第十話
国王陛下よりギャラッグ辺境伯家の国家転覆罪が宣言されて1週間。
訳も分からないままに南端開拓村まで逃げ落ちましたが、まるですべての戦略を見通すように、王国騎士団の軍勢があっという間に辺境伯家の軍を撃破、そして開拓村まで雪崩打って突撃してきました。これに聖戦でもって応戦しましたが、余りにも多勢に無勢、四日後に疲労困憊でわたしの意識が落ちた瞬間に、村は蹂躙されました。
目覚めた時、そこには絶望だけが広がっていました。
お父様もお母様も、辺境伯の領主様も、ダーナン様も、マリリアーナ様も、一族の皆様も、家臣の皆様も――
アーロン様も。
皆、死にました。
一族の皆様は、磔の刑にされました。
家臣の皆様は、藁のように切り捨てられました。
領民は皆、奴隷に落とされました。
お父様とお母様、領主様の3等身以内は、ギロチンに掛けられました。
転がるアーロン様に駆け寄ろうとして、羽交い絞めにされ、そのまま王城の尖塔に幽閉されました。
わたしは復讐を誓いました。
陛下を――ゼティスに報いを。絶対に殺してやる。地獄に落ちろ。
「そなたを寵姫とする」
「は」
「くっくっく、いい顔だ。まあ、寵姫だ。式を挙げる必要もあるまい。3日後に夜伽に行く故、身綺麗にしておくがいい」
わたしは全力で抵抗しました。
暴れて暴れて暴れて――魔術で寝かされ、身綺麗にされ――朝まで尊厳を奪われました。
しかも避妊すら許されませんでした。
死にたかった。あの人の元に今すぐ行きたかった。
ですが、まだ、死ねない。
わたしには力がある。
まだです。まだあの男の弱みが、過去に持っていく情報がまったく知れていない。
まだ、生きねば。
◇ ◆ ◇
子が生まれました。
なんと世にも珍しい、ピンクブロンドの男児でした。これは大陸でも報告にない、恐らくは史上初めてのピンクブロンドの男子の誕生でした。
アレは子に興味がないようで、わたしがローアンと名付け育てました。
3年後に2人目の子が出来ました。
なんと世にも珍しい、ピンクブロンドの女児でした。
ピンクブロンドは遺伝子せず滅多に発現しない希少性の高い突然変異の筈ですのに、母がピンク、第一子もピンク、第二子もピンク。これは大陸中の歴史を紐解いても報告にない、前代未聞の珍事でした。
名前をイーレンと名付けました。
暇なら3日と間を開けずに、仕事が多忙であっても週に一度は夜に来て抱いて帰るクズが、昼から顔を出しました。しかも騎士まで引き連れています。
とてつもなく嫌な予感がして――当たりました。
10才になるローアンと、7才になるイーレンが攫われました。
わたしは全力で抵抗しました。
暴れて暴れて暴れて――殺す気で暴れて、騎士3人掛かりで取り押さえられ、泣き叫ぶローアンとイーレンは連れ去られました。
あれらが消えて寂しいのなら、また子を仕込んでやる。
そう言ってあのゴミは、疲れ果てて動けないわたしを寝所に連れ込み、真昼間から抱きました。
そして3人目の子が出来ました。
なんと世にも珍しい、ピンクブロンドの男児でした。
名はダーレンと名付けました。
心が悲鳴を上げています。疲れた。でも、まだです。まだ、あの男の本当の力が判明できていない。
3人目の子が連れ去られました。
あの男は抱きながら、まだ30代だ子を成す若さはある、と言いました。
ですが――元気に子を産むわたしを苦々しく思って常日頃からいびっていた側妃様から密かに、お優しくも避妊魔術が記された魔術書をプレゼントされていたので、嬉々として習得していました。
子を孕むことなど金輪際ありませんご心配は無用、と内心で吐き捨てました。
あの子たちの所在が分かりました。
物陰から接触があったのです。
生きていて、本当に、良かった。
クローゼットの中で、使いもしない無駄にあるドレスに顔をうずめて、声を押し殺して、全身の水分がなくなるのではと思うほど泣き腫らしました。
国家転覆を図ったとして、わたしの2人の子たちが処刑されました。
あれだけ無茶はするな、慎重にしろと言ったのに……
アレは言いました。お前は計画に関わった痕跡がなかった故に無罪とする、と。
……へぇ、痕跡がなかった、ですか。
でもわたしも密かに計画に参画していたのに。
アレはいったい、何を見たのかしら?
