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エルタニア大陸物語  作者: 岸本ひろあき
エジオム王国編~ピンクブロンド嬢、死ぬ程がんばるっ!
22/22

最終話


 その日、とても沢山の、色々な人が、ピンクブロンド女性の苦難の人生を夢見た。




 人生で真に輝いた時間は、ほんの僅か。

 それ以降は地獄も生温い程に千辛万苦、苦しんで、苦しんで、尊厳を奪われて、苦しんで、復讐に囚われて。

 やっと復讐を終えた頃には、女ざかりもとうの昔に過ぎ去った立派なおばあちゃん。



 でも彼女は満面の笑みで言った。


『今から帰るからね、みんなっ!!』




 目覚めると、僕はとめどなく涙が流れていたことに気付いた。

 とても悲しい夢を見た――けど涙をぬぐう頃には、内容はもう思い出せなかった。


 でも知らずに、僕は言葉を紡いでいた。


「おかえり、僕の愛しいミリア」




 ◇ ◆ ◇



 エジオム王国国王ゼティスは、ある日突然、発狂した。


 ない、俺の力が、ない! ないないないないない!! それにアレがいない、アレ、アレ? アレって誰? アレ、ああああ思い出せない、アレがいないとアレがアレがひとりになるアレがいなとひとりでしぬ、ひとりにしないでアレああああああああ!!!


 そう叫び続けたそうだ。


 そして無表情の宰相から渡された毒杯を、躊躇いなく飲み干した。



 ◇ ◆ ◇




 目が覚めると、そこは懐かしい天井で。

 第二の故郷、開拓村の我が家でした。


 ゆったりと起き上がり、自分の手を見ます。

 瑞々しくて張りがあって、でも豆だらけのてのひら


 ああ、わたし帰ってきたんだ――


 そう実感した瞬間、わたしの部屋のドアが勢いよく開きました。

 何事っ!? と見るとそこには寝間着姿の、泣き腫らした両親が立っていました。


 ああ! なんと懐かしいことか――


「お父様、お母さm」


 言い終わる前に、両親からの強烈なハグをされました。

 二人にぎゅうぎゅうと締め上げられ、ほげぇ内臓が飛び出るぅ、と言葉にならない悲鳴を上げます。


「ああ、ミリア! お前を残して死んだ不甲斐ない父を許してくれ!」

「ミリア、貴方なんて情け深いの! 望みもしない男の子を産んだにも拘わらず、愛し育てるなんて!!」


 え?


「え、お父様、お母様。知っているの・・・・・・?」


 その言葉に、二人は我に返りました。

 そして見つめ合う両親。


「……はて? 私は何でそのような、血迷ったことを口走ったんだ?」

「えっと……わたしも。ミリアはまだ15才。それに婚約者もいないのに、どうしてこんな訳の分からないことを……?」


 そんな両親を見ながらわたしは何となく察しました。


 あ~……、クリティカルって出ていましたけど、これがその効果なのかしら……?


