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3話 “呪化”



呪化(ジュカ)”。


 それは今この街を騒がせているらしいバケモノの名前だった。

 

 黒い木の根が集まったような歪な姿を持ち、ひとたび出現すれば人や物に無差別に襲い掛かる。

 おまけにいくら傷つけても再生する為、普通に倒すことが出来ない。


 その性質の為に、最初に現れた時は成す術が無く……最終的には町が丸々1つ壊滅したらしい。


「あれが、呪化……!?」


 噂でしか聞いた事が無かったバケモノを目の前に、呆然と立ち尽くすシウ。

 彼女の視線の先で、そのバケモノ――呪化は腕を振り回し、辺り構わず建物を破壊していた。

 だいたい2メートルくらいだろうか……確かに大きいが、それでもその体躯からは考えられない程の力で、易々とコンクリートの壁を砕いていた。

 

 そんな呪化の前に、自らを“ファースト社”だと名乗った男が立ちはだかり、その銀色の拳を構える。

 瞳の無い、暗い窪みがあるだけの呪化の目が、彼に向けられる。

 

「……来い」

「ギィィイ……タ……イイィィィイ!!」


 黒板を引っ掻いた時のような声を出しながら、呪化は拳を振り上げて男に飛びかかっていく。

 男も、しっかりと地面を踏みしめて、その拳を構えた。

 

 そして、振り下ろされた黒い拳に、男の銀色に輝く拳が真っ向から激突する。


 その途端、衝撃と共に二つの拳の合間から白い炎のような煌めきが爆ぜ、呪化の黒い拳が炭のように砕け散り、辺りに焼け焦げたような臭いが広がった。

 

「ィィギィィイ!」


 呪化が呻き声を上げながら大きくよろけ、痛がるような素振りを見せた。

 ――しかし、次の瞬間には、崩れ落ちた部分がじわじわと塞がっていく。


「再生が速い奴か……」


 男が呟く。


 呪化は再生しきった拳を振り上げ、吠えながらも再び殴りかかる。

 迎え撃つ男性は冷静に相手の攻撃を避け、時には受け流しながらも、瞬時に打撃を加えていった。 

 男が拳を振るう度、蹴りを放つ度、呪化の体は容易く崩れていく。しかし、その傷は次々に修復されていき、まるでキリが無い。


 シウはその目の前の光景に、呆然と立ち尽くしていた。

 

 ――が、ふと呪化の脇腹の辺りに、なにか赤いものがある事に気づいた。赤く煌めくそれは、明らかにここが弱点ですよ、と物語っているような……。 

 しかし、彼の攻撃は全く見当違いの所へ当たっている。


「……アレ、気づいてないの?」


 その時。

 男がシウの存在に気づき、一瞬目を見開いて固まった。

 その隙を狙い、呪化が素早く腕を振り上げる。


「あ、あぶないっ!」

「っ!」


 思わずシウが叫ぶ。

 

 降り下ろされた呪化の腕が男の顔をかすめ、男はバランスを崩してよろめいた。

 もう一度拳が振り下ろされる寸前、男はなんとか体勢を立て直し、辛うじて距離を取る。

 黒い拳は男が居たアスファルトの地面をいとも簡単に打ち砕き、深い穴を開けた。


「……げ……るアアアァアア!」


 その手の中にあるアスファルトのカケラを握り潰すと、呪化が吠えた。


 男はそのまま、シウの元に駆け寄って来る。


「おい!! お前、何をしている!? 早く避難を」

「ねえアレ! あのっ、赤く光ってるのが弱点じゃ!? アレ狙えばいいんじゃないのっ!?」

「……え……っ?」


 男の言葉を遮り、シウが指を差すと、険しかった彼の顔が一変して愕然とした表情を見せた。


「アレよ、アレ! ほら、あそこ! わかりやすく光ってるじゃない!」

「お前……“赤い実(コア)”が見えるのか!?」

「こあ?」

「赤い木の実のような……っ、危ない!!」


 呪化の手から投げつけられた破片が、シウに迫っていた。

 咄嗟に男が彼女を庇ったが、破片の切っ先が彼の肩を深く切り裂く。


「っく……!」

「わっ、だ、だいじょうぶ!?」


 肩から流れ出す血も構わず、男はシウの手を引き、ビルの影に退避する。


「ねえ、血が!」

「採れるか!?」

「えっ、と、とる!?」

「アイツはあの“赤い実(コア)”……お前が指した赤い実のような物を引き剝がさない限りは死なないんだ。しかし、アレは、今この場ではお前にしか見えない……」


 呪化の耳障りな咆哮が響く。

 逃げた男達を探しているのか、周囲をがむしゃらに破壊するような音も聞こえだした。

 

「お前しか、アイツを倒せない。お前しかこの事態を治められないんだ!!」

「え、あ、あたし……しか?」

「頼む。力を貸してくれ」


 懇願するように男が言う。その表情には、焦りが見えていた。


「…………や……やってみる!」


 戸惑いながらもシウがそう返事をすると、男の表情が晴れ、彼女の言葉に頷いた。


「俺が先に行って気を引く。お前はとにかく、あれを採る事だけに集中するんだ」

「わ、わかった!」

「行くぞ!」


 言うな否や、男はビルの影から飛び出していった。

 

 男を見つけた呪化が、耳障りな咆哮を上げる。

 それに呼応するかのように、男も吼えながら殴りかかっていった。


「や、やるしか……!」


 二人が再び戦い始めたのを見て、シウは息を殺して呪化に忍び寄る。


 やるとは言ったものの、近づいて改めて見るその凶悪な敵の姿に、足が自然と後退してしまう。

 

 目の前ではあの男性が必死の形相で拳を振るっている。

 ――きっと、自分の助けを信じながら、彼は戦っている。


「助けられるのは……あたしだけ……やれるのは……あたしだけ!」


 彼女は勇気を振り絞り、一歩ずつ前へと進んだ。呪化の咆哮が耳をつんざくが、シウはそれを振り切り、一歩、また一歩と足を前に出す。

 

 そして、ある程度近付いた時……ついにシウは駆け出した。


 シウに気づいた呪化がそちらの方へと向き直ろうとする。が、直後に男の拳がその頭部を砕き、意識を逸らさせた。


 シウは光を放つ赤い木の実の元へ一直線に近付くと、呪化の根の隙間から無理矢理手を突っ込んだ。

 そして、プラムほどの大きさのそれを掴み、目一杯引っ張り始める。


「ふんっ、ぬぅう!!」


 呪化は耳障りな声を上げながら、根を伸ばしてシウの腕を掴み、ぎりりと締め上げる。

 シウの腕に鋭い痛みが走るが、男が即座に呪化の腕を粉砕した。

 その隙に、シウは決死の力を振り絞り、“赤い実”を引っ張った。

 

 そしてついに、ぶちぶちぶちっ!と音を立てながら、その黒い身体から、シウの手が引き抜かれた。


「……ムる……おわっぁアア……ァァ!」

 

 その瞬時、呪化は悲鳴のような声を上げながら硬直し、その体がバラバラと崩壊し始める。

 やがて、ただの木屑の山と化していった。


「や、やった……!」


 シウがへたりと座り込み、肩で息をしながら、その手の中を見た。

 もぎとった“赤い実”は、彼女の手の中できらきらと光を放っていた。


 

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