だからわたしは、3人目の子と共謀して、アレの飲み物にとても弱い下剤を入れました。
アレが腹を下し、執務を半日だけ休みました。
騒ぎには、何もなりませんでした。
◇ ◆ ◇
「母上も一緒に行きましょう」
アレの顔によく似た、わたしの可愛いダーレンが言います。
ですがわたしは首を横に振ります。
「なりません」
「何故ですか! 今アレは病床にあるが、あれは治る病だ。逃げるなら今しかない!」
「だからこそです。わたしはアレを絆し、寄り添わなければならないのです」
「どうしてそんな真似を! 誰よりもアレを憎んでいるのは母上でしょう!」
「そうです。例え死のうとも許しません。必ずや地獄の門前に連れて行かなければならぬ鬼畜生です」
「分かりません……何を企んでおられるのですか」
泣きそうになっているダーレンの頭を優しく撫でます。
「あ……」
「行きなさい、ダーレン。貴方ならどこに行っても生き抜き暮らす力があります。いいですか、人生は、生きてこそです。生きて、好いたその子と、幸せになって」
「ぐ、う、うううう――」
ダーレンは城で出会った洗濯メイド――借金のカタで奴隷落ちし重労働を強いられていた元侯爵の娘の手を取り、王城から姿を消しました。
それが最愛の息子ダーレンとの今生の別れでした。
そしてすっかり若さは失われ、立派なおばあちゃんになった頃。
眼前には皺だらけの弱り切ったアレがいました。
その手を取り、わたしは慈愛の表情を浮かべます。
「お、お、お。他の、子や、妃たちは……?」
わたしは悲しげに眉を顰めます。
「おりません。どうやら他の方々を蹴落とすのが忙しいようです」
「なんと、嘆かわ、しい。何故、血を分け、た、家族が、殺し合う、のか」
お前が言うか、と胸中で唾を吐きかけます。
「まこと、その通りでございます」
「おお……俺の、最愛は、お前だけだ。お前、だけは、何があっても、俺を裏切らなかった。もしアレ、がいたのなら、王位、に就かせ、ていたものを」
こいつ何を今更なことをダーレンの名前も知らないくせに、と吐き捨てます。
「ありがとうございます。お気持ちだけで幸せですわ」
「おお、おお、そうか……あれからは、子も出来ず、お前には、随分と、苦労を掛けた」
わたしが受けた仕打ちは苦労とかそんな生易しいレベルじゃねーよ殺すぞ、と吐き捨てます。
「いいえ、何でもありませんとも――ところで陛下。少しだけ教えて欲しいことがあるのです」
「なん、だ?」
「陛下には、口を出すのも憚れる神の力がありますよね?」
アレの落ちくぼんだ目が見開かれます。
「な、なにを」
「ふふ、そんなに慌てられて。まだ元気だった頃は、この程度の揺さぶりなど小揺るぎもしなかったでしょうに」
「あ、あ、う」
「ふふふ、いいお顔――その力は生涯で一度か二度しか使えない、取って置きではありませんか? わたしの2人の子を殺し終わった時には、すでに使い切っていたのではありませんか? 千里眼の力も嘘でございましょう? 恐らくその力は、限定的に未来を見通す力だったのではないのですか?」
「あ、あ、それ、は」
「そう、この力は生涯に一度か二度だけ。もし、わたしが、過去に戻れば、お前の力はどうなるのかしら? ――ああ、降りてきたわ。この力は不遡及の力。わたしが過去に戻っても、どうやらお前の力は打ち止めのようね」
「や、やめろ、やめてくれっ」
「神は無慈悲で残酷で平等で慈愛に溢れているわ。いつだって見てらっしゃる。神の力を使っての悪行は、途中まではお目こぼしをされても、最後は、決して許されはしない。因果が巡り己に還ってくる」
