第五話
物凄い歓迎を受けているな、と村を出発早々に思いました。
何故なら、先方から足は用意するからまずは近隣のマーダ砦に向かって欲しい、と文が届いたそうで、砦に行ったら、ですよ。
辺境伯家の家紋である、二頭の走竜にハイビスカスの印が付けられた、それはもう立派な気品あふれる黒塗りの地竜車が鎮座していました。
馬車でありません。
地竜車なのです。
高位貴族の中でも特に裕福な貴族や王族が乗る、例え我が家が没落前の裕福な男爵家であったとしても、富も爵位もお話にならなく絶対に乗ることなどない、地竜車なのです。
これは何かの間違いなのでは?
そう思い隣にいるお父様を見ますが、わたしと同じように、頬が引き攣っていました。
そして更に隣にいるマーダ砦の騎士隊長様に目を向けます。
壮年の彼は皺のある目じりをにっこりとさせ言いました。
「まったくダーナン様は抜かりがない。あの騒動後にすぐにこの地竜車を砦に寄越したのです。辺境伯家の本気が見えますなあ!」
マジ過ぎてちょっと引いた。
で、でもまあ、これは騎士隊長様の言う通りこの婚約にそれだけ本気であると、絶対に反故などされないという証!
そう思うことにしました。
お父様の腕を突くと、はっとした顔になり、
「うむ、流石は名にし負う辺境伯家。実に素晴らしい地竜車をお持ちだ。領都まで有り難く乗らせて頂こう」
「その通りですね! せっかくの機会です、堪能しましょう!」
そう意気込み乗り込んだ地竜車は、驚くほど速く進み、であるのに関わらずお尻がまったく痛くならない極上の乗り心地で、心底感動しました。
この世にこんな素晴らしい乗り物があったとは……
そうして感動も一入の旅はあっという間に終わり、無事に領都ラーグに辿り着き――
そしてまたドン引きしました。
領都に入る前日、最後の宿泊地で、屋根のない地竜車に乗り換えるように指示があり、何事だと思いながらも断る理由もないので乗り換えて領都に入ったところ。
まるで英雄の凱旋の如き熱烈な歓迎を受けました。
領都民が総出で「麗しき戦姫様万歳!」「婚約おめでとうございます!」「辺境伯家様の未来の花嫁に幸あれ!」と花びらを舞い上がらせて寿いでくれたのです。
ええ……
と戸惑いましたが、ここまで祝われて不機嫌な顔など出来ません。
精いっぱいの笑顔で、出来る限りお上品に手を振り、感謝の念を示します。
するとそれまで以上に大きな歓声が上がり、隣にいたお父様はついに笑顔も枯れて固まってしまいました。
ちょっとお父様! わたしだけ笑顔を大盤振る舞いさせないで下さい! お父様も愛想を振って!
そう念じましたが、終ぞ領主館に辿り着くまで、お父様の顔の強張りがほぐれることはありませんでした。
ともあれ目的地に到着です。
恙なく応接室に通されまして、そこで改めて、アーロン様と面通しとなりました。
アーロン様はご尊父の面影そっくりの、とても雄々しい顔立ちのお方でした。
背も高く鍛え上げられたことが一目で分かる逞しい体付きで、素直にかっこいいお方だなぁと感嘆のため息が出そうになりました。このお人なら、熊に襲われても撃退してくれるでしょう。とても頼り甲斐がありそうです。
ガン見するのもはしたないので、密かにチラ見していましたら、ダーナン様とお父様がテキパキと話を進め、気付くと契約が済んでいました。
いや~仕事が出来る方々ですと何事も早く進むものですねぇ~と感心していますと、ダーナン様から提案がありました。
さっさと花嫁修業をやってあげるから今日から辺境伯家で暮らさないかい? というお誘いでした。
お父様がこちらを見やります。その視線は『どうする?』と語りかけていました。
花嫁修業となると辺境伯家に頼らなくてはどうにもならない身です。
実家に戻らなければならない用事も、持ってこないと困る持ち物もありませんし。お母様からも婚家先の指示には従えと言われておりますし。わたし的にはさくっと花嫁修業を終えて嫁ぐ気満々ですし。
今日から受け入れてくれるというなら断る理由もありません。
わたしは了承の意思を込めて頷き、そして本日から辺境伯家で厄介になることになりました。
了承したことにダーナン様もアーロン様もほっとしたご様子。つまり今日からは家族同然にここで暮らす訳ですし、ここはひとつもっとフレンドリーに接して欲しいとお願いしてみました。
それにお二人はとても喜ばれ、ミリアと呼び捨てて家族のように接してもらえることになりました。
これにはわたしもご満悦です。
だって戦姫に成る前、ほんのこの前まで貴族でも最下層をさ迷って庶民と差して変わらない立場だったのですよ? 別にそのことに思うところは余りないですけど、でも今更に爵位の高い方々などから下にも置かない対応をされると、非常にむず痒く居心地が悪い思いをしていました。
ですので、せめて家族になる人たちには、丁重過ぎる接し方はして欲しくなかったのです。
そうして思惑通り、砕けた口調になったダーナン様からこの後の予定を伝えられました。
「では、ミリア嬢。私の妻のマリリアーナが会いたがっている。これから顔合わせをしてやってくれ」
アーロン様のお母様! 姑となるお人との顔合わせです。
嫌われては大変です、愛想よくしなければ!
