22話 ヒトか、ケモノか Part.2
討伐から帰る途中の車内。
とあるコンビニの目の前に差し掛かった時、助手席のセイヤが身を乗り出した。
「あっ! なあなあディオ! あそこのコンビニ、寄ってもらっても良い!?」
「構わない」
「あたしも行くー!」
セイヤの頼みにより、三人の乗った車はコンビニの駐車場に停車すると、ディオを残した二人がそれぞれのアウターを手に車から降りていく。
「なに買うの~?」
「マンガの単行本! ずっと読んでるヤツがあってさ、確か今日が発売日なんだ!」
車から降りたセイヤは、コートに腕を通しながら、ウキウキとした様子で入り口へ向かっていく。
――その彼の後ろから、1つの影が近づいて行く。
影は音も無くセイヤの後ろへ近付いて行くと、その両腕を大きく振りかざし……、
「セーイヤッ!!!」
彼の名を叫びながら、セイヤの後ろから抱きつくようにガバッと腕を回した。
「う、うわあああああ!?」
驚いて声を上げるセイヤに対し、女性は笑い声を上げる。
その女性はセイヤと同じくらいの背丈で、全体的に制服の上から分かる程のしっかりとした筋肉がついていた。藤色の髪をサイドテールにし、勝ち気そうな赤の瞳を持っており、腕にはエクスナーである証の白い腕章と、赤い腕章が着けられていた。
「え、あ、ク、クイナさん!?」
「久しぶりだねぇ! 元気にしてたかい!?」
その後ろから、浅葱色の髪の男性も歩いてくる。
長めのその髪を高めに結び、涼しげな水色の目をした彼は、クイナと呼ばれた女性とは対照的にすらっとした細身だった。
そして彼もまた、赤い腕章を着けていた。
「やあ、セイヤ」
「ラムダさん! お二人共、お久しぶりです!」
「A班の噂は聞いているよ。頑張っているみたいだね」
「ええ、なんとかやってます」
「ねえねえセイヤ! そっちの可愛い子ちゃんは誰だい!?」
クイナが指す方向には、人見知りを発動させ、少し離れて様子を伺っているシウが居た。
「あ、そっか! シウ、A班の元リーダーのクイナさんと、そのパートナーのラムダさんだよ」
セイヤが二人を紹介すると、シウはこわごわと近寄ってくる。
「あっと、あの……A班の、新人エクスナーのシウです。よ、よろしくお願い、します」
「新人さんかー! よろしく!! いやーちっこくてかわいいねー!」
「わっわっわっ!」
突然、クイナはシウの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「こらクイナ」
「あっ! ごめんごめん!」
咎めるようにラムダが言うと、クイナはぱっと手を離す。
突然の事に、シウは目を丸くして、ぽかんとしていた。
「初めまして、シウさん。クイナがびっくりさせてしまってごめんね。どうもスキンシップが過ぎる時があって」
「い、いえ!」
滑らかな声で謝罪をつげるとラムダはスッと頭を下げ、柔らかい笑みを見せた。
「所で、クイナさんとラムダさんは何故ここに?」
「近くの地区で“ケモノガタ”が出てねぇ。その討伐の帰りさ!」
「け、ケモノガタっ!?」
慄くセイヤをよそに、シウはきょとんとした顔をする。
「あの……“ケモノガタ”、って?」
「最近出るようになった、強くて恐ろしい呪化の事だよ。普通のは人の形をしてるだろ? だけど、“ケモノガタ”はその名の通り、動物の形してるんだ」
「……動物の、かたち……? ……うさぎ、とか?」
「うさっ……」
シウの言葉に、セイヤが思わず吹き出す。
少しして、クイナが声を上げて豪快に笑い始めた。
「なんで!?」
「なっ、なんか、かわいいね……う、うさぎ……」
笑いを堪えきれずに言うセイヤに、シウはむっとした顔をする。
「……そんなにわらわなくても」
「ご、ごめんよっ、シウ……」
「いやーー、面白い子が入ったねーー!!」
クイナはひとしきり笑った後、むっとした表情のシウに「ごめんごめん!」と謝罪を告げる。
「ま、“ケモノガタ”に関しては安心しな! もう少ししたら、ここにもうちの班員が派遣されてくるハズさ!」
「S班の?」
「そうさ! アタシは他の地区にいかなきゃならないんだけど、代わりに腕の立つヤツが派遣されると思うよ! だけども……」
クイナはシウとセイヤの肩に手を置き、真剣な表情を見せる。
「二人とも、気をつけるんだよ。ケモノガタは、ヒトガタのようには戦えない相手だ。もしも出会っちまったら、すぐに逃げて、S班を呼ぶんだよ。分かったね?」
「……はい」
頷く二人に対して、クイナは歯を見せるようにしてニカッと笑った。
「ん! よろしい!」
「クイナ、そろそろ時間だよ」
「ああ! それじゃあね! 今度時間が出来たら、A班にも遊びにいくからさー!」
「クイナさん、頑張ってください!」
「ありがとなーセイヤ! シウちゃんも頑張ってねー!」
ぶんぶんと手を振りながら、クイナはラムダの元へ向かっていく。
やがて、二人の乗った車は走り去っていった。
そのエンジン音が遠ざかるにつれ、辺りに静寂が戻ってくる。
「なんか、すごい人だね……」
「うん。クイナさん、A班にいた時もあんな感じだったんだ。変わらないなぁ」
二人はコンビニの店内へ入っていき、セイヤは雑誌売場に向かうと、目当ての物を探し始める。
「ねえセイヤ、S班って?」
「ちょっと特殊な班の事でさ、ケモノガタを専門に対処する班なんだ」
「あった!」と声を上げて、セイヤは1つの本を手に取った。
「専門の班?」
「うん。ケモノガタはなんか変な特性みたいのがあって、ヒトガタみたいに簡単には討伐出来ないんだってさ。だから、特別に訓練を受けた人が対処してくれるんだけど……それがS班の人達なんだよ」
「へえ~……! じゃあ、クイナさんとラムダさんって、すごい人なんだね」
「うん! A班に居た頃も強かったんだよ」
話しながら、セイヤはコーヒーの黒い缶を1つ手に取る。
会計を済ませ外に出ると、冷たい風が二人を出迎える。
近頃は少し暖かくなってきていたのに、今朝はぐっと気温が下がり、また冷たい風が吹き始めていた。
車に乗り込むと、ディオはルナガル(ファースト社専用スマートフォン)を操作しながら待っていた。
「お待たせ。これ、頼まれてたやつ!」
セイヤが渡した缶コーヒーを受け取ると、ディオはお礼を述べた。
「セイヤ」
「ん?」
「もしも、S班の人達が来る前にケモノガタに会っちゃったら……あたし達、大丈夫なのかな」
「その時は、クイナさんに言われた通り全力で逃げよう。ケモノガタは一度出ると、その付近で何度か出続ける事が多いらしくて。近くの地区だって言ってたし、俺達も気をつけないとね」
「うん。すこし、怖いね……」
「きっと大丈夫だよ。S班の人が派遣されてくるって言ってたしさ!」
「うん……でも、一体どんな人なのかなぁ」
「車出すぞ。もう良いか?」
「あ、うん!」
三人の車は、コンビニを出ていく。
やがて、いつもの海沿いの道を通り、社員寮へと帰路を走り去っていった。




