25話 純真無垢 Part.2
ディオがガントレットのベルトを締め直し、セイヤが片手にシールドを携えつつ、ホルダーから柄の白い剣鉈を引き抜いた。
そして二人はそれぞれ、呪化を牽制するアテンダントの横につく。
「対策部A班です! この場は引き継ぎます!!」
「お、お願いします! 怪我人が出てしまいまして……申し訳ないですが、私達は一度引きます!!」
先行部と入れ替わり、二人が呪化と対峙する。
セイヤはシールドを構えながら、弱点の“赤い実”の位置を探るべく、じっと呪化を見つめる。
「……ん!?」
「どうした?」
「“赤い実”が見えない……!? っうわ!」
勢いよく突き伸ばされてきた蔓を、セイヤはシールドで弾いた。
「あっぶな!」
「ま……ァ……ィ……ミて……」
耳障りな声で譫言を呟きながら、小さな呪化は両手をこちらに伸ばし、よたよたと歩み寄ってくる。
しかし、その顔はばっくりと割れて、そこから伸びた無数の蔓がぐねぐねと動き回っており、ホラーじみたその姿に、シウが小さな悲鳴を上げながら退いた。
――すると、何やら赤く光る物が、小さな体の真ん中にほんの少しだけ見える。
「あっ、セイヤ! スゴく見えづらいけど、あるよ! たぶん、本当に中心……!」
「シウ、大体で良い。どの辺りだ?」
「えっと、あの、このあたり、かな」
そうしてシウが自身の鳩尾の辺りを指さすと、ディオが頷く。
「シウ。俺達で取りに行くぞ」
「へあ!?」
「分かった、俺はサポートするよ! シウは“|赤い実”を直接狙って!」
「わ、わかった……!」
ディオを先頭にし、三人が呪化に駆け寄っていく。
「……きちゃ……こナ……やあ……」
振り回される蔦をディオは避け、時に蹴り落としながら近づいていく。
そうして目の前まで接近した後、その小さな頭を躊躇無く蹴り飛ばし粉砕した。
頭を飛ばされた衝撃で、呪化が地面に尻餅をつく。
「あれか! 確かに分かりにくいやっ……」
彼の後に続いたセイヤが、鉈で胴体を斜めに引き裂いた。
「シウ、頼む! “赤い実”を!!」
切り開かれた胸に、シウが手を伸ばす。
だが、
「…………オネ……ちャ……」
「っ!!」
シウは赤く煌めく“赤い実”が見えているにも関わらず、差し込もうとした手を下ろしてしまう。
そして、呆然と呪化を見た。
「シウ……!?」
その直後、再生された呪化の顔と、シウの目が合う。
黒いその顔がばかりと開き、そこから広がった鋭い根が、彼女の眼前に迫る。
「あっ」
「シウ!!!」
咄嗟にディオがシウの腕を引き寄せ、そのまま後ろに放り投げる。
代わりに、彼女を狙っていた根がディオに突き刺さった。
「ディオ!!」
シウの悲鳴の中、セイヤが駆け出す。
後ずさるディオと入れ替わるように前に出ると、雄叫びを上げながら鉈で呪化を切り裂いた。
シールドで蓋をするように頭の部分を押さえつけ、鉈で切った胴体部分を片手で無理矢理に開き、腕を突っ込んでいく。
抵抗し暴れまわる蔦が、彼の頬を傷つける。
「……やぁ……や……だ……」
呪化が呻くが、セイヤは意に介さず深く腕を突き刺すと、あっと言う間に“赤い実”を引き抜いた。
呪化が泣き声にも似た声を上げると、その体は地面に沈み、やがてぱらぱらと散っていった。
「っ……はあ……はあ……」
セイヤが肩で息をする。
無理をしたせいなのか、彼のプロテクターにはヒビが入っており、頬からは血が出ていた。
「っ、ディオ! 怪我は!?」
「俺は平気だ。なんとか、防げた」
そう言いながら、彼はガントレットを掲げてみせる。
セイヤはディオの無事を確認すると、地面にへたり込むシウの方に、つかつかと歩いていく。
「セイ……」
「シウ!!!」
突然のセイヤの大声に、シウがびくりと肩を跳ねさせ、彼を呼び止めようとしたディオも、「ヤ……」と呟きながら目を丸くした。
セイヤは跪き、座り込むシウの肩を掴んで目を合わさせた。
「何をしてるんだ!! なんであそこでトドメを刺さなかったんだ!?」
