28話 ハプニング Part.2
二階への階段を上ると、その入り口には『わんこカフェ』との看板が掛かっていた。
「わんこ、カフェ……?」
「そうそう! 最近出来たんだよ~。ずっと来てみたくてね~!」
「ほわ……」
入口に掲げられた可愛らしい柴犬たちの写真に、シウの目が輝く。
イナモリはさくさくと受付を済ませ、シウに入場票を手渡してきた。
手を洗い、奥の部屋へと通されると……そこには何匹もの柴犬達が待ちかまえていた。
「おや? 僕達だけみたいだ。貸し切りだね!」
二人が来ると、待ってました!とばかりに柴犬達がわらわらと近寄ってくる。中には、甘えるように前足を掲げてくる子犬も。
「か、かわ、かわわわわ……!」
静かに興奮するシウを見て、イナモリが笑った。
「なるほどね~、こんな感じなのかぁ。いんやー、かわいいねえ!」
「はわ、はわわ、かわ、あ……」
シウは柴犬達に囲まれ、完全に語彙力を失っていた。
ハッと気付くと、今度はルナガルでぱしゃぱしゃと写真を撮りまくる。
「ふふ。楽しそうだねぇ。そう言えばシウちゃん。対策部の仕事の方はどうだい?」
「んんー、大変なコトもあるけど、なんとか……やってます」
「そうかそうか」
シウは子犬の写真を撮りまくった後、「よし!」と満足そうに呟いた。
「こないだも、やらかしちゃって、セイヤ……えーと、リーダーに怒られちゃって」
「ああー! あの最終的に二人で抱き合ってたってヤツかい? 良いねぇ良いねぇ、青春だよねぇ~」
イナモリは「ねー」と言いつつ、柴犬と戯れる。
「ちっ、ちが! な、なんで知ってるんですか!?」
「本部の人間だからねぇ、僕は。何でも知ってるよ~。ま、彼が怒ったのも、キミの事をホントーのホントーに心配してくれての事なんだろう?」
「……うん。ディオ……あの、あたしのパートナーも同じコト言ってました」
「そうだろう? あの子は頭ごなしに叱るような人間じゃないからねぇ。若いのに、しっかり考えて細やかな対応をしてくれている。それは大変な労力だろうに、それを感じさせない。本当に良いリーダーだと思うよ」
そこで、店員の女性が二人のドリンクを持ってくる。
イナモリは「どうも~」と受け取り、シウに1つ手渡した。
「あっ、ありがとうございます」
「いんえ~。あ、そーだ。そのディオくんはどうなんだい?」
「ディオ……?」
「そうそう。キミはエクスナーとしてここに来る際に、パートナーとしてディオくんの事を指名したと聞いたよ」
イナモリはアイスコーヒーにシロップを入れ、ストローでかき混ぜる。氷がぶつかり合う、心地よい音が響いた。
「正直な話、僕はキミが何故あのディオくんを指名したかまぁーったく分からないんだよ。ディオくんは無愛想だし笑わない、おまけに威圧的なところもあるし、お世辞にも第一印象は良いとは言えない人物だ。それに、きっと最初は断られた筈じゃないかな?」
「……はい」
「けれども、結局彼はキミのパートナーとなった。恐らくだけど、キミが押し切ったんだろう?」
先程までのやや軽い口調とは違い、至って真面目な口調でイナモリが言った。
「ほぼ初対面だったはずだ。なのに……何故キミはそんなにも彼に執着した? 彼の何処が良かったんだい?」
金色の瞳が、シウを見据える。
いつの間にか柴犬達は離れ、シウはテーブルに置かれたグラスを握りしめていた。
グラスから滴り落ちる滴が、彼女の指を濡らしていく。
「……あ……の……上手く、言えないけど、この人なら、信用しても大丈夫かなって、思って」
「へぇ?」
「えと、あたし家族に色々あって、それも全部自分のせいだって思って、ずっと自分の事を責めてたんです。今ちゃんと考えたら、親のせいだって分かるんですけど……でも、あの時ディオは、そんなあたしのことを心配して、話も聞いてくれて。『大丈夫だ』って励ましてくれて」
