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前編。

 コンコン、コンコン。


「おーい、姉貴ーー……………………あれ?」


 コンコン、コンコン。


「おーい、………………あれ? はいるぞー」


 ガラガラ。


「こっちの入稿終わったからよ、そろそろそっちのネームを……って、なんだ寝てんのか? あーあ、布団しきゃあいいものを、パソコンに突っ伏して……って、これ、作業中に寝落ちした感じだな。やれやれ、いちおう上書き保存だけしておいて……って、なになに? 「すると男はわらって、タバコの火を消して、俺のタバコも灰皿において、口づけをしておいてから、どこから来たかも、なぜここにいるのかも……」ってこいつ、マンガのネームも切らねえで、またBL書いてたな。ったく、これだから趣味と仕事の境いめのないやつは――」


 くふっ。


「うわ、なになに?」


 うふっ、うふふふ。


「なに? ねごとか?」


 えへ? えー、そんなあー。


「あーあ、どんなしあわせな夢みてんのかは知らねえが、なっさけねえ顔して、わが姉ながら、こりゃあ、よそ様に見せられる顔じゃ……と想ったらこんどは、やけにけわしい顔になったな」


 うーん? えーっと? するとですね……


「けわしい……、けわしい……、けわしい……、あ、ちょっとうれしそうな顔になった……、と想ったらまたけわしい顔に……、って、これ起こしたほうがいいやつか?」


 アハ。やーん、やったー。


「あ、と想ったら、またニヤニヤしはじめた。ニヤニヤ……、ニヤニヤ……、ニヤニヤ……」


 えへ? やは、えー、そんなあーー、


「なんかムカつくな」


 あ、きゃっ…………、あはははは。


「おい、こら、姉貴」


 すっごい、むにゃむにゃ……、


「起きろって、」


 うふ、うふふふふふ、ぐふっ。


「うわ、すっげー、ぶさいく」


 えー、そんなー、むにゃむにゃむにゃ♡


「おい、こら、カシヤマ!」


 やーーん、あーっはっはっはっはっは……


「おい! こら!! カシヤマ!!! 起きろーー!!!!」


 ピキッ。


「…………あれ?」


「おはよう」


「……え? あれ? 詢吾?」


「しあわせそうな夢みてるとこ悪いけどよ、そろそろ次のネームももらわないと――」


「……夢?」


「しあわせそうな顔して寝てたぜ。よだれまで垂らしてよお、なさけねえ――いったい、アンタ、どんな夢みてたんだ?」


「え?……あ、いや、おぼえてない」


「ウソつけ、あんなキャッキャウフフしといて。べつに誰かにしゃべったりはしねえからよ、さわりだけでも教えてくれよ」


「え? あ、いや、ごめん、ほんとおぼえてない」


「は?……あのな、ヤスコお姉さまよ」


「なによ?」


「そりゃ、俺たちゃ、そんな仲のいい姉弟ってワケじゃあねえぜ。だけどさ、親父もおふくろも、そちらのおふくろさんもいなくて、姉弟ふたり、なんとかかんとか、ちから合わせて、ここまでどうにか、生きて来たんじゃねえか」


「はあ」


「しかも、“ふにゃこ・F・ふにゃお”ってペンネームで、いっしょに百合マンガまで描いてるワケだしよ」


「あ、いや、だから詢吾、おぼえてないものはおぼえてな――」


「まあ、たしかに。俺は話は書けねえよ、お話担当のアンタがいねえと、ただエッチな女の子のパンチラ描いておわりのヤツだよ。だからアンタが、なんだかんだで純文恋愛小説家のアンタが、百合マンガのネーム書いてくれてるってことについては、ほんと感謝もしてるし、感心もしてるけどさ――」


「いや、だから、詢吾、はなしを――」


「でもさ、だからってさ、お絵かき担当の人間を、そこまで下に見る必要もねえんじゃねえかって話でさ」


「いや、わたしは別にあんたを下になんか見てな――」


「だったら! たかだかいま見た夢のはなし、そんなもったいぶって隠したりせずによお、俺におしえてくれたっていいじゃねえか」


「だからあ! 単純におぼえてないだけだって言ってるでしょ?!」


「あ?! おい! こら! ヤスコお姉さまよ。ひとが下手に出てりゃあ図に乗りやがって。そこまでして、たったいま見た夢のはなし、俺にしたくねえってんなら――」


「きゃーっ! ちょ、ちょ、ちょっと、詢吾! なにすんのよ!!」


「うるせえっ! アンタを殺して俺も死ぬ!!」


 ガラガラガラガラッ!!


