後編。
*
『やっぱPC越しだと、お話にならないわ』
「え? ちょ?……え? なに?…………………………文代さん?」
「あら? ここの書斎も代わり映えしないわね。私が来てたころと、全然かわってないじゃない」
*
「文代さん?!」
「やっほー、なーんか、直接会うのも久しぶりね、ヤッちゃん先生」
「どどどど、どどどど、どっどー、どうやって?!」
「え? なに? 最近のIT技術の進歩を知らないの? ダメよ、ずーっと家に引きこまって小説ばっかり書いてちゃ」
「いや、でも、でもでもでもでも――」
「なんだかんだであなたもまだ若いんだからさあ、たまには東石神井から出て、いろいろ発散させないと。そーゆーところでたまったものが、他人さまにも言えないような変な夢を見させて――」
「いやいやいやいや、それとこれとは、ぜっんぜんちがう話だと想いますし、そもそも、これ、ホントに? ホントになんでPCから?」
「まあまあまあまあ、そーゆー細かいことは置いておいてさ、それよりさ、どう? こうしてひさびさにリアルで向き合ってみてさ、すこしは話す気になった?」
「え? いや、もう、ほんっと、勘弁して下さいよ、文代さん。せっかく来て頂いて――来て頂いて? 恐縮ですけれども、やっぱり見てもいない夢のはなし、話せって方が無――」
バンッ!!
「ひぃっ!!」
「おい、こら、カシヤマ、あんた、私をちょっとなめてんじゃないの? どんなに腐ってても (腐ってても?)、私は、かの向学館文芸部部長、本田文代よ? ただの腐女子学生だったあんたを、あーでもない、こーでもないと、ニンジンぶら下げ、ムチで叩いて、手塩にかけて、やっとここまで、立派な (立派な?)純文恋愛小説家に育てあげた、敏腕編集者、本田文代よ?! あんた! そんな私を! たばかろうって言うの?!」
「いや、もう、ですからあ、どう言ったら信じてもらえるんですか? わたしは、ほんとに、なーんの夢も見ていな――ちょ、ちょっと文代さん? なんですか? その赤ペン&赤鉛筆は」
「こーなったら、あんたの原稿、ぜーんぶ朱を入れてやる」
「えーっ、そっ、それだけはーー!!!」
「くらえっ! 『新聞用字用語集』!!」
「くうっ! すべての誤字・脱字ならびに用字・用語の間違いに朱が入れられていく! しかも! あの勝ち誇った薄ら笑いとともに!!」
「はーっはっはっはっはっは! お次は! 文字替え&改行指示&ふっとい二重線だ!!」
「くそう! ひと晩考えて作った余計な装飾や、作者のこだわりとして置いた余分な句読点や、読みにくいだけのいらん改行が、ことごとくと直されて行く!!」
いい編集さんじゃん。
「そしてっ! 最後はっ! おっきな! バッテンだぁーーーあーっはっはっはっはっはっはっはあーーーーーーー!!!!!」
「ああっ! 作者の趣味全開で書いた、中年主人公がタバコを買いに出るシーンや、近所のパン屋の焼きたてフランスパンの描写や、無駄に気合いの入っているモブの女の子の服装描写等々などがっ! すべて! すべてっ! なかったことにっ! なかったことにっ!! ああっ! それだけは! それだけはっ! どうか! どうかっ! 後生じゃけえ! どうか後生じゃけえっ!! 許しておくんなまし! お代官さまーー!!!」
「ええいっ! どうしても許して欲しいと申すのならばっ! いま! ここで!! さっき見た夢のはなし! この悪代官に、はなしてみろっ!!」
悪代官ってのは、認めるんだ。
「ですからー、わたしー、夢なんてーー」
「ええいっ! この期に及んで、まあだシラを切るつもりか?! ならばっ! ここも、ここも、ここもっ!――なんで主人公の相方 (男)がシャツを脱ぐだけのシーンに一枚半 (四百字詰め)も使うのよ――ここもっ!! なかったことに!! してやるわあっ!!!」
あー、そのシーンはちょっと読みたいかも。
「だ、だれか! だれかっ! 彼女をとめてっ! た、たすけてーーーー!!!!!」
と、ここで突然、そんな彼女の願いが届いたのか、カシヤマたちの住むこの街に、おおきな風が巻き起こり、ここの書斎のまどを揺らします。
*
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
あおいくるみも、吹きとばせ。
すっぱい花梨も、吹きとばせ。
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
*
かくて! 現われ来たるは風のまた――じゃなかった、創作者たちの守護女神、ミューズが一柱、喜劇を司る、女神タレイアでありました!!
