17話 七色ホルダー・キリとイクス Part.2
三人が町の中を歩いていく。
まだ少し肌寒さが残っており、彼らの吐く息がわずかに白くなった。
イクスはあの長い銀髪を1つにくくっており、それを揺らしながら歩いていた。
彼の腰には長めの鞘が下げられており、そちらも彼の歩みに合わせて静かに揺れていた。
「イクス、さん、って……刀を使うんですか?」
「そうだぜ! かっこいいだろ?」
「刀はカッコいいよ、刀は」
「キリ~、なんでそこを強調するんだよ!? オレ本体もカッコいいだろ!?」
「シウ、ほら見なよ。そこに猫がいるさね」
「キ~リ~!」
二人の掛け合いに、シウが少し笑う。
キリが腰をかがめ、足下にすり寄ってきた猫を優しく撫で始めた。
細く華奢な指に喉をなでられ、猫は気持ちよさそうに瞳を閉じる。
「人なつこい子だねぇ。シウも撫でてあげなよ」
「えっ、じゃ、じゃあ……」
シウがキリの隣にしゃがむと、猫はすぐに寄ってくる。
そして高めの声でにゃぁん、と一鳴きした。
「か、かわ、かわいい!」
二人が猫を撫でるのを、イクスはにこにこと笑みを浮かべながら眺めていた。
その彼に、一人の老婆が近寄っていく。
「こんにちは、イっくん」
「お、ナカムラの婆ちゃん! 腰大丈夫か!?」
「おかげさまで。だーいぶ良くなったよ」
「そりゃ良かったぜ! また何か困ってたら言ってくれよ~?」
「ありがとうね。お仕事、頑張ってね~」
にこやかに手を振る老婆に送り出され、三人は再び街を歩き始める。
「なんか……あたし、ファースト社のお仕事って、もっと厳しいものだと思ってました。なのに、結構のんびりしてて拍子抜けしたというか……」
「呪化が出ない限りは、対策部はそんなに忙しくないからなー!」
「そうだねぇ。それに加えて、うちらの地区は比較的平和なのもあると思うさね」
「そういえばシウちゃん! この生活には慣れてきたか?」
「なん、とか。まだまだ分からないコトばっかりですけど……」
「そうかー! 家族と離れて寂しいとかは無いのか?」
「……あたし、家族と暮らしてなかったので……」
気まずそうに言うシウに、イクスが「やべ」と言うような顔をする。
しかし、その横からキリが言った。
「うちもだよ」
「キリさんも?」
「うん、うちも両親が苦手でねぇ。祖母と暮らしていたんだ」
「そうなんですか……」
「この生活も大変な事はあるけど、なかなか楽しいさねぇ。シウも慣れてきたら、段々と余裕が出来るようになるさ」
「うん、頑張り、ます……」
手を小さく握りしめながら静かに呟くシウを、黒曜のような瞳で見つめながらキリは微笑んだ。
「大変と言えば、こないだイクスがやらかしてたねぇ。久しぶりのご飯当番でさ……」
「あれは!! うっかりだよ! うっかり!」
「あ、なんか聞きました。お米炊こうとした時に……」
「なんでシウちゃんまで知ってんだ!?」
色々と話しながらも三人が公園に差し掛かった時、植え込みの中で何かが光ったのをシウが見つけた。
「あ……“白い羽根”!」
シウが駆け寄り、それを掴み取ろうとした、その寸前――、
横から小さな手が伸びてきて、バッ!と“白い羽根”を持ち去っていく。
「えっ!?」
持ち去っていったのは、小さな男の子だった。
両手で“白い羽根”を握りしめ、シウを睨みつける
「あっ、ねえ! それ返してよ!」
「やだ! ぼくのがさきだもん!」
「それは持ってちゃ危ないの! お願いだから返して!」
「やだ!!!」
男の子はそう叫ぶと、“白い羽根”をぎゅっと握りしめ、抱き抱えるようにして隠してしまった。
「むーむむむ……」