「ちょ、ちょっとストップ! ストップです! 詢吾さん!!」


「いーやっ! 止めてくれるな、望月さん!編集者のアンタには分からねえかも知れねえが、この姉には! この姉には! まえからずっと! 不満が!!」


「だからって! Gペンふりまわしたところでなんにもなりませんって!!」


「Gペンがダメなら雲形定規で!」


「そんなの、せめてトーンナイフじゃないと――って、それはそれでヤバそうですけど!! とりあえず! お話! お話なら! 私が聞きますから!!!」


「お話もなにも望月さん。このいかれ小説家、カクカクシカジカアレコレドーノコーノ、というわけで――」


「は? 夢のはなし? それだけ?」


「それだけっつってもよ、望月さん。俺は、それだけのことを、わざわざ隠そうとする、この姉貴の、くさった性根が気にくわねえって言ってるワケで――」


「でも、だからって、たったひとりのお姉さんじゃないですか。それをたかだか、いま見た夢のはなしで刃傷沙汰――って言うかGペン沙汰にするなんて、それは、あまりにも大人げないんじゃないですか?」


「うーーん? いや、まあ、そう言われたらそうかも知れねえけどよお――」


「あー、そしたら、一階。一階に、差し入れのケーキ持って来てますから。従妹のニアちゃんがお茶の準備してくれてますし、それでも食べて、すこし落ち着いて来て下さいよ」


「でもさあーー」


「詢吾さんのお好きな、レモンチーズケーキも買って来てますから」


「それは…… 《ヘスティア》さんの?」


「そうそう、あそこのケーキ、美味しいですよね」


「あー、じゃー、うーん? ま、まあ、望月さんがそこまで言うんなら――」


「はいはい。そしたら、私は先生とちょっとお話することがあるんで、さき下りて食べちゃっててくださいよ」


「……うん、まあ、それじゃあ」


 ガラガラガラガラ。


「あー、助かったー、ほんといいタイミングで来てくれましたよ、望月さん。アイツもあそこまで沸騰するキャラでもないんですけど、今日はなんかおかしくて――」


「いいんですよお、先生。まあ、ビックリはしましたけど。原稿いただきに来ただけなのに、あんなはげしい姉弟ゲンカに遭遇するなんて」


「あ、そか。望月さんとこの小説、今日でしたよね、締め切り」


「はいはい。ウェブでもよかったんですが、ついでもあったんで寄らせて頂きました。いかがですか? 進捗」


「あ、それなら、チェック用に印刷したのが……、あ、あった、あった、これこれ」


「お、さすがは先生、締め切り厳守ですね」


「それはもう、望月さんにはいっつもお世話になってますし」


「なるほどー、あ、じゃあ、こちらはこちらで、後ほどゆっくり拝見させて頂くとしてですね――」


「はい?」


「そのー、実際…………どんな夢を見られたんですか?」


「え? あ、いや、ですからそれは、全然おぼえてなくて――」


「え? いやいや、やめましょよ、先生。そんな、私と先生のあいだで」


「いえいえ、ほんとにおぼえてなくて――」


「そりゃね、先生もね、女性ですからね、いくら弟さんだからってね、男のひとには言えないような夢を見ることもね、あるかとは想いますけどもね、でも、ほら、詢吾さんは下に行かれましたしね、いまここにいるのは、私と先生、ふたりだけなワケですしね、おんな同士、べつに隠すようなこともないんじゃないかなあって想うワケですよ。ね? 話してくださいよお」


「え? あ、いやいや、望月さん。ですから、ほんとうに、ほんとーに、なーんにも、ぜーんぜん、おぼえてなくてですね――」


「…………………………ふーん」


「いや、“ふーん”って」


「あ、いや、あー、まー、あー? いや……、あれえ? …………あ、うん。ま、まあ、べつに、いいっちゃいいんですけどね、私の気持ちはさておき、そんな、仲のいい作家と編集ってワケでもないですし――」


