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エルタニア大陸物語  作者: 岸本ひろあき
ラクスアン王国編~光と闇の祝福狂想曲
8/22

第八話


 王宮交流会の乱から早2年が過ぎた――



 俺は今、ファウホーン辺境伯家領地の最北端に広がる広大な森、漆黒の大森林の中ほどで野営をしていた。


 我が勇者パーティは以下の3人だ。


 俺、勇者グリアス。

 莫逆の友その一、自由騎士ウォング。

 莫逆の友その二、魔術師ニック。


 たまに輜重部隊や他の部隊の兵隊などが交じることはあるが、それは補給など戦闘外での合流ですぐに離脱を旨とする。という訳で基本的にはこの三人で、魔王城がある古代遺跡都市アルガウスを目指し過酷な旅を続けていた。


 進捗状況はあと2年~2年半もあれば魔王城に着くんじゃなかろうか、という所まで歩を進めていた。


 ちなみに過酷な旅なのにパーティ人数が少なすぎると出発前に散々言われていたが、それでも構わず旅に出たのには、ちゃんとした理由がある。



 四天王とか、三大魔将軍とか、十三魔人旅団とか、魔王軍の幹部たちの能力が、どいつもこいつもクソみてぇな初見殺し満載だからだよぉぉぉ!



 失礼、興奮してしまった。


 ともあれ幹部連中の能力は、右目だけで見て戦わないと30秒後に即死するとか、犬の糞を傷口に塗らないと際限なく再生するとか、3級以上のポーションを投げ付けないとダメージを与えられないとか、深夜のテンションで作ったギャグ漫画みたいな能力を持っているのが大半なのだ――すみません、悪乗りして設定を作った開発陣と前世の俺が戦犯です……そりゃプロデューサーもお蔵入りさせるよ。


 あと聖剣には回数限定(翌日になると回数全回復フルチャージ)の超強力な防御バリアがあるのだが、幹部の連中は通常技であっても即死級の威力がある者も多く、基本的に連中との戦いは聖剣の防御バリアありきだ。

 だがこの防御バリア、対象人数が最大4人までなのだ。


 分け分からん初見殺しに加えて即死級の通常技が飛び交うのに、必須の防御バリアは4人だけ。


 この状況で大部隊を率いても、無駄に犠牲者を出すだけとお分かり頂けるだろう。


 バリアの人数的にもう一人パーティメンバーを増やせるし、パーティ参加を希望する戦闘巧者は大勢いたのだが、彼らに背中を預けられるほど連携練度と信頼関係を築くには、魔王討伐の出発までの時間が短すぎた。


 魔王城のある古代遺跡都市アルガウスへの道のりは、実は考古学者にとって昔から有名な場所ということもあって踏破済みで、獣道や簡易的な道が現在でも残っていた。

 ただまあ魔王復活の件がなくとも、危険な魔物が多数生息する広大な大森林を踏破せねばならない大冒険で、通常1年近くかかる最難関クラスの難所である。


 しかしそれが今では、魔王復活の兆しと同時に激増した魔物や、魔王直下の眷属たる強力な魔族が立ちふさがるという極限状況で、その道のりの厳しさ足るや前人未踏、勇者パーティという超人たちであっても、到着までの時間は最短で凡そ4年程と目算されていた。


 あのてんやわんやの王宮交流会後の大会議室にて、そういや魔王復活のタイムリミットって何時なんだと思い立ち、駄目元で戦女神グレーグレイブ様に『魔王復活の残り時間はどれくらいですかー』と祈り念じたところ、『あと5年くらい!』と返ってきた訳で。


 もっと早く神託しろよ! と思った俺は悪くない。


 ともあれ1か月程度と大急ぎで戦支度を整わせ、家族との別れの挨拶も碌にすることなく出立、ファウホーン辺境伯家の最北端の城砦で最終準備と最後の英気を養う為に1週間ほど滞在し、そして漆黒の大森林に出陣と相成った訳だ。


 とてもではないが戦闘訓練に裂ける時間はなく、熟練の連携と信頼関係の構築など不可能だった。


 その点、俺とウォングとニックは何も言わずとも戦闘の連携ができる程度にはお互いを知り合っている。死出の旅の道ずれはウォングとニッグの二人で十分だった。


 そんな訳でこの2年間、分け分からん初見殺しを持った幹部連中を、前世の知識チートによる分け分からん殺しで返り討ちにして突き進み……死んで生き返って死に掛けて順調に『試練の旅』(巷ではそう呼ばれているのだとか)を続けていたのだが。


