閑話 新緑より Part.3
セイヤがリーダーとなる事が正式に決定し、あっと言う間にクイナとラムダがA班を去る日が訪れた。
本部へ向かう為に用意された車の前に、制服姿のA班のメンバーが集まり、それぞれがリーダーとそのパートナーの二人との別れを惜しんでいた。
しかし、セイヤだけは皆から一歩離れ、少し浮かない顔をしている。
「セーイヤ。ちょっとおいで」
クイナに手招きされ、セイヤが少し戸惑いながらも彼女の元へ向かうと、クイナは自身の制服の首元に触れ、何かを取り外した。
「これ」
それは、傷の付いた狼のバッジだった。
物自体は全員がつけるものだが、クイナのバッジは妙に年季が入っているように見える。
「クイナさんの、バッジ……?」
「そう。これさ、アタシも前のA班リーダーから譲り受けたものでさ、『どんな時でも皆が無事であるように』って、願いが込められているんだ」
「俺……願いって言葉、嫌いです」
「はは、そう言うなって! ほら、ちょっと上向きな」
クイナはセイヤの首元のバッジを外すと、自分の傷だらけのバッジに付け替えた。
「ちょっと傷だらけだけど、我慢してくれ。込められてる思いは確かなもんだからね!」
「ありがとう……ございます」
セイヤが首元のエンブレムに触れると、傷に触れたのか、ざらりとした感触が指に伝わった。
代わりにクイナは、セイヤの傷の無いバッジを首元につけた。
「クイナ、そろそろ時間だよ」
「ああ! 今行くよ!」
ラムダが言うと、クイナは車に乗り込んだ。
A班の面々が見送る中、二人を乗せた車のエンジンがかかる。
「じゃあね、みんな。頑張るんだよ!」
クイナが手を振りながら、車が発車する。
その刹那、
「――クイナさん!!!」
セイヤが声を張り上げ、叫んだ。
「俺! クイナさんみたいに、みんなが頼れる人になります! 絶対!! クイナさんみたいな、良いリーダーになります!!!」
クイナは驚いた様子で目を見開く。
が、その顔は、すぐに満面の笑顔になった。
「期待してるぞおおーーーー!!!!」
クイナは大声で言った後、窓から身を乗り出して大きく手を振った。
やがて、彼女を乗せた車は見えなくなる。
見送りながらも涙ぐむセイヤの肩に、ナスカが優しく触れた。
◇
「クイナ、本当に良かったのかい?」
「何が?」
「あの子にリーダーを任せた事さ。まだ若過ぎるのに……不安じゃないのか?」
クイナが抜けた後、A班に残るエクスナーはセイヤを含めて二人。セイヤは若く、もう一人のエクスナー……キリはまだ経験が浅く、少々コミュニケーションに難があった。
その為、実は本部からリーダーになりえる人物を派遣してもらえると言う話もあったのだ。
しかし、その話を、クイナは断っていた。
「ああ、不安だよ」
「ならどうして」
「そりゃあ、最初っから順風満帆とは行かないだろうけどさ、きっと彼なら、上手くやってくれるって思ったからだよ。それに、A班にいるあの三人なら、きちんとセイヤを支えてくれるだろうしね」
クイナが開けた窓から潮風が入り込む。しばらくは、この潮風ともお別れだろう。
クイナは思い切り息を吸い込むと、窓から海に向かって叫んだ。
「きっと! これからA班は! 誰もが羨む良い班になるぞー!」
クイナの大声に、通行人が驚いてこちらを振り向いた。
それを見て、ラムダは苦笑する。
二人の乗った車は海を背にして、中心街の方へと向かっていった。
◇
「さて、リーダー!」
「イクス……なんか、むず痒いから、いつも通りセイヤで良いよ」
「セイヤ! これから大変かも知れないが……オレ達になんか出来ることがあったら、何でも相談してくれよな!」
イクスがそういうと、セイヤに笑みを見せる。
イクスに続き、キリとナスカも。
「……うん。しばらく迷惑かけるかもしれないけど、俺、頑張るから」
セイヤはその翡翠色の瞳で、三人の顔をそれぞれしっかりと見据えた。
「宜しく頼むよ、みんな」
セイヤの制服の首元で、少し傷の入った狼のエンブレムが、きらりと光った。