「お願い、だ、おれが、悪かっ――」
「うるさい黙れ」
「――か、ひゅ」
「ねえ、教えて頂戴? 何故わたしに執拗なまで酷いことをしたの?」
「そ、それは……――」
「それは?」
「それ、は…………美しかった、のだ」
「……美しい?」
「そう、だ。俺は生前から、人が苦しむのがとても美しく、感じていたのだ。母上が、絶望の中で、死んだときに、得も、言われぬ絶頂を、果たした。そこで、この世で最も美しいモノを、見たのだ」
生前? 何こいつ、いよいよボケたのかしら……まあ、どうでもいいわ、と吐き捨てます。
「ああ、そう。それで母親の面影があるわたしを苦しめた。そんな糞みたいな理由で、わたしの大切な人たちをみんなみんな殺して、打ち捨てて、苦しめて苦しめて苦しみ抜いた。でも途中から苦悶の表情を求めなかったでしょう? ある日から突然、優しく抱くようになった。心変わりかしら?」
「そう、そう、だ。病で倒れ、誰も彼も、俺の死を願う、とき。お前だけが、寄り添い、寝ずに看病し、微笑みかけた。俺は、そのときに、真に美しいものを、真の愛を見たのだ」
わたしはアレの手を投げ捨て、滂沱の涙を流し大笑いした。
「う、うふふ、ふふふ! あはっははっははははは! ははははははははは!!!」
「あ、あ、ミリア――」
「わたしの名を呼ぶな汚らわしいっ! それは腹を痛めて産んだ我が子と、かつてわたしが愛した人たちだけが呼んでいい名よ! クズ野郎が! 虫唾が走る!!」
「あ、あう、あ、あ」
わたしはひとしきり涙を流した後に、唖然とするアレを見ながら、思いを吐き出した。
「こいつのクソの様な人生にここまで付き合ったわたしの選択は正しかった……! そう、こいつは人として壊れているくせに、愛を受けなければ、人の温もりがなければ生きられない、どうしようもない寂しがり屋の愚か者だ! 一人寂しく死んでいくことに耐えられない分際で人を不幸にしかできないクズなのだ! そして我慢に我慢を重ねついに、今際の吐露でこの男の力が失われたことが確信でき、致命的な弱みを掴め、そして死に際に捨て台詞を吐けるのだ!」
わたしは慈愛の仮面を投げ捨て、獰猛な肉食獣のように口角を上げ吠えた。
「この時を待っていた……!!」
「ま、まて、まつんだ」
「あら、何かしらその生意気な物言いは。まだお前は自分が上だと、偉いと勘違いしているの?」
「ち、ちが、本当に。ごめんなさい、ゆるしてください、なんでもしますから――」
「お前とのセックスは一度だって気持ちよくなかった。無駄に長いから本当にしんどいだけなのよ。早漏の方が万倍ましだったわ、この独りよがりの下手くそ野郎……そうそう、最後はわたしが看取りたいと、わざと誰も来ないよう手配しているから、1週間は誰も来ないわよ。餓えて渇き、誰に看取られることなく惨めに死になさい」
その顔は、ただの一度も見たことのない、絶望に染まった顔だった。
「まって、まってください、ひとりにしないで――」
「お前の弱みは腐るほど握っているわ。帰ったら必ず殺してやる。首を洗って待っていなさい――【人生を降り直せ!】」
わたしの眼前に、宙に浮かぶ6面ダイスが現れました。
人生を賭して溜めに貯めた神気で解き放った神秘スキルは――
ダイス目が、全面6でした。
わたしは、えいっ、と万感を込めて振るいます。
コロンコロンコロンっ――6。クリティカル!




