23話 “S”
ビルの隙間を縫い、細い煙が青空へ上っていく。
駐車場のフェンスに寄りかかりながら、一人の男が煙草をふかしていた。
20代後半くらいにその見える男は、ファースト社の黒い制服の上にオリーブ色のモッズコートを羽織り、その腕にはエクスナーである事を示す白の腕章と、赤い腕章がつけられていた。
細い眉の下の垂れ目がちの灰色の瞳は、ぼんやりと遠くを見つめ、煙草の煙を空中へ吐き出す度に、センター分けされた長めの茶髪が揺れる
ふと、懐からルナガル(ファースト社専用の白いスマートフォン)を取り出した。
指で画面を操作しながら口に咥えた煙草をゆっくりと吸い込み、そのまま煙を吐き出す。
「……ったく、だりぃなあ」
独り言を呟きながら、また懐にルナガルをしまう。
指に挟んだ煙草を再びゆっくりと吸うと、今度は溜め息と共に、地面へと煙を吐き出した。
「シキ様ー! あ、居た! シキさまあー!」
黒い制服を着た背の低い少女が駆けよってくる。
彼と同じ赤い腕章をつけた少女は、その黄金色のまん丸い瞳を輝かせており、ワインレッド色をした外ハネのショートヘアーの髪が、彼女の動きにあわせてぴょんぴょんと躍動した。
「通達見ましたか!?」
「んぁー、今見たばっかだあ」
「場所! 場所見ました!?」
「あー、見た見た。あの海ん近くだろお?」
「そうです!! アルテはワクワクしてます! あの辺りって港で朝市もやってて、朝から新鮮なお魚が食べ放題だとか!」
やや興奮気味で話す少女――アルテを見て、シキと呼ばれた男は「はは」と笑う。
「おめぇはどこにいっても食いもんの事ばっかだなぁ」
「シキ様も似たようなものじゃないですか!」
「まあな。次の場所も、うめぇもん味わえるぐらいのんびり出来りゃあ良いけどなぁ」
シキは携帯灰皿を取り出すと、そこに煙草を突っ込んだ。
「はあ……また荷物まとめとかねぇとなぁ。あー、あそこのパフェ、食べ納めしてくるかあ」
「え! アルテも行きたいです!」
「おう、とっとと行くぞ。しばらく食いにこれねぇしな」
「次の場所でも、きっとおいしいものがありますよ!」
駐車場の出口へ向かい、とろとろと歩き出すシキの後を、アルテが追っていく。
二人の赤い腕章には、白い文字で『S』と刻まれていた。