 と思ったら、今度は外が騒がしくなりました。

 玄関のドアが激しく叩かれ、外から、


「ミリア様ぁーーーー!」「ミリア様!!」「ご無事ですかミリアさまぁ!」「お顔を見せて下されぇ!!」「ミリア様!」「ミリアさまぁぁぁぁ!!」


 と、すっごい大声で名前を連呼されました。


 両親と顔を合わせ、ぎょっとします。

 部屋の窓から外を覗くと、村人総出で我が家を取り囲んでいました。


「えっと」

「あなた」

「うむ……そうだな。うむ、そうだ、こうしよう」


 お父様はお母様の手を取り、わたしの部屋を出ようとして、言いました。


「理由は分からん。分からんが、とりあえず――宴を開こう。さあ、ミリア。準備をしなさい。お前のお気に入りの、取って置きの一着を着るんだ」


 わたしは満面の笑みで頷きました。


「はいっ!」




 ◇ ◆ ◇




 僕は目覚めると矢も楯もたまらず、父上の寝室に向かった。

 そうすると丁度、父上が寝室から出てきたところだった。


「父上、話が――!」


 父上は赤く充血した目でこちらを見やると口を開いた。


「皆まで言うな。そろそろ南の大森林から、魔物大襲撃スタンピードが起こる予感がする。尊いお方を救う為、今日中に編成して、開拓村に駆け付けるぞ」


「はい!」


「そして今度こそ――お前の嫁取りだ!」


「――っ、はい!!」



 何故そう思ったのか。

 それは誰にも分からなかった。

 でも確信していた。


 これが正解だって。







 ◇ ◆ ◇







 アーロン様との第一子は、それはもう丸々とした父親似の立派な男児で――



 世にも珍しいピンクブロンドでした。



 わたしは産まれたばかりの幼子を抱き、ギャン泣きしながら懇願しました。


「アーロンざま、おねがいです、この子の名は、ローアンと名付けとうございます」

「うん」

「次の子は女児で、名はイーレンとぉ」

「うん」

「その次の男児は、名はダーレンとぉ」

「うん」

「よろじいですかぁ」

「うん、それでいい――それがいい」

「あううううう、あああーーーーー」


 わたしのギャン泣きに釣られ、産後の手伝いでいた母やお義母様や侍女らも、もらい泣きをしていました。


 アーロン様も愛おしげに我が子の頭に唇を落としながら、一筋、涙を流されました。


――僕の子として生まれて来てくれてありがとう。今度こそ長生きしようね。


 アーロン様の小さな独白が聞こえ、涙腺が更に決壊するのでした。




 ◇ ◆ ◇




 ギャラッグ辺境伯家、領主館の居住区にある広い中庭の一画のガゼボにて。



 第三子でとても父親似のピンクブロンドの男子、ダーレンが16になった頃です。


 ロクラント・・・・・男爵領から・・・・・無断で戻って・・・・・・きて早々に、あの子はこう宣言しました。


「母上っ! この子と将来、婚儀を挙げとうございますっ! ご許可を!!」


 そう言ったダーレンの隣には、とても美しい深緑の髪をした、気恥ずかしさの余り顔を伏した少女がいました。


 わたしは読みかけの魔術書をテーブルに置きつつ、半眼で言いました。


「ダーレン貴方、ロクラント男爵家の爵位を継ぐために、1年程前に引っ越したと記憶しているのですけど」

「そうですね!」

「そうですね、じゃないでしょう……」


 無駄に元気過ぎる我が子に、頭痛がしました。



 あ、ちなみにですが。

 かつて鉱山も領地も奪われたロクラント男爵家でしたが……今ではすっかりお父様の元に還ってきていました。


 何故そうなったか。


 それはわたしが人生をやり直して、目覚め、そして1カ月もする頃に起こった、仰天の出来事にありました。


 なんと開拓村に、辺境伯家の護衛という名の竜騎兵たちによる監視の元ですが、ラビュラント侯爵家の領主と長子が現れ、謂れなき悪評を流布した件を土下座せんばかりに謝罪、借金の撤回、今までの支払ってきた借金とその利子分の金子、領地も鉱山も屋敷もすべて原状回復して返還する旨の証文、更に不当に悪評を広め男爵家の財産をせしめたことに対する賠償金として多額の金額が記された小切手、それらを粛々と提出しに来たのです。


 その時の二人の顔は、まるで憑き物が落ちたかのようでした。



 そしてかつての後宮暮らしを思い出しました。


 ある日、一人目の子をあやしている時。

 元気にわたしをイビリながらもその手段が可愛らしくて、気付くと後宮で唯一、仲良くなった側妃様が教えてくれました。


 ラビュラント侯爵家がド派手に没落、多額の負債により家門が潰えたというのです。


 理由は、わたしを諦めきれなかったジャクソル卿が、なんと後宮に不法侵入、わたしを攫おうと計画したのだとか。まあ当然、失敗した訳ですが……その際に、警らの騎士数名と使用人数名に重軽傷を負わせたそうで。これにゼティス陛下アレは一罰百戒の意味も込め、侯爵家が余裕でコケるほどの罰則金を課したそうな。


 それを聞いて、ああ……ね、とアレが謀を行ったのだと理解しました。


 はっきり言いまして……ジャクソル卿はもやしです。荒事はどう考えても得意とは言い難い、もやしなのです。顔はいいので、城の侍女あたりを垂らしこんで侵入は出来るかもしれませんが……屈強な警らの騎士に怪我を負わせる、しかもそれが複数人など、どう考えても不可能なのです。


 ラビュラント侯爵家はわたしの噂の件もあって、どうやらアレとは随分と仲が良かった様子でしたが……きっとアレにとって目障りな存在になり、これはいい機会と口封じも兼ねて潰されたのでしょうね、とあたりを付けました。