ガラガラガラ。
「ごめーん。だれか、あたしのこと呼んだ?」
「だ、だれだ? そのキヅタの冠をかぶり、半長靴をはいて、手には喜劇の仮面を持っている、半裸同然の、陽気なかんじの若い女は?!」
「あー、分っかりやすい説明ゼリフありがと。あたし、さっきナレーションのひとも言ったとおり、タレイアっていうミューズなんだけど――」
「ナレーション?」
「あ、いや、聞こえてないんならいいんだけどさ、なんか創作のことでこまってる声が聞こえたもんで来たんだけど、呼んだのおばさん? なんかペンとか辞書とか持ってるし」
「おば……」
「た、たすけてください! 女神さま!!」
「あ、なに、呼んだのキミ?」
「は、はい。わたくし、カシヤマ・ヤスコと申します、しがない三文小説書きでございますが、実は、こちらの編集長が、わたくしの小説を、カクカクシカジカ、アレコレドーノコーノ――と、いう次第でございまして……」
「あー、それはたしかに一方的過ぎるかもね。そりゃね、たしかにね、締め切り直前に出て来た原稿にね、誤字脱字がね、これでもかってぐらいあるとね、キーッてなるしね、「忘れないで下さいね」って念を押しておいたはずの伏線回収をね、しっかりキッチリ忘れられてるとね、編集者としてのね、自分の存在意義すら疑わしくなってくるしね、ダラダラダラダラ、どこまでもどこまでも、果てしもなく続いて行くサイドストーリーをね、途中でね、「これ、ほんとに本編に戻って来るのかしら?」とかね、想ったあとにね、「いやいや、先生を信じて読み進めなくちゃ」って実際に読み進めて行ったらね、おどろくほど本編に戻らなかったときのね、絶望感たるやね、信じた自分が悪いのか、信じさせた先生が悪いのか、自分で自分を責めたくもなるしね、そして何よりね、好きだからって理由だけでね、マニアック過ぎる物理学のネタやね、クリケット・チームのネタやね、養蜂・養蚕のネタなんかをね、ふんだんにね、盛り込まれて来てもね、怒っていいのか、笑っていいのか、そしらぬ顔で削っていいのか、ちょっとひと晩悩んだりもするんだけどさあ――うん。それでもやっぱり、一方的な朱入れは、編集さんが悪いよ」
「……味方? なんですよね?」
「うん。あたしは創作者の味方だよ。――ってことで、ノーパソ持ってつかまって、ヤスコちゃん」
「つかまる?」
「とりあえず、空飛んで逃げよ。パルナッソスまで連れてってあげるよ」
「え? でも、パルナッソスってギリシャの――」
「うん。あたしたち姉妹のすみか。いい? ちゃんとつかまっててね、飛ぶよ!」
「飛ぶ?――って、きゃあ!!!」
「こ、こら! カシヤマ先生を小脇に抱えて空を自由に飛んで行くんじゃない!!」
「ふたたびの説明ゼリフありがと、おばさん! それじゃあ、バイバーイ」
「ま、まて! パソコンは持って行っても、朱書きをほどこした原稿はここにあるぞ!!」
「その原稿、よーく見てみなよ、おばさん」
「なに? あっ! さっきまでビッシリと書き込まれていたはずの原稿用紙が、なぜかまっ白に!!」
「みたびの説明ゼリフありがとー、ってことで、ヤスコちゃんはもらって行くねーー」
*
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
あおいくるみも、吹きとばせ。
すっぱい花梨も、吹きとばせ。
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
どっどど、どどうど。
どどうど、どどう。
*
さて。
と言うことで、みごと悪の編集長から逃げおおせたカシヤマ・ヤスコと喜劇の女神タレイア。彼女たちは一路、ミューズが住むとされる、ギリシャはパルナッソス山へと向かうのでしたが――
「はい、到着。おつかれ、ヤスコちゃん」
なんか、すぐ着きましたね。
「ここ、本当にパルナッソス山なんですか?」
「うん。文字数の関係で途中は完全にすっ飛ばしたけどね。ほら、うちの姉妹たちもいるし」
「え? うわっ、ほんと、キレイなお姉さま方がいっぱい」(注1)
「あそこで竪琴弾いてるのがエラトにテレプシコラーで、天球儀見ながら難しい顔しているのがウラニア。むこうでなんか哀しげな顔して悦にいってんのがメルポメネで……、って、あー、そうだね、ヤスコちゃん小説家だし、カリオペ姉さまやポリュムニアと話が合うかも――ねー、ねー、姉さまー、ポリュムっちーー」