子供相手に無理矢理奪うわけにもいかず、困り果てるシウ。
そこにイクスが寄って行き、シウの肩をつつくと、にんまりと笑いながら「オレに任せて」とこっそり耳打ちした。
そして、男の子の“白い羽根”を指さしながら、大げさに声を上げた。
「あー! お前、めっちゃ良いモン持ってんじゃん!?」
いきなり現れたイクスに一瞬ぽかんとするも、男の子はすぐに“白い羽根”を隠すような仕草を取った。
「やだ! あげない! これぼくがみつけたんだもん!」
「えー! じゃあさ、オレの宝物と交換しないか?」
「……たからもの?」
「そう! コレ、スッゲーんだぜ~?」
そう言ってイクスは、ポケットから1つのキーホルダーを取り出した。
それは透明なアクリル素材のキーホルダーで、どこかで見た事のある狼のエンブレムが象られていた。
中には光を反射するホログラムシートが入っているらしく、日光を受けてギラギラと激しく輝く。
その煌めきは、“白い羽根”の輝きを軽く凌駕する程だ。
「……!」
男の子が目を輝かせた。
「あっ、でーもなー……やっぱこっちのがキレイだしなぁ、やめとこーかなーぁ?」
イクスは勿体ぶるような態度を取る。
「……これ、あげる! だからそれちょうだい!!」
「おっ、マジ? じゃあ交換しようぜ!」
イクスがキーホルダーを差し出すと、男の子は“白い羽根”をイクスに押しつけるように渡し、奪い取るようにキーホルダーを手に取った。
キーホルダーは男の子の手の中でギラギラと輝き、男の子は「わあ……!」と歓声を上げる。
「大事にしろよ!」
「うん! これ、ママにみせてくる!!」
「ばいばーい!」と手を振りながら、男の子は走っていった。
「いっちょあーがりぃ、っと!」
そう言って悪戯っぽく笑うと、イクスは“白い羽根”を専用の細い瓶に詰めた。
「すごい、すんなり……! あっ、でも、あのキーホルダー、よかったんですか? 大事なものだったんじゃ」
「あー、あれか?」
そう言うと、イクスは懐から何かを取り出す。
「これの事か?」
シウに見せつけるようにして掲げ、にやりと笑う。
その手にあったのは……あのキーホルダーだ。
「えっ、な、あれ!?」
「そのキーホルダーは、ファースト社のノベルティグッズの1つさね。無論、いくらでも貰えるもんだねぇ」
キリがそう言うと、イクスは同じ物を何個も取り出して見せた。
確かによく見ると、その狼は見覚えのある六本足のものだ。
「い、いっぱいある! で、でも宝物って!」
「嘘も方便、ってやつだなー!」
「ちなみにステッカーもあるぜ?」と、同じロゴのステッカーも取り出してくる。
「これは元々、“白い羽根”を提出してくれた人に配られているものなんだ」
「……ほえ……」
シウはイクスから受け取ったキーホルダーとステッカーを眺めていた。
ステッカーにもホログラムが含まれているようで、光に当てると表面が七色にキラキラと光った。
「先行部に連絡したぜ! “白い羽根”は受け取りに来てくれるってさ!」
「ありがとねぇイクス。じゃあ、後少しだし、この地区を回ってしまおうか」
「は、はい!」
その後は何事も無く、日が傾き欠けた頃、三人は帰路につく事になった。
その帰りの道中、思い出したようにキリが話を切りだした。
「そうだ、シウ。うちらにも敬語じゃなくて良いさね。呼び方も、好きにして欲しいんだ」
「じゃ、じゃあ……キリちゃんって呼んでいい……? ですか?」
「構わないよ」
「オレも構わないぜ! もう立派な仲間だしな~」
「……なかま……」
「改めてよろしくな、シウちゃん!」
笑顔を見せる二人につられ、シウもはにかんだような笑みを浮かべた。