「そんなことを? 彼が?」
心底意外そうに言うイナモリに、シウは頷く。
「あたし、実は……普通の人間になりたかったんです。誰にも嫌われないような、普通の人間にならなきゃ、この世じゃ自分の居場所が出来ないって思ってて……」
シウの言葉に、コーヒーを飲もうとしていたイナモリの動きが一瞬止まる。しかし、彼女はそれに気付かずに言葉を続けた。
「でも、ディオは、今のお前でも大丈夫だって言ってくれたんです。……最初は、パートナーなんて誰でも良かったんですけど、でも、いざファースト社に行くってなった時に、なんだかディオじゃなきゃヤダって思って」
「……ふぅん」
「なんていうか! あの、恋愛感情的なもんじゃなくて! あの、うまくいえないけど……」
しどろもどろしながらも、必死に言うシウに、イナモリは微笑んだ。
「なーるほどね……ともかくキミは、本当に彼が良いって思って決めてくれたんだね」
ドリンクの氷の一部が溶け、からん、と音を立てた。
「……これなら、大丈夫そうかな」
「? なにか言いました?」
「いんや? ともかく、ディオくんを宜しく頼むよ、シウちゃん。話してくれてありがとうね?」
「え、あ、は、はい」
「本当はさー、僕もディオくんみたいに現場に出てみたいんだけどねー。僕は立場上、あんまり外に出ちゃいけないんだよねぇ」
「確かに技術者さん? ってあんまりいないですよね」
「ま、それもそうなんだけど、もっと別の理由があって」
その時、着信音が鳴る。
どうやらイナモリのルナガルからのようで、彼はルナガルを取り出して画面を見ると、「あ」と言った。
「そうだった、約束あったの忘れてたよー」
「ええ!? ソレ、早く行った方がいいんじゃ……?」
「まあー、大丈夫でしょ!」
イナモリはルナガルの着信応じず、そのまま切って懐にしまった。
「でも、さすがにもうちょいしたら向かった方がよさそうだね。コレ飲みきったらお暇しようかな~」
「約束の時間って、いつなんですか?」
「2時間前だね!」
「……行く気あります?」
「あるあるさ~」
シウは見ず知らずの彼の待ち合わせ相手に同情した。
それから結局なんだかんだと1時間楽しみ、退店する時間となった。
二人がレジに向かうと、その手前にちょっとしたスペースがあり、そこでは柴犬を模したキーホルダーやクッキーなどが置かれていた。
どうやら、お土産用の物を売っているらしい。
「わぁ! お土産コーナーがある!」
シウはキーホルダーを手に取ったり、嬉々として吟味している。
中でも黒柴のキーホルダーが気になっているようで、それにはテディベアのような格好の、少し目つきの悪い黒柴のフィギュアがついている。
「それ、どことなくディオくんに似てるね~」
「あたしも思いました! 買っていってあげようかなぁ……」
「きっと喜ぶと思うよ~? 彼ね、ああ見えてそういうのに弱いんだ」
「ほんと!?」
シウはキーホルダーをキープした後、なおもきょろきょろと品物を吟味し、小さめの袋を5つ手に取った。
それには肉球のマークが入っており『お土産にどうぞ! フレッシュバタークッキー』と言う札が掲げられている。
「それはA班のみんなにかい?」
「あ、はい!」
「クッキーか。いいね~! 僕も買っておこうかな」
イナモリはシウと同じものを2つ手に取る。
「あ、お会計この子と一緒で。こっちは袋は別にしてねー」
「えっ!? あ、あたし、払います!」
「いいよいいよ~。強引に誘っちゃったし、僕の奢りって事で! 色々お話聞けて面白かったよ」
「はい」と、袋を手渡してくる。
「じゃ、僕は行くね~。今日はありがとうね、シウちゃん。またね」
イナモリは手を振りながら足早に去っていった。
「なんか変わった人だったなぁ……悪い人じゃなさそうだケド」
遠ざかっていく彼の背を見送った後、シウは社員寮に帰るべく踵を返した。