「……ごめっ……んなさい……こども、だったから……」
「子供に見えても、呪化は呪化だってディオにも言われてたじゃないか!! 現に、シウは今殺されかけたんだよ!? ディオが庇ってくれなかったら、もう少しで……」
セイヤが俯く。
しかし、すぐに向き直り、少し潤んだ翡翠色の目でシウを真っ直ぐに見据えた。
「呪化が人間だって考えは、捨てるんだ! そうやって覚悟していかないと、こうして俺達は、簡単にやられちゃうんだよ!」
「ごっ……ごめ……っ」
「呪化の討伐は俺達にしか出来ない、俺達しか倒せない。つまり、その俺達が殺されたら……そうして、止める人がいなくなって野放しにされたこの呪化は、抵抗する力の無い他の人達をどうすると思う!?」
セイヤが手で示す。
その先には町が――平和な人々の生活が広がっていた。
「俺達が任されているのはそういう事なんだよ、シウ。だから、もう躊躇わないで。覚悟を決めてくれ……何よりも、俺はもう、誰も失いたくないんだ……」
セイヤはぼろぼろと涙を流し始めた。
「……死んじゃうかと、思ったよ……無事で良かった……本当に……」
「ごめん、セイヤ……ごめんなさい……」
シウも涙をこぼし始める。
やがて二人で抱き合って、わんわんと泣き始めた。
――どうやら丸く収まったようだ。
ディオは小さく安堵のため息を付くと、二人の元を離れ、先行部と合流するべく歩き出した。
「……?」
ふと、呪化の消滅した後に、何か煌めく物が見える。
ディオが近づいていくと、それは見覚えのある狼のマークが印刷されたアクリルのキーホルダーで、中に封入されたシートがきらきらと陽光を反射し煌めいてた。
「ファースト社のキーホルダー……遺留品か…………」
呪化する前に持っていた物は、そのまま体内に取り込まれてしまうようで、呪化が消滅して初めて現れる。
それらは遺留品とされ、呪化したニンゲンの特定に繋がる大事なものだった。
ディオは踵を返し、先行部隊の元へと向かった。
◇
「ほんっとーにごめん!! 本当に!!」
「いや、あたしこそ、あたしもごめんなさい!」
「いや、俺の方が悪い!」
ディオが先行部と共に戻ってくると、二人は地面に座ってお互いに土下座しあっていた。
なんとも言えない光景に、先行部隊の面々も戸惑いを見せる。
「……何を、しているんだ……?」
「あたしは良いっていってるのに! セイヤが! すっごい気にしちゃってて!」
「どういう事だ?」
「だって、俺、あんな事しちゃって…………お、女の子に……だ、だ……抱きつくなんて……!!」
セイヤの顔がみるみる赤くなっていく。
「しかも、泣きながら! 俺、もう、どうしたらいいんだ……!!」
「……ひとまず、移動するぞ。先行部隊が現場の確認に入る」
慌てふためく二人を見て、ディオがやや呆れたように言った。
◇
A班の社用車に戻った後も、セイヤは酷く狼狽していた。
それでも、各所への報告や連絡を滞り無くこなす所は、さすがリーダーと言った所だろうか。
しかしそれらが終わると、再びセイヤは顔を手で覆ったり言葉に詰まっていたり、とにかく恥ずかしさを隠せない様子だった。
「まだ気にしているのか」
「だ、だって」
「それ程仲間を心配し、必死になって居たと言う事だろう。恥じる事では無い」
「う、うう……」
自身を落ち着かせるためか、ふーっと大きく息を吐いた後、後部座席に座るシウの方を向いた。
「……ともかく、シウ。今日は怒鳴っちゃってごめんね」
「ううん、あたしも、ごめんなさい……あの時セイヤに言われたこと、その通りだと思う」
そう言うと、シウは自身の手を見つめた。
プロテクターがつけられたその手は、街を救うことを期待された者――エクスナーの手。
「覚悟、決めるね。あたしも、みんなみたいにちゃんと戦えるようになりたいから……」
「……うん!」
セイヤを真っ直ぐに見て言うシウに、彼は嬉しそうな笑みを見せて頷いた。