 ともあれ。


 その時の強烈な記憶の残滓が、目の前で謝罪する領主と長子に薄っすらだとしても残っていたのなら――その憑き物が落ちた顔付きも何となく察せられました。


 それにジャクソル卿にはストーカー被害は受けましたが、何だかんだ紳士的で暴力とは無縁でした。アレを比較対象にするには可哀そうですが、実害がなかった以上アレから比べれば、まあ若気の至りで許せる範囲です。


 ですからわたしも両親も、謝罪と金子と小切手と故郷の地を受け取り、今までの遺恨を水に流しました。

 その後は開拓団の代表を辞任、引継ぎを行ってから、両親は男爵領地に引っ越しました。


 そしてここ数年前から、そろそろ引退したい、ちら、ミリアの子を一人どうだろう、ちらちら、と露骨に隠居アピールをしてきたので、ダーレンに後継者を打診したところ自分で良ければ家門を継ぎたいと快諾したので、男爵領に送った次第ですが。



 まだ爵位を継ぐには数年掛かるでしょうに、それが何の知らせもなく少女と共に勝手に帰ってきたのです。



 何があったらそんなことに……と思いながら、ちらりと、顔を伏せている少女を見やります。


 そういえば、人生やり直し前のジャクソル卿の婚約者、後の奥方はものすっっっっごいツンが多め、でも実はジャクソル卿にべた惚れの人だったそうで……そのジャクソル卿が投獄され取り調べという名の厳しい拷問の末に死亡したものだから、奥方は失意の余り彼の後を追って自死したと、側妃様から教えてもらったわね、と思い出しました。


 ちなみに今も昔も同じ人物の奥方は、それはもうデレ成分多量の性格に豹変したそうで、お二人の仲は非常に良く……子供が6人もいるそうです。


 はて、この子は何番目の子かしら、と思いながら口を開きました。


「ごきげんよう。わたしはこの子の母親のミリア・ギャラッグよ。貴方のお名前は?」


 爵位が上位者で、しかも母親から名乗らせたことに、今更ながら気付いたのか。

 眼前の少女は深々と頭を下げて名乗りました。


「ひゃ、ひゃい! わたくしはラビュラント家が長女、ロクサティールと申します! ほ、ほほ、本日はおひゅがらも良ぐ!」


 どうやら噛みまくった挙句に、舌を嚙んだようです。

 口を押えてもだえる少女を見ながら、あらあら、と言いつつハンカチを差し出し、少女が面を挙げて――



 3人目の子と今生の別れをした時。

 その隣にいたのは、深緑の髪に、青い目をした子でした。



「――ねえ、ロクサティール嬢」

「ふぁ、ふぁい?」

「貴方の家系は、赤眼が多かった気がするのだけど」

「は、はい。わたくしの兄妹は皆、赤眼です。すみません、わたくしだけ母と同じ青い目で生まれてきたのです……」


「あらいやだ! そんな風に受け止めないで。とても美しい目よ……本当に。こんな目も心も美しいお姫様を攫ってくるなんて。わたしの息子の目に狂いはないわ。これ以上にない程、二人はお似合いよ」


「そうであろう! そうであろう! 流石母上、お目が高い!」


 鼻高々なダーレンを見やり、わたしは一つため息を付きました。


「どういたしまして……それよりも後ろをご覧なさい」

「うん?」


 ダーレンが振り返ると、そこには鬼の形相をした、旦那様アーロンがいました。

 旦那様は息子の頭を問答無用で鷲掴みにすると、わたしに言いました。


「義父上から、緊急伝達装置エマージェンシー・ラインで連絡があった。ジャクソル卿の長女ロクサティール嬢が社会勉強の為、父親と連れ立って男爵領の大農園の視察に来ていたのだが、大農園の説明の為に赴いていた愚息がロクサティール嬢をいきなり口説いてそちらに向かったとな。愚息のとち狂った行動に現地では大混乱だそうだ。取り急ぎ、そちらに行った愚息を確保してくれ、とのことだ。本当に意味が分からんよなぁ?」


