11話 陽だまりのふたり・ナスカ
案内された寮の中は明るく、穏やかな雰囲気に満ちていた。
全体的に温かみのある木目調の内装で、しっかりと掃除が行き届いており、暖かく澄んだ空気がシウを出迎える。
「(すっごいキレイだなぁ……)」
コンクリート打ちっぱなしのような無骨な寮を想像していたシウは、部屋中を見回しながらも密かに感動していた。
リビングに案内されると部屋中に香ばしくも甘い香りが広がっており、白いエプロンをつけた女性がいそいそとクッキーを運び入れている所だった。
「ナスカー!」
「あら、セイヤさん! 今、丁度焼き上がった所で……あっ! もしかして、そちらは例の新人さんですかね~?」
「はい、えと、新人エクスナー、の、シウです。今日から、お世話になります」
「わあ~! 私はアテンダントのナスカと申します。どうぞよろしくお願いしますね~」
軽くウェーブのかかった、モカブラウンの長い髪をふわりと揺らしながら、女性はシウの手を両手で優しく握った。
ほのかに甘い匂いのする彼女は、ピンクと紫色が混ざったような色の瞳を細め、シウににっこりと微笑む。
どことなくセイヤに雰囲気が似ている気がした。
「私はセイヤさんのパートナーです~。ハウスキーパーも兼任してまして、こちらの寮の管理をしてます。何かあったら遠慮なく相談してくださいね~」
「あっ、はい、よろしく、おねがいします」
「シウさんのパートナーさんは……あら、もしかしてディオさん?」
「そうそう、ディオがパートナーになったんだ! ディオもこれから正式にA班の所属になるよ」
「それは頼もしいですね~。シウさんも来ていただいて、これから賑やかになりそうで嬉しいです~!」
ナスカがえへへと可愛らしく笑った。
「じゃ、寮の事とかについて軽く話そっか。座って座って」
セイヤに促され、シウは恐る恐るソファーに腰掛ける。
隣にディオが座り、テーブルを挟んだ目の前にセイヤが座った。
すぐさま、ナスカにより三人の目の前にお茶が用意され、それにシウが遠慮がちに頭を下げると、ナスカは目尻を下げて微笑んだ。
主にセイヤから話されたのは、門限の事や、外出時の取り決め、食事の時間や、掃除の分担等々……そのような社員寮で暮らしていく為のルールの説明だった。
シウは酷く緊張していたが、セイヤのやわらかい雰囲気と、バターの香るサクサクのクッキーを頬張るうちに、なんとなく打ち解けられていた。
「……んで、ここには後二人居るんだけど、今は見回りに行ってていないんだ。夜には帰って来ると思うから、その時に紹介するね」
「うん、ありがとう……あっ、アリガトゴザイマス」
「そんなかしこまらなくていいよ」
セイヤはけらけらと笑う。
「敬語もさん付けもいらないよ。もしもナスカみたいに素だったらいいけど、シウがやり易いようにして貰って構わないからさ」
「あっ、うん。ありがと……」
セイヤは満足そうに頷くと、ティーカップに入っていた紅茶を飲み干した。
「よし! じゃー、あらかた説明し終わったし、部屋の方に案内するよ」
「うん、お願い、します」
セイヤに案内されながら二階に上がると、いくつかの扉が並んでいた。
どうやらここが個人個人の部屋になるらしく、セイヤに案内されたのは、一番奥の突き当たりの部屋だった。
扉を開けると、机とベッドが2つずつおいてあり、それぞれのスペースを区切るように真ん中にカーテンレールがひかれてある。
「あれ……?」
2つずつある机とベッドを見て、シウは首を傾げた。
もう片方の机はすでに使われているようで、本などが置かれている。
「ここだね。本部から送られてきてた荷物も入れてあるから、何か手伝える事があったら遠慮なく……」
「あ、あのっ!」
「ん?」
「ここって、あたしの部屋、でいいのかな?」
「うん、そうだよ」
「ベッド2つあるけど……誰かと相部屋になるの?」
「誰かとって言うか、ここはシウとディオの部屋だよ」
「……へ?」
「あれっ、聞いてなかった? 寮では基本的にパートナーと同室になるんだよ」
そう言いながらも、セイヤがふとディオを見ると、彼は口を押さえ、気まずい表情をしていた。
どうやら伝え忘れていたらしい。
「……そうなの? ディオ?」
言いながら、シウもディオをみる。
彼は反対側を向き、彼女から視線を逸らした。
「なんで事前に言ってくれないのー!?」
「すまん……すっかり忘れていた……」
「ははは、まあー、仕切りもあるし、ベッドも別だし、自分のスペースも確保できてるから!」
「心の準備が必要なの!! いきなり一緒の部屋だなんて思ってなかったし、なんでそんな大事なコト言ってくれないの!?」
「……車の、残りの荷物を下ろしてくる」
「あ、逃げた!!」
ディオがさっさと階下へ向かう。
「あああ、そうだー俺もナスカを手伝いにいかないとー!」
「あっ、ちょっとー!」
続いてセイヤも棒読みで言いながら、そそくさと階段を下りていってしまった。
「むーーーむむむむ……」
シウはしばらく唸っていたが、諦めて部屋へと入っていった。