15話 それぞれ。
始まりはいつも、いちばん重傷だった腕の付け根。
鈍痛から始まったかと思うと、その痛みは急に膨れ上がり、その後に続いて他の古傷が一斉にズキズキと痛み出す。
鼓動に合わせて暴れ回る痛みに、ナスカはたまらずにベッドから起き上がり、悲鳴を上げる自身の体をさすった。
「ナスカ? 痛むのか?」
カーテン越しにセイヤが話しかけてくる。
「セイヤさん、ごめんなさい、起こしてしまいましたね~……」
「良いんだよ。痛いんだよね? 待ってて、薬持ってくるから」
「ありがとう、ございます……」
静かにドアを開け、セイヤが部屋を出て行く。
その間も、体の様々な部分がズキズキと痛んでいた。
それはとっくに治った筈の傷だったが、時折こうして痛むのだ。
「……まだまだ、私はお役に立てそうには無いですね……」
自身の身体をさすりながら、ナスカは呟いた。
◇
シウが社員寮に来てから少し経ち、彼女も新しい生活に徐々に慣れてきていた。
今日は、社員寮の業務を担当してくれているナスカが休みの為、待機しているディオとシウの二人が代わりに行っている。
爽やかな晴れ空の下で、二人は洗濯物を干していた。
「ここにも、大分慣れてきたか?」
「うん。みんな優しいね」
「そうだな」
ディオはシーツの皺をのばし、物干し竿にかけた。そこにシウがいくつかの洗濯ばさみを手渡すと、彼は手際よくシーツを止めていく。
「でも、たまーにだけど、セイヤ。なんだかちょっと怖い時があるよね」
「ああ。あいつは少し事情があってな」
「事情?」
そこでディオは、「言ってもいいものか……」と小さく呟いた。
「……お前がセイヤを怖く感じると言う時は、大抵アイツが呪化の話をする時だろう?」
「あ、うん」
「あいつは、一番最初に呪化が出現した町の生き残りでな。その時に、家族を全員……殺されてるんだ」
「えっ? 全、員?」
少し動揺を見せるシウに、ディオは頷く。
「それ故に、人一倍呪化を憎んでいる。“白い羽根”を使おうとする人間も、きっと彼にとっては同等なのだろう」
「そうなんだ……それであの時も……」
「まあ、イクス曰く、前はもっと荒れていたらしいがな」
冷たい風に吹かれ、綺麗に干されたシーツが揺れる。
色の薄い青空が、寒さはまだまだ続くことを物語っていた。
「なんで、みんな羽根を欲しがるのかな。結局、願いが叶うことはないんでしょ? それに、使ったら死んじゃうって言われてるのに。なんでそこまで……」
「人によって様々だろうな。呪化する事を嘘だと思っていたり、その事を踏まえた上での宝くじ感覚だったりしたか。それとも、そんな物にも縋りたくなる程の、どうしても叶えたい願いがあったのか」
「お前にも、覚えはあるだろう」
「……うん」
その時、ひときわ強い風が吹いた。
風は木々を揺らし、洗濯物を激しくはためかせる。
冷たい風に凍えたのか、シウが小さくくしゃみをした。
「中に戻るか」
「ん、そだね」
空になった洗濯かごを抱え、二人は社員寮の中へと戻っていく。
「そういや、ナスカちゃんがお休みってコトは……ご飯の担当もあたし達?」
「そうなるな」
「むむ」
シウの眉間に皺が寄っていく。
「どうした?」
「あたし、あんまり料理したコトなくて……その、みんなにあたしの料理を出すのは、ちょっと、はずかしいというか……」
「案ずるな。その為のアテンダントだ」
「……! ディオ、料理出来るの!?」
「ああ。流石に、ナスカ程では無いが」
「わあ! じゃあお願い!」
「分かった。だが、作る時はお前も一緒にな」
「えっ」
――その日の夕食には挽き肉がごろごろと入った贅沢なミートソースのパスタと、程よく煮込まれた野菜がたっぷりと入ったコンソメスープ。
それと、野菜が不揃いの、少し不格好なサラダが並んだ。
「まさか、包丁を持った事が無かったとは……」
「たいへん、めんぼくない、です……」
「またリベンジするぞ。1から教えてやる」
「……ハイ」
シウは恥ずかしそうに目を伏せながらも、自らが生み出した端が繋がったままのキュウリを口に運んだ。