 ちなみにですが、人生やり直し前の知識で、隣の大陸には馬鈴薯ジャガイモなる荒涼とした大地でも育てられる芋があると知っていましたので、これは男爵領で活用できるなと方々の伝手を頼って手に入れ、ロクラント男爵領で試験的に栽培してみたところ大成功。これを男爵芋と名付け売り出すと想像以上に大ヒットし、今では王国における一大生産拠点としていくつもの大農園が出来上がっていました。

 その際にはラビュラント侯爵家から多額の融資と優秀な人材が派遣され、今では男爵家と侯爵家は共に大農園を運営する共同事業者パートナーとなっておりました。


 閑話休題。


 その大出資者兼、共同事業者の娘が目の前にいるのです。

 それに旦那様は耳もいいですし、この子の『婚儀を挙げたい』という台詞も聞こえていたかもしれません。


 そんな訳で、まあ、お説教ですわね。


「こいつと話があるから。その間、ミリアはロクサティール嬢をもてなしてもらえるかな」

「はい、畏まりました」

「え、お待ちを父上。僕の最愛の人を紹介します。話はそれからで――――いだだだだだだだっ!?」


 めきめきと音が聞こえそうなほど、鷲掴みにしていた腕に力を込めています。


「御託はいいから、まずは経緯を聞かせろ。その後に先方に説明だ。執務室に行くぞ」

「え、いや、ロクサティールと離れるのは嫌、いでででででででででっ!?」


 騒がしく去っていく父子。

 それを見てあわあわするロクサティール嬢に、席を進めます。

 ロクサティール嬢はおずおずと席に座り、傍に控えていた侍女が完璧な所作でお茶を注いで差し出しました。


 ロクサティール嬢はカップを手に取り、そこで気付きました。


「あ、この香り……うちの父の会社が輸入している茶葉です……」

「ふふ、そうよ。わたし貴方の領内で商いをしているマーク&リットン社の商品のファンなのよ。とてもセンスがいいわ」


 ジャクソル卿が立ち上げたマーク&リットン社は、大陸津々浦々から商品を集め、卿が気に入った物だけを売る貿易会社です。そして卿はとにかくセンスが良いので、国内でもダントツで人気のある会社でした。


 ロクサティール嬢は静かにお茶を飲み、そして口を開きました。


「ミリア様は父と色々とありましたのに、その会社の商品も、気にせず使われるのですね」

「――? そうね、モノに罪はないですからね」


 少し間が開いて、ロクサティール嬢は続けて話し掛けてきました。


「……もし宜しければ、ミリア様のお気持ちを聞いてもいいでしょうか?」

「ええ、宜しくてよ」

「我が侯爵家はその昔に、ミリア様のご生家に対して、尋常ならざるトラブルを起こしました。その後に和解はしましたが……その際には、ミリア様は当家に洗濯メイドとして過酷な労働を強いられ、父から、その……愛妾を求められたと聞きました。ミリア様は……我が家や父を恨んでいなのですか? もしそうなら、わたくし如きがダーレン様に近付いて不快ではないでしょうか?」

「ないわね」


 わたしの即答に、ロクサティール嬢はきょとんとします。

 その顔に少しほっこりしつつ続きを言います。


「ロクサティール嬢。わたし実を言うと、貴方が知っているであろう情報など及びもつかない程、かなり苦労をして生きてきたと、自負を持っているのよ」

「はぁ……」

「だからね。侯爵家での出来事は全部、いい経験だった、今だとそれくらいの感想しかないわ。むしろ洗濯メイドをさせて頂いて有り難かったのよ? だって下町の工場で働くより、比べるのも馬鹿らしいほど稼げたもの」

「工場、ですか」

「そうよぉ。本当に、工場勤務はきつかったわぁ。18時間労働とかもあったわね。朝から晩までずっと、果実を絞り続けるとか、豆の選り分けとか、ひよこの選別とか。ああ、あとゴミ処理場での勤務は労働時間も短くて給料も幾分かは良かったけど、体が臭くなっちゃうから精神的にきつかったわねえ。毎日、銭湯に行けるほどお金もなかったから余計に辛かったわ」

