閑話1-2 新緑より Part.2
社員寮の一番奥の、突き当たりの部屋。
セイヤはドアの前に立つと、軽めにノックした。
「クイナさん、セイヤです」
「ああ! すまないねぇ呼び出して!」
「いえ」
程なくして、A班のリーダーである女性――クイナが、ドアを開き、セイヤを部屋に招き入れた。
彼女は藤色の髪をサイドテールにし、勝ち気そうな赤い瞳を持った筋肉質な女性だった。
彼女は自分のものらしいデスクの上に腰掛けると、「座りな」と、対面の椅子を指してくる。
「それで、用事って」
「アタシとラムダだけどさあ、ここを出なきゃならなくなったんだよ。今度新設される、S班ってトコに異動さ」
「異動ですか……!?」
「そ。だからさ、ここ、A班のリーダーをセイヤに任せたいんだ」
「えっ」
不安げに顔を曇らせたセイヤに、クイナはニッと歯を見せて笑いかける。
「セイヤ。お前は他人の痛みがちゃんと分かる人間だ。そういうヤツは良いリーダーになるんだ。ま、証拠も確証もなんもない、アタシだけの持論だけどねー!」
そう言ってクイナは体を振るわせながらもげらげらと笑う。彼女の動きにあわせて、1つに結ばれた藤色の髪が揺れた。
「クイナさん……でも、俺、今日も怒られて」
「ああ、聞いたさ。でも良いんだよ。あれはむやみに人を嫌な気持ちにさせたい為に言った訳じゃないんだろう?」
「……はい。他の人に、俺のようになって欲しくないから……」
「だーろー?」
クイナはセイヤの頭を、ぐしゃぐしゃとやや乱暴に撫でた。
「お前は根っから優しいヤツだ。ただ、ちょーっとだけ不器用で、今はその優しさの伝え方が分かってないだけ。いずれきっとお前は人のことを思いやり、みんなに思いやられる……誰にでも好かれる、最ッ高な人間になれるさ!!」
「……クイナさん」
「そのためには、これも経験さ。頼むよ」
セイヤは涙のにじんだ目を、ぐし、と、乱暴にぬぐった。
そして少し悩んだ後、その顔を上げて、真っ直ぐにクイナを見る。
「分かり、ました。俺、やってみます」
「ありがとな、セイヤ」
クイナはニッと笑うと、セイヤの肩をぽんぽん、と軽く叩いた。
◇
クイナとの話が終わった後、セイヤは一階に降りてきていた。
「(俺が……リーダーに……)」
ぼんやりと考えながら、冷蔵庫からジュースを取り出す。
ペットボトルの蓋をあけ口を付けようとした時、窓の外にエプロンをつけた、ふんわりとした茶色のロングヘアの女性――ナスカの姿が見えた。
ナスカは大きな洗濯カゴを抱えてよたよたと歩いていた。
どうやら乾いた洗濯物を一気に回収してきたようだが、その姿はどうも危なっかしい。
セイヤはテーブルにジュースを置くと、慌てて勝手口から飛び出していく。
「ナスカ!!」
「あら、セイヤさん~」
セイヤはナスカに近付いていくと、彼女の腕から奪うように洗濯カゴを持った。
「無理しちゃダメじゃないか! 身体、痛むんだろ!?」
「そうですけど……でも、大分良くなりましたよ~」
「それでも! ついこないだまで動けなかっただろ!? 今が一番大事だって言われてたじゃないか!」
怒鳴るように言うセイヤに対し、ナスカは少し肩を落とし、しゅんとして見せる。
「あっ、ご、ごめん! 怒ってるんじゃ、なくって、あの、えっと……」
セイヤはごにょごにょと言葉を濁らせた後、俯いた。
「……俺……すごく、心配、してるんだ……」
恥ずかしそうに、小さな声で言うセイヤ。
そんなセイヤを見て、ナスカは一瞬目をまるくした後に、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、本当に私は大丈夫ですよ~」
そう言うと、ナスカは「この通り~!」とカゴを持ち上げて見せる。
「それに、戦えない分、私も皆さんのお役に立ちたいんです~」
「でも……」
ナスカは少し考え込むと、何かを思いつき「あ!」と声を上げた。
「それじゃあ、セイヤさんも少し手伝ってもらえませんか~? 運ぶのは良いのですけど、この後畳まなければならなくて、少し大変なんですよ~」
「……! うん!」
洗濯カゴに入っていた洗濯物を二つに分け、二人で運び入れる。
そして、二人で向かい合って畳み始めた。
「そういえばさ、クイナさんとラムダさんがA班から抜けるって……」
「あら、そうなのですか?」
「うん。それでさ、ここの次のリーダー、俺にやってほしいって言われて」
不安げに言うセイヤと対照的に、ナスカは顔を輝かせる
「わあ! 良いじゃないですか~! 素晴らしいと思いますよ!」
「そ、そう? でも、俺一番年下なのに……それに、クイナさんみたいにみんなを率いるなんて……出来るのかな」
「大丈夫です。セイヤさんならきっと良いリーダーになれますよ~。今だって、こうして私に気付いて助けに来てくれたじゃないですか~」
「……うん」
「セイヤさんのその優しさと、気配りは中々出来るものじゃないですよ~。クイナさんは、それを知っているからこそ、セイヤさんにお声掛けしたのだと思いますよ~」
タオルを畳み終えたナスカが、その柔らかな山をぽんぽん、と叩く。
「私は、貴方の隣に立って戦う事は出来ませんが……精一杯、社員寮でお手伝いします。そうして、共に頑張りましょう。ね?」
「……ありがとう、ナスカ。本当に……」
ぐす、と鼻を鳴らすセイヤを見て、ナスカはにっこりと微笑んだ。