閑話2-2 先行部たるもの Part.2
次の日。
リカルドとザックは、予定通り二人で見回りに当たっていた。
見回りを二人一組で行うのは対策部も先行部も同じだが、先行部はその時によって組む人員が異なる。
リカルドとザックは組む頻度が高く、いつの間にか馬が合い、今やお互いに気兼ねなく行動できる程の仲だった。
「んでさー! 俺がコレが好きって言ったら『じゃあまた作りますね!』って言ってくれてさー!」
「……いつにも増して良く喋るね」
件のお弁当屋の事を意気揚々と語るザックの話を、やや呆れ顔で聞くリカルド。
――そこに、青い顔をした女性が駆け寄ってくる。
「あの!! すみません!! ファースト社の方ですよね!?」
「そうです。何かご用ですか?」
「あの、あっち、あっちに、あのっ」
「落ち着いて下さい。どうされました?」
「……あっちに、は、羽根を、羽根をつかった、人がっ……!!」
二人は顔を見合わせる。
「場所、案内出来ますか!?」
「こ、こっちです!!」
市民の案内に従い、二人は道を駆けていく。
曲がり角を曲がった時、ザックの足が止まり、呆然と彼が呟いた。
「……嘘だろ……」
――呪化が暴れていたのは、とあるお弁当屋だった。
しかし、既に店内は至る所が破壊され、まだ中にいる呪化は何かを執拗に殴っている。
その足下には、エプロンをつけた女性らしき人の陰が。
だが、赤く染まった床に沈んだその姿は……彼女がもう、助からない事を物語っていた。
「これ、は……」
「そんな、昨日も、普通に……しゃべって……」
愕然とするザックをよそに、リカルドは険しい顔で即座にルナガル(ファースト社専用のスマートフォン)を取り出し、緊急連絡のボタンを押した。
『はい、ファースト社本部です』
「先行部リカルドです! 市街地にて呪化が発生、既に被害者も出てます。至急で対策部を! 到着まで、先行部ザックと共に抑制に入ります」
『分かりました。位置情報も把握、すぐに向かわせます』
リカルドはルナガルをしまうと、立ち尽くすザックの方を向く。
「ザック、やろう! 応援が来るまで僕達で抑えておかないと」
「……」
「ザック!!」
「……くそ」
ザックは腰の鞘から剣を抜くと、呪化に斬りかかっていく。
「クソがぁ!!!」
「おい、ザック!?」
「ァ……ァァニチワ……ァ……」
ザックは呪化に突撃して行き、そのまま腕を、首を、足を、がむしゃらに斬り落としていく。
斬りつける彼の表情は、怒りに染まっていた。
「おいザック! 僕らがやるのはあくまで場つなぎだ! 初っ端からそんなにしていたらバテるぞ!」
リカルドが叫ぶが、ザックは聞く様子も無く、ただただ刃を振るっていた。再生されたら斬り、再生されたら斬り、反撃で自分が傷つくのも厭わず、ただひたすらに剣を振るい続ける。
結局、対策部が到着するまでの間、ザックは呪化を斬り刻み続けた。
呪化したのは弁当屋の主人で、被害者は一人。
その主人の、娘だった。
◇
休憩室でいつものゼリーのパウチを咥えていたリカルドの元に、ザックが現れる。
ご飯時だと言うのに、彼は何も持っていない。
「……いる?」
「それ、思いっきり飲みかけだろ」
自身が吸っていたパウチをそのまま差し出すリカルドに、ザックは力無く笑いながら正面の椅子に腰掛けた。
彼の手首には包帯が巻かれており、頬の絆創膏には血が滲んでいる。
「ザックが言ってたの、あそこだったんだね」
「ああ……聞いたろ。俺が斬ったの、あの弁当屋の親父さんだったって」
彼は背もたれに体を預けながら、窓の外を見上げる。
ぎい、と椅子が軋んだ。
「世話になってたのにさ、俺……あんなに……」
ぽそぽそと話すザックを後目に、リカルドは自身のウエストバッグから新品のパウチを取り出すと、それをザックの目の前に置いた。
「飲みなよ、ザック」
「えっ」
「気分が落ち込んでしまうのは、栄養が足りてない証拠だって。前に自分でそう言ってたじゃないか」
「飲みな」と、再度差し出されたゼリーのパウチを、ザックはやや戸惑いながらも受け取る。
「君が斬ったアレは、君の知ってるお弁当屋の人じゃない。君の知ってるその人なら、自分の娘に手をかける?」
ザックは無言で首を横に振った。
「だろ。そもそも、呪化した時点でアレは人間じゃなくなるって言われてるだろ。君は切ったのはただの化け物。つまり、君は知り合いを傷つけていない。そういう事。だろ?」
パキパキと言い切るリカルドに、ザックはパウチを握ったまま、しばし唖然と目を丸くする。
やがて、「ははっ」と、小さく笑った。
「……お前は凄いよな、本当」
「そりゃどうも」
軽い音を立てながらフタをあけると、ザックはパウチを口に咥えた。
「うわ、あっめぇ!」
「そう? 慣れれば悪くないよ」
眉をひそめるザックを後目に、リカルドはゼリーを吸い切る。
それを見て、ザックも再び口をつけ……そして、俯いた。
「……なあ……リカルド」
「なに?」
「俺達って、なんでまた生きてるんだろうな」
「最初に言われただろ? 僕たちは罪人で、これは罪滅ぼしだって」
「……そんな事、もう俺達は何も覚えていないのにさ……」
「あんまり変な事言ってると消されるぞ」
「はは。そんなん、今更だろ」
リカルドは吸い終わったパウチをまとめると立ち上がり、それをゴミ箱に入れた。
「じゃ、僕はこれからまた見回りだから」
そう言って休憩室のドアに手をかけた所で、リカルドは振り返る。
「ザック」
「なんだ?」
「それ、ちゃんと全部飲んでね」
そう言ってリカルドがザックの持つパウチを指さすと、彼は微妙な表情を見せる。
「……分かったよ」
「後、」
そこで、リカルドはザックに背を向けた。
「今日は忙しいから無理だけどさ。後でまた……話、聞くから。言ってよ」
「……ありがとな」
リカルドはひらひらと後ろ手を振りながら、休憩室を出て行った。




