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2話 願いの叶う街



 その街では、望むものが手に入るらしい。

 その街では、皆笑顔で居られるらしい。

 その街では、もう何も悲しまなくても良いらしい。


  

 その街では、みんなの願いが叶うらしい。


  

「それは、あたしの願いも叶いますか」


 

「あたしは、普通になりたいんです。外を歩くみんなのような、普通の人間に」


 

「……普通になれたら、幸せになれるって思ったから。

 それとも、この世界では、幸せであるのが普通なんですか?」

 




 風の強い日だった。

 

 冷たい風に、少女の茶色い髪が吹き上げられる。

 肩の辺りまで伸ばされたその髪は風と共に舞い上がり、風が通りすぎると、前髪が緋色の瞳の上へと覆い被さった。

 瞳にかかった前髪を、少女は手でさっと整える。


 その少女は歩道脇のフェンスにもたれかけ、道を行く人々を眺めていた。

 雪を投げ合い、ふさけながら歩く男子学生の集団。

 着飾った初老の女性。

 手を繋いで歩く男女――。

 目の前を通り過ぎる人々を見ながら、彼女はつまらなさそうな表情を見せる。


 ふと、制服を着た女子高生らしき数人が目に入ると、少女は眉をしかめ、見るからに嫌そうな顔をした。

 そして彼女たちに背を向け、逃げるように歩き出す。


「あれ? あのコ……シバサキ シウじゃない?」


 背後から彼女たちの声が聞こえる。

 その途端、少女は(せき)を切ったかのように走り出した。


「え? だれー?」

「何だっけ、一年の時になんだったかがあってー、ずっと学校来てなかったコ」

「あー! ソレ、確か母親に包丁で刺されたんじゃなかった?」

「え、なにそれ、こわ!」

「ヤバいよねー。ソレでずっと入院してたんじゃなかったかなぁ」

「今なにやってんだろーねー……」

 


 喧噪から逃れ、町の外れまで来ると、再び少女--シウは、フェンスにもたれかかった。

 周りに誰もいない事を確認してから、深いため息をつく。


「もう下校時間だったんだ……」


 少女のその呟きをかき消すように、少し強い風が吹いた。

 その風の冷たさに、思わずお気に入りのダッフルコートの首元を手繰り寄せる。


「…… ホント、あたし、何してんだろ……」


 シウはいわゆる不登校だった。

 学校に行けず、かと言って家に居ても気が滅入り、結局日々ふらふらと彷徨っていた。

 

 先程の彼女達が、自分の事を馬鹿にしている訳では無いと分かってはいるのだ。

 そう分かってはいても、自分の事を話題に出される事だけで辛く感じてしまう。

 

 ――普通に学校へ行き、ごく普通の生活が出来ている、彼女達には。


 少女の心が、どろりとした自己嫌悪に飲み込まれていく。


 自分が話題に出されるだけで、後ろ指を差されているような気がする。皆のように『普通』になれない自分を、みんなが馬鹿にし、笑い物にしているような……。

 

 シウは涙で潤んだ目を強引に擦ると、ポケットに手を突っ込んだ。

 そして、引き出したその手には、


「本当に、叶うのかな」


 虹色の光を纏う、小さな白い羽根があった。



 


『空から落ちてくる虹色の“白い羽根”を食べると、何でも願いが叶う』


 彼女の住む街では、そこかしこでそんな噂が飛び交っていた。


 シウの手の中にある白く小さな羽根は、仄かな七色の光を纏っていた。

 “虹色”なのに“白い羽根”、なんて、矛盾していると思っていたが……実際に見てみると、確かにそうとしか形容出来ない。

 その虹色の光は、まるでシャボン玉のように揺らめき、シウはその美しさにしばらく見とれていた。


「……?」


 ふと、道ばたの雪を踏む音に気づき、慌てて羽根をポケットに突っ込む。

 顔を上げると、道の向こう側から誰かが歩いて来るのが見えた。


 向かってくるのは、背の高い男性だった。


 警官のような黒い制服に身を包み、その上からジャケットを羽織るその男性は、周りと手元の白いスマートフォンとを交互に見ながら歩いて来る。


 その男はこの地域では珍しい褐色の肌で、硬そうな質感の黒髪を無造作に伸ばしていた。

 髪は全体的には耳が隠れるほどの長さだが、左のもみあげだけは長めに伸ばされ、そこには赤いリング状のアクセサリーが付けられていた。

 

 男は何かを探しているようで、数歩歩いては立ち止まり、切れ長の青い瞳できょろきょろと辺りを見回す。


「(なんだろ?)」


 珍しい風貌に思わずじっと見ていると、男性と目が合ってしまい、シウは慌てて目をそらした。

 再びこっそりと男を見ると、特にこちらを気にしていない様子でまた辺りを見回している。


「(道に迷った? それとも、なんか捜しモノかな?)」


 何やら行き詰まったのか、男は立ち止まり考え込むような仕草を見せた。


「(……声、かけてみようかな?)」


 シウが男に近寄ろうとしたその時、大きな爆発音のような音が辺りに響く。


「なっ、なに!?」

「……ッ!」


 途端に、男が険しい顔をし、音の聞こえた方向……町の中心へ通じる道を走り出した。

 シウも、その彼の後を追って駆け出す。


 やがて町の中心部に出ると、そこでは、

 黒い木の根が絡み合ったような、歪な人の形をした何かが、手当たり次第に建物を破壊していた。


「な、なにアレ!?」


 人々の悲鳴と戸惑いの声が町に響く。

 バケモノは黒板を引っ掻いた時のような耳障りな声を上げながら、がむしゃらにその腕を振り回し、付近の物に次々と殴りかかっていく。

 

「遅かったのか、くそっ……!」


 男が呟くと、羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てる。

 すると、腕全体を覆う銀色の物々しい防具のようなものが露わになった。


「ファースト社の者だ!! こいつは“呪化(ジュカ)”だ! 一刻も早く、この場から離れろ!!」


 男の声に、人々は駆け出した。

 


「……じゅか……?」


 

 他の人達が駆け出して行く中、シウは立ち尽くし、その“呪化”と男性を見ていた。


 

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