13話 “白い羽根” Part.1
少女は、聞き慣れないアラームの音で目を覚ます。
寝ぼけたままの頭で音の出所を探すと、それは見覚えのない白いスマートフォンだった。
「……?」
少女が体を起こすと、茶色い髪についた寝癖がぴょこっと跳ねた。
半分閉じたままの緋色の瞳で、辺りを見回した。
自分の部屋のものでは無い良い香りがするシーツと、ふかふかの枕。部屋の中心を区切るように引かれた、厚手の大きなカーテン。
そして、遠くに海が見える窓。
――全く見覚えのない部屋の風景。
一瞬、頭の中が疑問符でいっぱいになるが、次第にその頭が覚醒してくる。
「……あ……そっかあ……」
ここは社員寮。
ファースト社対策部、A班の社員寮だ。
シウは、正式なエクスナーとして初めての朝を迎えたのだった。
◇
「ディオ、どうかな?」
パリッとした真新しい黒い制服を着込んだシウが、自分の姿を確認しながらも言う。
ファースト社は元々警備会社だったらしく、今皆が着ている制服も、警備会社時代の時のデザインをある程度引き継いでいるらしい。
上着はワイシャツ型で、首元は詰襟となっており、肩にはファースト社のエンブレムが付けられている。
下は同じ黒のスラックスで、太めのベルトで締められていた。
「……大丈夫だ」
黒髪と褐色の肌を持つ男――ディオが、青い瞳でシウを見下ろしながら答えた。
「ほんと?」
「ああ」
シウの両手には、手の甲から前腕の途中までを覆うように黒いプロテクターが着けられており、脚の付け根には、持ち手の白いナイフが入ったホルダーが提げられている。
そして、左の上腕付近には、エクスナーの証である白い腕章が。
対してディオの方はプロテクターや腕章が無く、代わりに肘までを覆うように、あの物々しい金属製のガントレットが手に着けられていた。
彼は鈍色に光るそれを隠すように、上からジャケットを羽織った。
「よし、後はリビング行けばいいんだよね」
「待て」
ディオがシウの机の上から何かを手に取る。
それは白いカバーのつけられたスマートフォンと、狼が象られた銀のバッジだった。
「あっ、忘れてた!」
「スマホは上着の内ポケットに入れておけ」
「分かった!」
「バッジは付けてやる。上を向け」
言われるままにシウが上を向き、首元を露わにすると、ディオが制服の襟にバッジを取り付けた。
彼女の首元で、傷1つ無い銀色のバッジが煌めく。
「ありがと」
お礼を言うシウに対して、ディオは頷いた。
二人でリビングに降りていくと、同じ制服を着て白い腕章を着けた茶髪の青年――セイヤが、ホワイトボードに各々の予定を書き込んでいる所だった。
そのホワイトボードには六人分の名前が載っており、最後にシウの名も連ねられている。
「あ、2人とも! 準備出来た?」
「あ、はっ、はい!」
「おっけー! ちょっと待ってね」
セイヤは自分の欄、そしてシウとディオの欄に『見回り』と書き込んでいく。
「――よし、と。お待たせ! じゃあ、今日は三人で見回りに行こう! 本来は二人一組で行動するんだけど、しばらくの間は俺がサポートにつくよ」
「わっ、わかりました」
シウが、緊張した様子で返事をする。
そうして、出発する前の簡単なミーティングをする三人の横を、洗面所から出て来たらしいイクスが通りかかった。
タオルを首にかけ、一つ結びにした銀髪を揺らしながら、にこにこと近寄ってきて話しかけてくる。
「おっはよーさーん! シウちゃん初勤務?」
「そ、そうなんです」
「ナハハ、ガッチガチだなー! 怪我しないよう気をつけろよ~?」
「う、気をつけ、ます……」
イクスは「頑張ってな~!」と言いながら二階に上がっていく。
「イクス、さん、は、今日はお休み?」
「いいや。キリとイクスの二人は、今日は社員寮に残って貰うんだ。何かあった時の為の待機要員って感じだね」
「なるほど……」
「んじゃー、早速行こっか! ディオ、運転お願いしてもいいかな?」
「ああ」
ディオは返事をすると、リビングのドア付近に下げられていたキーを1つ手に取った。
「よし……ナスカー! 行ってくるね!」
「はぁい、いってらっしゃいませ! お気をつけて~!」
ナスカの声に送られながら、三人で玄関を出て行く。
扉を出る時、シウは立ち止まって後ろを振り返り、遠慮がちに「いってきます」と呟いた。
◇
「着いたよ」
車を降り、それぞれの上着を羽織った。
ディオがシウに、上着の上からあの白い腕章を着けるよう促すと、彼女は慌ててそれを装着をする。
「俺達、“対策部”の仕事は呪化が発生した際の討伐が主だけど、それ以外の日には担当地区の見回りをするんだ」
そう言いながら、セイヤは白いスマートフォンを取り出して操作をし始めた。
「シウの"ルナガル"も出して貰っていいかな?」
「あっ、はい!」
シウが懐から、セイヤのものと同じ白いスマートフォンを取り出した。
「その、地図のマークのアプリを開いてもらって……うん、そうそれ」
二人のルナガルの画面に、同じ地図が映し出される。
その地図は区画ごとに色分けされていたり、様々な色の点が忙しなく動き回っていたりした。
「この赤い点が俺達。俺達だけじゃなくて、A班の人はみんな赤で表示されるようになってるんだ」
「ほえ……」
セイヤがルナガルの画面上の地図を指さし、「今日はこの辺りを回ろう」と言うと、そのまま指でなぞる。
すると、範囲が選択され、それがそのまま地図上に反映されていった。
「よし、と。えーと……まず、見回りの目的は、いち早く呪化を発見する事と、後は“白い羽根”の回収をする事かな」
「しろいはね、って、確かそれを使うと呪化しちゃうやつ?」
「そう。一応、拾った人は提出が義務付けられているんだけど、それでも勝手に使っちゃう人が後を絶たないんだ」
「それってもしかして、『願いが叶う』って噂のせいで……?」
「そうだね。だからそうなる前に、俺達が回収しなきゃならないんだ」
セイヤがルナガルを懐にしまう。
「……あんな羽根1つで、願いなんて叶う訳が無いのにね」
俯き、吐き捨てるように言い放つセイヤの横顔は、一瞬冷たい表情を浮かべる。
しかし、彼はすぐに元の柔らかな雰囲気を纏うと、口元に笑みを浮かべながらシウに向き直る。
「さ、行こっか! 歩きながらだいたいのルートを教えるよ」
「う、うん、よろしくおねがいします」
意気揚々と歩き出すセイヤに、先ほどの冷たさの影は微塵も感じられない。
「(気のせいだったのかな……?)」
シウは少し戸惑いながらも、ディオと共にセイヤの後を追った。