、あた、あたし、失礼なコト、しちゃったかも……」

「気にするな。失礼な事をされたのはお前だ」


 シウはしどろもどろになりながらも、肉球の袋とディオとを交互に見比べる。


「楽しかったか?」

「う、うん」

「なら良い。あいつの顔を潰すのは許してやろう」

「つぶ……ディオと社長さんって、どういう仲なの……?」

「古い友人……いや、腐れ縁だな」


 そういうとディオはジャケットをハンガーにかける。


「もう遅い。そろそろ寝ておけ」

「う、うん、おやすみ」

「おやすみ」

  

 ディオはシウがカーテンを閉めるのを見届けた後、キーホルダーとクッキーを机に置き、椅子に腰掛ける。

 そして、黒柴のキーホルダーを指でつまむと、少しの間それを眺めた。

 どことなく目つきの悪い黒犬のキーホルダーが、彼の指先でゆらゆらと揺れた。


 

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