19話 天つ空
「なあ、おれはいつまでこんな事をすれば良いんだ?」
「この街の“白い羽根”は、いつ降り止むんだ? これは、いつ終わるんだ? この市にしか降らないんだろ?」
「おれは、おれは……」
「いつまで、こんな風に、人を、手に掛ければ良いんだ?」
◇
「なあ、こいつらにも、家族とか友人とか、居たんだよな?」
「こいつ、なにか、喋ってたよな……聞き取れなかったけど、人間、みたいにさ……」
「なあ……こいつは、本当にもう、助からなかったのか……?」
「……教えてくれよ。なあ……」
「街の人はおれ達に救われる? じゃあ、こんな事してるおれ達は、いつ……救われるんだよ……」
「なあ……教えてくれ、教えてくれよ……」
◇
焦げつくような臭いが、辺りに充満していた。
巨大な呪化の体が、塵となり果てて風に溶けていく。
ディオはその塵の最後の一粒が無くなるまで、ずっと見届けていた。
やがて、昇り始めた朝日が辺りを照らし出す。
あれ程に巨大な呪化だったのに、朝日に照らされたその跡には何も残っていなかった。
「終わりましたか」
声に振り向くと、リカルドがその腕にディオのジャケットとガントレットを抱えて立っていた。
「ああ」
ディオの両腕は酷い裂傷だらけになっており、その傷口からは絶え間なく赤黒い雫が溢れ、褐色の腕を伝ってぽたぽたと地面に滴り落ちていく。
しかし、彼は全く痛がるそぶりを見せず、腕を乱暴に振って滴る血を振るい落とした。
「送ります。本部でいいんですよね」
「一人で戻れる」
「その腕では無理ですよ」
「……A班のバイクで来てしまったんだ」
「そんなの、僕ら先行部に任せておけば良いんですよ。行きましょう」
ジャケットとガントレットを持ったまま歩き出すリカルドに、ディオは無言でついていく。
途中、現場の確認に入るのであろう何人かのアテンダントとすれ違った。
彼らはディオを見ると皆が軽く頭を下げたが、中には怯えを隠せぬ表情を見せたり、畏怖の籠もった視線を向ける者もいた。
ディオはそんな彼らを一瞥すると、ふいと前を向く。
社用車の元へ着くと、リカルドは「ちょっと待って下さい」とディオを制止する。
後部座席のドアを開くとディオの装備を投げ入れ、代わりに救急セットを取り出してきた。
「手当は不要だ。どうせ、直ぐに治る」
「いえ、車内が汚れるんで」
ディオは少しむっとしながらも、リカルドに左腕を投げ出すように見せた。
リカルドは消毒液をかけた後に軽く血をふき取り、真新しいガーゼを当て、出早く包帯を巻いていく。
「リカルド」
「なんでしょう」
「今回呪化したアイツは……どんなヤツだったんだ」
ディオの質問に、一瞬リカルドの手が止まる。
しかし、またすぐに包帯を巻き始めた。
「良い人でしたよ。僕ら先行部の事も、よく気にかけてくれてて。ただ、良い人過ぎたのか、討伐後に思い悩んでいるのをよく見かけましたね。遅かれ早かれ、彼はこうなっていたと思います」
「そうか……」
リカルドに「次、右の方を」と促され、ディオは言われた通りに右腕を突き出す。
「ディオさん。対策部に行ってから変わりましたね。以前はそんな事なんて気にする素振りも無かったのに」
「そんなに変わったか?」
「ええ。柔らかくなったと言うか、とっつきやすくなりましたよ。あのエクスナーのお蔭ですか?」
「……さあな」
リカルドが包帯を巻き終わり、「よし」と呟いた。
「さ、行きましょう。バイクの方は、他の方に頼んでおきますんでご安心を」
助手席に乗せられたディオは溜め息を1つ吐く。
そして、運転席に乗り込んだリカルドの横顔を一瞥すると、そのまま目を閉じた。
◇
「一体、なんなんですか、アレ……!」
怯えきった表情のアテンダントが言った。
周りでは他のアテンダント達によって、巨大な“呪化”によって荒らされた場の修繕作業が進んでいた。
「アレって?」
「あの人ですよ! 後から来た、黒い髪の……白い炎か光みたいなので、呪化を燃やした……!」
「ああ、新人。お前見るの初めてか。あれがファースト社の守護神サマだよ」
「守護、神……!?」
「そう。普段は一般アテンダントのフリしてるらしいがな、今みたいに他のヤツじゃ対処出来ないような呪化を倒しに来てくれんだ」
「おぉい、誰か来てくれー! こっち、木が倒れてんだ!」
「はいはーい!」
「先輩! 何も思わないんですか!? だって、あんな、バケモノ」
突如、先輩と呼ばれた男が、新人アテンダントの口をガッと掴んだ。
「お前、それもう絶対言うなよ。上に聞かれたら処分されんぞ」
低い声の忠告に、新人アテンダントは口を捕まれたままでこくこくと必死に首を縦に振る。
それを見ると、男は手を離し解放した。
「あー、後な、今見た事は口外するなよ。守護神サマは普通の人間になりたいらしいんだ」
「どういう、事ですか?」
「そのままの意味だよ。あんな姿や力、今の人間には使えないだろ? だから見たヤツにゃあ、秘密にしとけってさ。あくまで普通に接してやれって話だ」
「言ったら、どうなるんです?」
「さぁな。おら、陽が登りきる前に終わらせんぞ。さっさと手動かせ」
「……はい」
新人アテンダントが呼ばれた場所へ向かおうとした時、地面に残された血痕が目に入った。
おびただしい量の血の跡は蒸発するように消えつつあり、その跡に、他のアテンダント達が何かの液体を撒いていた。
「……アレが、あんなのが、人間になりたいだって……? あんな、悪魔みたいなバケモノが? だって……腕も、四本あったぞ……?」
新人アテンダントは一人呟くと、逃げるようにその場から離れていった。