*
「え? なに? 人間? あら、かわいらしいお嬢さんじゃない」
「ここに人間が来るなんてひさしぶりね。どう? よければ採れたてのブドウなんか」
「あ、ありがとうございます。えーっと? ポリュムニアさん?」
「うん。幾何学や修辞学に興味があるようなら言ってくれ、なにかしらお手伝い出来るかも知れない」
「ねえ、ちょっと、あなた小説家ってほんと? どう? 悲劇や挽歌には興味ない?」
「え? あー、いや、あんま書かないんですけどー」
「あ、ちょっと、メルポメネ、ヤスコちゃんはあたしが連れて来たんだから、あんますり寄らないで――ゴメンね、ヤスコちゃん、この子、霊感授けるフリしてだれかれ構わず擦り寄る癖があって、ずっと前にヘシオドスって人も――って、大丈夫? なんか顔まっ赤だよ?」
「え? あ、あの、くふっ。――って、すみません、なんかヘンな声出ちゃいましたけど、あの、その、なんか皆さん、ほんとおキレイで、なんかいい匂いもしますし、それに――」
「それに?」
「服がうすいと言うか……、半裸にちかい方もけっこうおられると言うか……」
「あー、まー、あたしら、ギリシャ神話の女神だからね、ヨーロッパの絵描きや彫刻家が――って、え? なに? それで照れてんの? 気にすることないよー、女同士じゃん。ほらほら、もうちょっとこっちおいで、ぎゅーってしてあげる」
「え? きゃっ、タレイアさん、そんな――うふっ、うふふふふ。」
「あ、タレイア、ひとり占めはダメよ、私たちとも仲良くするんだから」
「だーめ、あんたに渡したら何されるか分かんないもん、エウテルペ」
「なによ、大事なのはヤスコちゃんの気持ちでしょ? ほら、こっちおいで、ヤスコちゃん。私となかよくすれば、抒情詩いっぱい書けるよ」
「えへ? えー、そんなあー。タレイアさんに悪いですよおーー」
「そーそー、あんたはトルコで、ディオメデスにでも殺害されてなさい」
「あ、あんた、言っていいこととわるいことが――」
「はいはい、それまで、ふたりとも」
「あ、カリオペ姉さま」
「ひさしぶりに人間の子が来たんではしゃぐ気持ちはわかるけどね、先ずはそちらのヤスコさんが、なにをそんなに困っているのか? それを訊いてあげるのが先じゃないの? きっとタレイアのことだから、まともに話も聞かずに連れて来たりしてるでしょうし」
「え? そんなことないですよ、姉さま。ヤスコちゃんが悪の編集者に襲われていたところ助けを呼ばれて…………あれ?」
「やっぱり訊いてないんじゃない。そりゃね、たしかにね、この世界にはね、ほんとうにね、ほんっとうにね、マレだとは想いたいけどね、作家のことをね、まったく考えていないね、なんのアイディアも出さないね、こまった時の相談役にはちっともならないくせにね、経費と締切だけにはね、やたらと厳しい、そんな、性根の腐った、ほんと殴ってやりたくなるような、どーしようもない、編集者もね、ときどきね、ホンットーに、ときどきだけどね、ほんのコンマ数%だけだけどね、いる――のかもしれないこともないのかも知れないけれども、残りの99%以上のひと達は、皆さんほんとに善良で、作家のことだけを真摯に考えて下さる! 方々なのよ!! そんな! 一方的に! 悪の編集者だなんて!! 決め付けちゃ!!! だめっ!!!!」
「……なんかあったんスか? 姉さま」
「ですからね、ヤスコさん」
「は、はい?」
「まずは、その編集の方と、なにがあったのか、教えて頂けないかしら?」
「あー、でも、ちょっと信じてもらいにくい話なんですけど――」
「いいから、先ずは話してみて」
「うーん? えーっと? するとですね……、カクカクシカジカ、アレコレソレコレ、シチテンバットウ、ドーノコーノ――、という次第でして」
「……夢?」
「そうなんですよ。どいつもこいつも、みんながみんな、見てもいない夢のはなしを聞こうとして、教えなかったら急に怒りだして…………って、まさか?」
「ふーん」
「え? え? カリオペさん? タレイアさん? あれ? え? あれ? な、なんで皆さん、そんな真剣な顔で集まってくる……んで…………す?」