「――――」


 高位貴族女性が語るには余りに過激すぎる情報に、ロクサティール嬢は完全に固まってしまいました。

 平和な子ねぇ、と思わず胸中で呟きました。

 戦争に参加したり、根切りを食らったり、子殺しを食らった身からすると、下町での労働程度、何てことはない話なのだけど……それはさて置いて。


「そういう訳で、恨みなどないわ。あとジャクソル卿には誠心誠意、謝罪と賠償は頂きましたし。生家では一緒に商売をして潤わせてい頂いておりますし。むしろ色々あったにも関わらず、こうして仲良くなれて、しかも侯爵家のお姫様を攫ってくるのだから、縁は異なもの味なもの――本当に人生は、素晴らしいわ」


 そう言い切ると、ロクサティール嬢は蕾が開くように瑞々しい笑顔で頷いてくれた。


「……そう言ってもらえると嬉しいです」

「ふふふ、本当にいい子ねぇ。まぁ相手方の都合を聞いてからと思っていたけど、もういいでしょう。聞いちゃうわ。ねえロクサティール嬢、貴方わたしの自慢の息子ダーレンと結婚する?」

「えっ! そ、それは、うん、あっと、その」


 真っ赤に茹で上がってわたわたする生娘の何と初々しいことか。


 眼福眼福~、何だか10年若返った気分になるわ~、今晩、旦那様におねだりしましょう。


 そんな夜の計画を練っているところで、ロクサティール嬢の顔色が変わりました。

 音で表現すると、ず~ん、という感じでしょうか。


「ああ、でも、やっぱり駄目です……」

「え、何がかしら?」

「視察の前に父が言っておりました。お前には嫁がせる相手をすでに考えている。成人を迎えたら紹介するとしよう、って。わたくしは先日、成人を迎えました。ダーレン様と出会って、一目見て、この人だって思って……舞い上がっておりました。わたくしにはお相手がいるのです」


 うん~?

 旦那様の言葉によれば、うちの子が侯爵家のお姫様を口説いて攫ったのに、混乱しているのは現地だけ、と。それなのに同伴だったジャクソル卿や侯爵家から、抗議のこの字もないのです。そんなものは普通に考えたら有り得ません。戦争ものです。それから察するに、元々ジャクソル卿は娘とうちの子を引き合わせる気があったのでは……


 十中八九そうなのでしょうけど。



 その時ふと3番目の子のことを思い出しました。

『母上。好きな子が出来たんだ。天涯孤独で奴隷に落とされたのに、健気で、すごくいい子で……相手も俺のことを憎からず思っている。でも俺は暗部で……どうしたらいいんだろう』

 そんな我が子の背中を思いっきり引っ叩き、きっぱりと言ったものです。

『何を言っているの、相手が嫌がっていないのなら何の問題もないわ。攫ってしまいなさい』



 そしてまた攫ってきたのだ。

 だったらあの子の親としてやることはひとつです。


「ロクサティール嬢」

「――はい?」

「執務室に行くわよ」

「え、でも、いまアーロン様とダーレン様のお話し中では」

「ええ、むしろ当事者と親がいるからこそ、いいのよ――さあ、結婚準備に入るわよ!」

「えっ」

「婚約とかちんたらしているから機を逃すのよ。双方その気で親も許すなら、さっさと結婚した方がいいに決まっているわ。今から結婚の段取りをするわよ!」

「え、え、え、でも父が」

「それも問題ないわ。あってもわたしが黙らせてあげる。ねえロクサティール嬢……――いえ、ロクサティール」

「は、はい」

「何があってもわたしが手伝うわ。だから――」


 わたしはロクサティールを真っ直ぐ見据えて言いました。


「ダーレンと結婚してくれる?」


 わたしの眼差しに、ロクサティールは逃げませんでした。


「――はい、結婚したい、いえ。結婚します」

「宜しい――さあ、ダーレンの嫁取りよ!」


 わたしとロクサティールは連れ立って執務室に向かいます。



 その道中、わたしはサイコロ魔術を起動させました。



 これはわたしがお遊びで作った新魔術で、脳内でサイコロを振る、ただそれだけの運勢を占う魔術――だったのですけど、意外なほど的中するものだからおいそれとは使わなくなり、人生のここぞという時に使う魔術になっていました。


 まあ、間違いなくこの婚姻は成立するでしょうけど。


 ですがそれはそれとして、二人の行く末はどうなるか。

 ちょっと運勢を占ってみましょう。




 脳内に浮かんだのは6面ダイス。


 わたしはそれを、えいっと降ります。

 さぁ出る目は、普通か、ファンブルか、クリティカルか――




 コロンコロンコロンっ―――――




 END


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