 今その野営地の陣幕内に、絶対にいる筈がない……いてはならない人物がお上品に座っていた。


「お久しぶりでございます、いと猛き勇者グリアス様」

「……久しいな、メリエナ嬢。ご家族は息災か?」

「はい、グリアス様のご活躍もあり森から這い出るのは魔物のみ。魔族は這い出ておりません。お陰様で皆元気に暮らしております」


 2年ぶりに再会した、メリエナ嬢であった。


 2年の歳月は人の見目を変えるには十分過ぎる時間のようだ。

 最後に会ったのは、ファウホーン辺境伯領の城砦で最終準備と英気を養う為に1種間ほど滞在していた最終日。あの頃は、もともと小柄ということもあって幼さが残っていたのだが、今は身長も伸びまるで別人のように、まさに大輪の華のように美しく成長していた……まあ、胸は控えめな成長だったが。


 彼女は更に品格の増した美しい所作で、森に自生している薬草を素人仕事で煎じた薬草茶を、上品に飲みながら薄く微笑んでいる。

 俺は苦虫を嚙み潰したような顔でそれを見つつ、苦虫の味のような茶を飲みながら、口を開いた。


「……で、お供も連れず単身でここに来るとは、正直とても正気とは思えん暴挙だが、いか用で来られた」


 そうなのだ。このお姫様は輜重部隊と共にではあるものの、護衛も付けずにこの野営地にやってきたのだ。


 補給路の確保は旅を続けるうえで最重要事項だ。

 補給なくして旅の成功は絶対にない。

 そういう訳で、俺たちが魔物や幹部連中をぶち殺して進んだ後の道中は、まずはニックが簡易結界を張りある程度の安全を確保、その後に大陸でも最高峰の結界魔術の使い手たちが寄って集って結界を張り直し、例え結界の破壊が得意な幹部級魔族であろうが手も足も出ない強靭な複合結界の維持管理を行っていた。


 そういう訳で輜重部隊に随行してなら、比較的安全に俺たちの所に来られるのだが。


 よく考えて欲しい。

 一国の主ほどの力を持った辺境伯家の愛娘が、いつ魔物や幹部連中が襲撃するかもしれない最前線の野営地にいるのである。


 例え護衛を引き連れたとて、絶対にあり得ない。


 もうね、頭の天辺からビンビン感じるよね。厄介ごとの気配を。


 メリエナ嬢は優雅に微笑み、口を開く。


「先日、王都が魔族の襲撃を受けました」

「なるほ――なにぃ!?」


 俺は思わず椅子を蹴り倒して大声を上げてしまった。

 傍に控えていた二人も、声こそ上げなかったが同じくらい動揺していた。


「先ほど、魔族は出て来ていないと言わなかったか!?」

「ええ、出てきておりません。我が領内には・・・・・・

「……――」


「その魔族は今や失伝した転移魔術を使う物珍しい魔族でした」

「……それで、王都の民たちはどうなった」

「幸いでしたのが、さほど強力な転移魔術を行使できなかったことでした。彼奴が引き連れた魔物や下級魔族の数は10体と少数で、更にはヒルデ様の活躍もあり、王都での被害は一人も出ておりません」

「――ヒルデ嬢の活躍?」


「はい。ヒルデ様の闇の力、魅了でございます。詳細は報告書を持ってまいりましたのでそちらをご覧ください――これにより魔族どもの動きを鈍らせ見事、仕留めました」


 俺は目を見開いた。


 闇の属性の魔族。

 闇の力の魅了。

 双方同じ闇属性なのだから、生半可な闇の力では無効化されるだろう。しかし祝福は神の直下の力だ。並みの力ではない。絶対服従させる効果は無理だろうが、足止め以上の効果があったことは想像に難くない。


 だがしかし、だ。


 それが故に、光であれ闇であれ、祝福は一度行使すれば周囲に絶大な影響を与える。


 光の祝福であれば国に飼い殺しや政治的利用。

 闇の祝福であれば畏怖のあまり迫害や処刑。


 己が身の破滅を招く、非常に危険な力なのだ。

 如何に魔族を仕留める為とはいえ、なんと無謀な。


「……ヒルデ様はおっしゃっていました。グリアス様に迷惑を掛けてはならないと」

「――私に?」

「はい。浅はかな愚か者たちはグリアス様の快進撃の裏にある艱難辛苦を知ろうともしません。そこにまつわる補給物資の報告書を見れば、如何に1級ポーションを乱用しているか一目瞭然であるのに……そして聡明なヒルデ様はその情報を知るお方です」