「いや、いや、いいのよ。最初に弟さんが聞きたがって、でも教えてあげなくて。次に、担当編集の方が聞きたがって、でも教えてあげなくて。で、さらには、編集長のひとなんかは、ネットを飛び越えて聞きに来るぐらい聞きたがっていたけれど、そのひとにも教えてあげなくて。ね、うん。そしたらそれは、その夢は、きっと本当に、見なかった夢なのでしょうね…………ってことにしたい夢のはなし………………私たちミューズになら、聞かせていただけるわよねえ?」
「え? いや、ですから、カリオペさん? そんなこわい顔されてもですね、ここまで長々書いて来たとおり、わたし、ほんとうに、なんの夢も見ていな――」
「ええい! この後におよんでまだシラを切るつもりね!! エラト! クレイオ! ヤスコさんを羽交い絞めにしてしまって!!」
「え? え? やだ? え? ちょ、ちょっと、やめ、やめて下さい!!」
「さあ! ヤスコさん決めなさい!! さっき見た夢のはなし、すなおに私たちに物語るか! それとも! このままタルタロスの牢獄に堕とされ幽閉されるか! 選びなさい!!」
「で、で、ですからっ! 見てもない夢のはなし! 覚えてもない夢のはなし! 『天狗裁き』じゃあるまいし! 話せるわけ! ないじゃないですか!!」
「『天狗裁き』?」
「あ、そこは流してください。――ですから! 信じて下さいよ! カリオペさん! タレイアさん! エラトさーん!!!」
「……ぷっ」
「…………ぷっ?」
「あーはっはっはっはっは、だーめダメダメ、ダメよ、カリオペ姉さま、悪ふざけし過ぎ」
「…………タレイアさん?」
「ごめん、ごめん、タレイア、ちょっと面白くなってやっちゃった。エラト、クレイオ、ヤスコさんを放してあげて――ごめんね、ヤスコさん、これきっとアイツらのせいだわ」
「アイツら?」
「あ、ほら、姉さま、やっぱあったわよ、ヤスコさんの上着の奥にはいってた」
「ありがと、クレイオ」
「なんですか? その白い花は?」
「ああ、ヤスコさんの場合、この種は見たことないかもね。『オピウム・ポピー』いわゆる『阿片ケシ』の一種よ」
「阿片?!」
「ちょっと! アナタたちそこにいるんでしょ! 出て来なさい!!」
ガサガサガサガサッ!!
「あ、逃げたわね!」
「だ、だれですか? いまの方々は?」
「たぶん、イケロスにパンタソスね。悪夢を作ったり、非現実的な夢を作ったりする、夢の神なんだけど、時々こうして、人間にいたずらすることがあるのよ」
「あ、じゃあ、わたしが見たかも知れない夢ってのも?」
「そうそう。彼らが作って、忘れさせたんでしょうね、きっと。だからヤスコさんは、なにもわるくないの」
「アハ。やーん、やったー。そしたら、これで安心ですか? 家にもどっても?」
「たぶんね。あちらの皆さまもきっと、全部忘れてるでしょうし」
「あー、だったら――」
「え、ちょっと待ってよ、ヤスコちゃん。そんなすぐには帰さないよ」
「そーそー、タレイアの言うとおり。せっかく来たんだしさ、もっと遊んでいきなよ、ねんごろにオ・モ・テ・ナ・シしてあげるから♡」
「ちょっと、タレイア、エウテルペ、ふたりだけで独占しないでよね、私たちとも仲良くするんだから――ねー、ヤスコちゃん♡」
「えへ? やは、えー、そんなあーー、帰れなくなっちゃうじゃないですかーー」
……なんかムカつくな。
「ほらほら、ヤスコちゃん、いっしょに踊りましょうよ」
「あ、きゃっ、テルプシコラさん、そんな急には踊れな――あはははは。」
……おい、こら、姉貴。
「はい、次はわたしね。ほらほら、ヤスコちゃん、さわってみて、つばさあるのよ、わたし」
「うわ、これ、本物ですか? メルポメネさん。すっごい、ふわふわーー」
……起きろって。
「もう、そろそろ変わってよー、メルポメネ」
「え、エラト、つぎは私でしょ?」
「ちがうわよ、ウラニア、つぎこそは私よ」
「いいえ、わたしよ」
「えー、もー、そんなー、わたしのためにケンカしないでくださいよーー、うふ、うふふふふふ、ぐふっ」
……うわ、すっげー、ぶさいく。
「もう、みんな、ダメダメ、ヤスコちゃんは、あたしともっかい仲良くするのー、ねー、ヤスコちゃん」
「えー、そんなー、なかよくだなんてーー、タレイアさーん♡」
……おい、こら、カシヤマ!