「え? いや、だから……、望月さん?」


「でも、でもですよ。たとえば、先生が従来のファンを無視して、突拍子もないSF展開をいれて来たときとか、たとえば、正直本筋とはまったく関係のない怪談話をいれて来たときとか、意味のないお食事回をいれて来たときとか、編集部とのあいだに立って、まわりを説得して来たのは誰か? って話でもあるワケじゃないですか」


「それは、まあ、望月さん……ですけれども」


「先生がね、別名義でね、けっこうドギツイBL書いてたりね、弟さんのね、こちらもけっこうハードなね、百合マンガの原作をね、書いてたりしてるのをね、バレないようにね、色々やってあげてるのもね、誰かって話でもあるワケじゃないですかあ――誰でしたっけ?」


「それも……、まあ……、望月さん……、ですけれども」


「だったらですよお、たかだかいま見た夢のはなし、そんな隠したりせずにですね、私にだけでいいんですから、教えてくれたっていいじゃないですかあ――どうか、どうか、この望月に、教えてやってください!!」


「いえ、ですから、そんな、あたま下げられてもですね、そこはほんと、単純に、全然おぼえてないってだけのはなしでして――」


「え? ちょっと待って下さいよ、カシヤマ先生。ここまで話して、ここまでこっちにあたま下げさせておいて、それでもまだそんなこと言うんですか?」


「だからあ――」


「はー、まー、大作家先生はやっぱちがいますなあ、こんな見た目の可愛さとスタイルのよさだけでやってるような木っ端編集とは、まともに、いま見た夢のはなしも出来ない。そう言われるんですね!!」


「だれもそんなこと言って――」


「もうもうもうもう、そんな風に想われてたなんて、まったく知りませんでしたよ。でもね、でもですね、そっちがその気だってんなら、こっちにだってやりようってもんがありますからね」


「え? なに? 望月さん? そのスマホでいったいなにを――」


「なぞのハードBL作家 (*検閲ガ入リマシタ)の正体が、カシヤマ・ヤスコだってことを全世界にバラします」


「きゃー! やめてやめて! それだけはやめて! 望月さん!!」


「これで、純文純愛作家としての先生の名声も地に堕ちて――」


「それは! そちらの出版社にも多大なごめいわくを!!」


「関係あるもんですか! 死なばもろともです!!」


「だから! そんな! たかが夢のはなしで!!」


「たかが夢のはなしを! してくれないのは!! 先生のほうじゃないですかッ!!!」


     *


『…………で? なんで私は、休日の自宅から、リモートで呼び出されたんだっけ?』


「それはいま、お話したとおりですよ、部長。カシヤマ先生ったら、ほんっと、ひどいんですから」


「ちょっと、望月さん、ひどいってなんですか、ひどいって。――編集長、編集長はいまのはなし、ちゃんと聞いてましたよね? そしたら、ふつうに考えてひどいのは望月さんの方だって――」


『はいはいはいはい、私もバカじゃないんで、おおまかな流れは分かったうえでね、ふたりに「なんで?」って聞いてるワケだからね、この「なんで?」は、「なんでたかだかいま見た夢のはなしで、ヤスコ先生が連載をやめるとかやめないとかの話になってるの?」って意味の「なんで?」なワケですよ――こちとら昼寝の真っ最中だったてのに』


「あ、じゃあ、編集長も夢を――」


『私は夢なんか見ないの、バカにしないで』


「はあ」


『うーん? まあ、でもさあ、今回のはさあ、カシヤマ先生の言うとおりさあ、あきらかに、あんたが悪いよ、望月』


「えーー」


『“えーー”っじゃねえよ、望月。たかだかいま見た夢のはなしでさ、所属作家との縁を切るだの切らないだの、ましてやその先生のたいへんな秘密をSNSで拡散するだのしないだの、いい年した大人のやることじゃないよ』


