1話 プロローグ
願いが叶う街があった。
そこは広大な北の海と、青き森に囲まれたよくある街だったが、
その遙か上空には天使が住んでいて、彼が落とす羽根を手に入れた者の願いを叶えてくれるらしい――。
「嘘だよ」
茶髪の青年が言った。
十代後半くらいに見える彼は警官のような黒い制服を着ており、脚の横には、柄が白く目立つ刃物の入ったホルダーを提げていた。
「そう、願いが叶うなんて嘘。コレは天使の羽根なんかじゃないよ。そんな嘘で騙して人々を共食いさせようとする、悪魔の羽根さ」
青年は懐から試験管のような細い瓶を取り出すと、地面に落ちた白い羽根を手に取った。
それを瓶の中に入れると、厳重に蓋を閉める。
「え、本当はどうなるか知りたいの? ……人間じゃなくなるんだ。全身が木の根っこみたいになってさ、まるでホラー映画に出てくるような……醜い化け物になっちゃうんだ」
そう言いながら、羽根の入った入れ物を軽く掲げて見せる。
なんらかの鳥の風切り羽根のように見えるそれは、仄かに虹色の光を纏っていた。
瓶の中で陽光を受けた羽根は、より強く七色に煌めく。
まるでシャボン玉のような、水溜まりに混ざる油膜のような……そんなゆらゆらとした色だった。
「ねえ、君は何の願いを叶えたくてコレを使おうとしたんだ? なんであれ、この話を聞いてもまだ使いたければ使っても良いよ」
「ほら」と、青年は白い羽根を差し出し、その翡翠色の瞳で見つめてくる。
優しげな、しかし何処か見下したような、そんな眼差しで。
そして、まるで子供を安心させるような笑い方をすると、こう言った。
「大丈夫だよ。君が人間である内に、
――俺達ファースト社が止めてあげるから」
彼の黒い制服の首元で、傷の入った狼のバッジが銀色に煌めいた。