26話 播種
ファースト社本部。
夕日の差す廊下を、一人のアテンダントが歩いていく。
その手には書類の束と、“赤い実”の入った瓶があり、瓶の中のそれは夕日を反射し、赤く煌めいた。
少しの間歩き続けた後、『総合実務部長室』と書かれた部屋の前で足を止めると、そのドアをノックした。
「どうぞ」
中からの声に導かれ、彼は部屋へと入っていく。
「失礼します」
「あら、リカルドさん」
「スワンさん、こちらをお持ちしました」
リカルドはスワンに“赤い実”の入った瓶を二本と、書類をいくつか手渡す。
「受け取りに行くのを忘れていましたね。ご足労お掛けしました」
「いいえ。今日出没した分、これで全部です。それでは失礼します」
「あ、リカルドさん。ついでですので、1つお聞きしたいのですが」
スワンの言葉に、部屋を出ようとしたいたリカルドは足を止め振り向く。
「何でしょう?」
「『彼ら』、名前は何が良いと思いますか? さすがの私もそろそろネタ切れでして、最近は良いものが中々思い付かないんですよ」
今し方持ち込まれた瓶を指し、口元に笑みを浮かべながら聞くスワンに対して、リカルドはやや嫌そうに眉をひそめた。
「……前に、僕の事をセンスが無いって笑ったのをお忘れですか?」
「そんな事ありましたっけ? ともかく、何でも構わないので今思いついた名前を言ってみてください」
「ゴンベ」
「却下」
「……」
笑みを崩さず言い放つスワンを、リカルドはジト目で見る。
「……なら、お菓子の名前とかどうですか。シャルロットとかショコラとか、あとポムとか」
「アリですね。ほら、ちゃんと良い案出せるじゃないですか」
「……もういいですよね? じゃあ、失礼します」
リカルドはお辞儀をし、足早にスワンの元を去っていった。
彼を見届けた後、「どれどれ」と、スワンは添えられた書類に目を通す。
「ふうん……なるほど……」
スワンは書類を机の上に置くと、ノートパソコンに何かを打ち始めた。
しばらく何かを入力すると、やがてスワンはノートパソコンを閉じ、立ち上がり背伸びをする。
「さて、お待たせしました。行きましょうか」
スワンは二本の瓶を持ち上げ、部屋を出ていく。
「第二生、楽しめると良いですね?」
スワンは廊下を歩きながら、まるで人に接するかのように手元の瓶に話しかけた。
当然、瓶は何も答えず、きらりとした赤い光を反射するばかりだ。
それでもスワンは、ふふ、と楽しそうに笑みをこぼした。