「……」


「後方の乱れは即ち補給の乱れ。物資が滞れば、前線で戦うグリアス様たちはたちどころに窮地に立たされます。グリアス様の死は王国の死。それを未然に防ぐ為ならば、闇の力であろうと使うことに躊躇いはありません、と堂々とされておりました」


 俺は椅子に座り直し、目頭を押さえた。


「……王国に対する忠義、まことに天晴――それで、ヒルデ嬢は魅了を使って無事だったのか? 邪神の精神汚染は非常に危険と聞く」

「はい。短時間の行使でしたし、あの方は女神ユミリア様の敬虔な信徒です。さほど影響はありませんでした」

「それは重畳……だがなぁ、それでも闇の力だ。ヒルデ嬢の立場は非常に危うかろう」

「それは心配に及びません。お忘れですか? ヒルデ様はわたくしの一つ上の兄の婚約者です。我がファウホーン家が必ず守ります。また養子元のバウアー伯爵家も、育ての親であった女神ユミリア教の神官長様もお味方です。例え王家が相手であっても手出しは難しいかと」


 俺は安堵のため息を付いた。


「ヒルデ嬢の人徳の賜物だな。安心した」


 それを聞いたメリエナ嬢が意地の悪い顔付きになった。


「あら、そんなに心配するのは、真実の愛の相手だったからですか?」


 俺は思わず額に手を当てた。


「それは予言にあったから言っただけで本意ではない。あの魔王復活の神託があって以降は真実を打ち明けたのだから、もう蒸し返すのは勘弁してくれ」

「ええ、畏まりました」


 とメリエナ嬢は優雅に微笑んだ。


 魔王復活を告げる神託は本当に、まったく、予想外の出来事だった。

 しかし予想外だろうがなんだろうが、魔王討伐とかいう回避不能の国難が降ってわいた訳で。更にその魔王や幹部連中は能力を知っておかないと、どれだけ犠牲を払っても倒せない可能性が高いやべー奴らだった訳で。


 だから俺が勇者になるしかなかった――のだが。


 じゃあなんでお前が知りようもない魔王を筆頭にした敵どもの弱点を詳しく知っているんだ、という至極まっとうな話となる。


 正直言って、俺の前世の記憶うんぬんは、莫逆の友たるウォングとニッグ以外に伝える気はない。これは俺たちが墓場まで持っていく話だ。となると件の説明はどうするか、となって出した結論が――


 よし神託の予言を受け取ったってことにしよう、今までのうつけな行動は全部神々のせいにしよう。


 ということで俺の色々なやらかしは見事チャラになり、真実の愛で迷惑をかけたヒルデ嬢の名誉は回復、ラミアーナ嬢とも俺の希望通り婚約は白紙撤回となった。ラミアーナ嬢に関してはバタバタもあってその後は知らないが、母上に元婚約者との復縁を頼んでいたから悪いようにはなっていないと信じたい。


 まあ、それはさて置き。


「さて、王都での騒動のことは分かった。だがまだ私の質問に答えてもらっていないぞ。王都に被害が出なかった以上、あとで報告書を寄越せばいいだけの話だろう。わざわざ君が危険を冒してまでここに来た理由を、いい加減、話してくれ」


 メリエナ嬢はゆっくりと、勿体ぶるかのように、茶で喉を潤し、艶めかしい目線を寄越した。


 あ、すっごい嫌な予感が。頭の天辺から爪先まで走るような、嫌な予感が!


「グリアス様がマチュア様に後を頼むほど気に病んでいたラミアーナ様と元婚約者様の復縁についてですが」


 うん? 何故メリエナ嬢が母上に頼んだなどという内情を知っているんだ?


「わたくしがその元婚約者様に活躍の場を我が領内に用意いたしまして。その活躍目覚ましく我が家の寄子として取り立てました。その前後にマチュア様にラミアーナ様の生家に話を通して頂いたのと、我が家での功績をもって、ラミアーナ様は無事思い人と婚約を結ばれております」


「ああ、うん。なるほど。それは目出度い」

「グリアス様の心配事が一つ減りましたね」

「うむ、何やら私の尻拭いをさせたようだ、感謝す――」




「ああ、そうそう。それとですが――わたくしの胸はそんなに成長しておりませんでしたか?」


 え?


「素のグリアス様は自分のことを俺というのですね」


 え? え?


「神託の予言など嘘っぱち。前世の記憶を持っておいででしたのね」



 ほんげええええええええええええ!!!?? ナンデ!!?? ドウシテ!!???



 王子らしからぬ錯乱だったが、胸中だったので許してもらいたい。



「いいですわよ?」

「コノヒトコワイ……」



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