「ほらほら、こっちおいでよーー」
「はーーーーーーーーー
おい!
こら!!
カシヤマ!!!
起きろーー!!!!
ピキッ。
「…………あれ?」
「おはよう」
「……え? あれ? 詢吾?」
「しあわせそうな夢みてるとこ悪いけどよ、そろそろ次のネームももらわないと――」
「……夢?」
「しあわせそうな顔して寝てたぜ。よだれまで垂らしてよお、なさけねえ――いったい、アンタ、どんな夢みてたんだ?」
(おしまい)
(注1)
ギリシャ神話に登場するミューズ (ムーサ)は、技芸・文芸・学術・音楽などを司る女神たちだが、本文中だと誰が誰やら分からないので、こちらでまとめて補足しておく。ちなみに、彼女たちの名前や数は、時代や詩人・学者などによっても変わるが、今回は、ヘシオドスによる九姉妹説を取らせて頂いた。
・カリオペ
ミューズたちの長女。名前の意味は「美声」。書板と鉄筆を持ち、「叙事詩」を司る。弁舌の女神ともされ、ムーサたちの中で最も賢いとも言われる。
・クレイオ
名前の意味は「讃美する女」。巻物あるいは巻物入れを持ち、「歴史」や「英雄詩」を司る。マケドニアのペラ王ピーエロスとの間に一男をもうけた。
・エウテルペ
名前の意味は「喜ばしい女」。フルートやダブルリードの笛を持ち、「抒情詩」を司る。トラキア王レソスを産んだとされるが、トロイアでディオメデスに殺害されてもいる。
・タレイア
名前の意味は「豊かさ・開花」。木蔦の冠をかぶり、半長靴を履いて、手には喜劇用の仮面を持っている。「喜劇・牧歌」を司り、陽気な雰囲気の若い娘のすがたをしている。
・メルポメネ
名前の意味は「女性歌手」。葡萄の冠をかぶり、悲劇の靴を履き、手には悲劇用の仮面を持っている。「悲劇・挽歌」を司り、有翼の女性として表現される事もある。セイレーンたちの母でもある。
・テルプシコラー
名前の意味は「踊りの楽しみ」。手に竪琴を持ち、「合唱・舞踊」を司る。山岸凉子先生の傑作バレエ漫画『舞姫 テレプシコーラ』は必読。
・エラト
名前の意味は「愛らしい女」。手に竪琴を持ち、「独唱歌」を司る。彼女は、ミューズの一柱として以外にも、様々な形でギリシャ神話に登場するが、それは例えば、パンの神域に仕えた巫女で、参拝者に神託を伝える役目を担っていた、などである。
・ポリュムニア
名前の意味は「多くの讃歌」。長い外套とベールを身に付けた姿で描かれることが多く、「讃歌」と「物語」を司る。彼女は、たいへん厳格な女性で、不朽の名作を書いた作家に名声を運ぶ女神と言われており、また、しばしば、幾何学や修辞学、農業を司る女神として描かれることもある。
・ウラニア
名前の意味は「天上の女」。手には杖やコンパス、渾天儀などを持ち、「天文」や「占星術」を司る。彼女は、未来予知にも通じており、多くの巫女や神官が彼女の元を訪れたとされている。