「そうは言ってもーー」


『あんただってハードBL作家 (*検閲ガ入リマシタ)先生の作品が読めなくなると困るでしょ?』


「それは……、まあ……、そうですけどお……」


『そしたら、カシヤマ先生に謝罪して、仲直りして、そのケーキとやらを一緒に食べておいでなさいな、経費で落としていいからさ』


「でもーー」


『デモもハンストもねえし。いい加減にしないと、そろそろ本気で怒るよ? 望月』


「むーん。そしたらあ……、その……、どうもすみませんでした、カシヤマ先生」


『はいはい。カシヤマ先生もこれでいい? いいわよね? じゃあ、いま見た夢のはなしは、これでおしまい』


「ほんと、すみませんでした、カシヤマ先生。あ、ほら、ケーキ食べに行きましょ、先生の大好きなシナモンチェリーパイも買って来てるんで――」


『あ、ちょっと待って、望月。そう言えば私、カシヤマ先生と話したいことがあるんだった。あんただけ先に行ってもらってもいい?』


「え? だったら私も――」


『いやいや、ちょっとプライベートにも関係してくることなんで――』


「はあ――、じゃあ、先に下りてますね、カシヤマ先生」


 ガラガラガラガラ、ピシャン。


『行った? 行ったわね。だいじょうぶ? だいじょうぶよね。――あー、そしたらさー、なんかごめんねー、カシヤマ先生。望月もさー、わるい子じゃないんだけどさー、カッとなりやすいって言うかさー、いつもはあんな風じゃないんだけどさーー』


「あー、まー、でも、文代さんにあいだ入ってもらえて助かりましたよ、すみませんね、せっかくのお休み中に」


『ま、どうせ寝だめするだけの休日だから、いいっちゃいいんだけど…………って言うかさ、ヤッちゃんさ』


「はい? なんですか?」


『で? どんな夢みたのよ、結局』


「……はい?」


『いや、わかる、わかるわよ。望月もあー見えて口が軽いし、ヤッちゃんもアイツには話していない秘密もいろいろあるだろうし、その辺がらみのね、夢を見てたりしたらね、アイツにはね、なっかなか言えないだろうなってことはね、この本田文代、わかっております。わかっておりますよ』


「え? あ、いや、ですから編集長――」


『あー、もう、水くさいなあ、編集長だなんて。むっかしみたいにさ、ヤッちゃん、フミちゃんでさ、いこうじゃないのよ。いっろんな性癖開陳してはさ、もり上がってたさ、あの頃みたいにさあ』


「へ? あ、いや、あの、その、ですから文代さん? わたし本当にどんな夢も――」


『はいはいはいはい、わかるわかる。皆まで言うな、皆まで言うな。どんな (*検閲ガ入リマシタ)で、(*検閲ガ入リマシタ)な夢だろうと、この本田文代、あなたが言うなっていうのなら、墓場の底まで持っていきますから――で? どんな? どんな夢みたのよ? (*検閲ガ入リマシタ)系? それとも (*検閲ガ入リマシタ)が (*検閲ガ入リマシタ)した系? あっ、ひょっとして、いま流行りの (*検閲ガ入リマシタ)と (*検閲ガ入リマシタ)のドギツイ (*検閲ガ入リマシタ)とか? あなた好きだもんねー、あーいう系統』


「ちょ、ちょ、ちょっとやめて下さいよ、こんな真っ昼間から」


『その真っ昼間から、そーゆー夢みたのはヤッちゃんじゃないのよ、あ、それとも愛しの※※さんと (*検閲ガ入リマシタ)的な夢? あー、それだったら、流石に望月には話せないかもね――』


「ちょっ! なっ、ですからっ! 夢は! なんにも! 見てないって! 言ってるじゃないですか! いい加減にして下さい!!」


『…………………………ふーーーーーーん』


「え? なに? なんですか? そんなこわい顔でにらみつけても、どうせPCからこっちには来れな――」


『ちょおっとゴメンね、ヤッちゃん先生』


 ブブ、ブブブブ、ブブブブ、ブブ。


「…………へ?」


『やっぱPC越しだと、お話にならないわ』


 ザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザ。


「え? ちょ? ……え? なに?」


 グッ、グッ、グッ、グオンッ。――――――ットン。


「…………………………文代さん?」


「あら? ここの書斎も代わり映えしないわね。私が来てたころと、全然かわってないじゃない」



(続く)

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