と内心気合を入れつつ、分かりました、と頷き侍女に案内されたところ――
それはもう豪勢な浴室に連れていかれ、気合の入りまくった侍女軍団にひん剥かれ、全身をくまなく磨かれ、ムダ毛処理をされ、風呂上りにマッサージと美容オイルを塗りたくられ――
いきなりのことに、当初はわたしも抵抗した。
え、マリリアーナ様に合うのでは、え、その前に身支度ですか、そうですか、いやちょっと待ってお風呂くらい一人で入れますから――
そこでとても顔面偏差値の高い侍女たちが、うるうると目を潤ませ、そしてマリリアーナ様付きの侍女頭と紹介された妙齢のすごい美人に、
「戦姫様、わたしたちは奥様より当家最高の身支度を行いなさい、と命じられました。これはわたしたちにとって誉れあるお役目なのです。戦姫様は我々に仕事を放棄せよと、それすなわち死ねと申されるのですか」
と言われてしまい、いや大袈裟な、と思いつつも目がマジだったので折れました。
その結果、寄って集って頭から足先まで洗われて、謎の成分が塗られた粘着質の布を到る所に張られ、容赦なくべりぃと剥がされ悲鳴と共に毛を抜かれ、風呂上りに全身オイルやらマッサージやら顔に謎の張り紙やら――
生まれて初めての美容なる処置を施して頂きました。
しかしながら心の洗濯のお風呂に入った筈なのに、浴室を出る頃には疲れ果ててしまいました。
ですがまあ、これで終わり――
「ではミリア様。我が辺境伯家の自慢のお抱えデザイナーが作成したドレスを選びましょうか。ああ、時間がございませんでしたので今回は既製品となりますがご安心ください。時間が出来次第、ミリア様のお好みのデザインのものを作りましょう」
マリリアーナ様がとても優しい笑顔で言いました。
え。この今着ている服じゃダメでしょうか? これアーロン様に初めてお会いした時に着ていたお気に入りなんです――
そこで侍女頭の方に、
「戦姫様は何を着てもお似合いです。ですが今回用意したドレスは奥様とわたしたちが全身全霊を込めて選び抜いたドレスでございます。これを無下になされては我々の仕事を全否定されるも同じ、それすなわち死ねと申されるのですか」
と言われてしまい、そんな大袈裟な、と思いつつも目がマジだったので折れました。
かくしてドレスだけでなく下着も厳選された逸品を用意され、こちらがいいわ~そちらもいいですわ~と姦しく着せ替え人形となり。
マリリアーナ様が満足する頃には、3時間は優に過ぎていました。
精魂尽き果てそうでしたが――生まれて初めて見る大きさの姿見で、すっぽり映った自分の姿を見て思わず感嘆のため息を付きました。
そこにはまさしく絵本で伝え聞くような貴族の女子がいました。
髪も肌も爪も磨き上げられ、化粧を施され、一流の服装に身を包み。
「どうかしら? 美しく着飾るのも良いものでしょう?」
マリリアーナ様の言葉にわたしは頷き、思わず内心を吐露してしまいました。
「お母様にも見てもらいたかった……」
そこではっと気付きます。
これだけ身支度を整えてもらったのです。まずはお礼を言わないと――
頭を下げ感謝の言葉を言います。
「あ、申し訳ありません。余計なことを。このような贅沢をさせて頂いて、本当にありがとうございます――」
ぐすり、と涙声が聞こえてぎょっと顔を上げると、マリリアーナ様がハンカチを目に当て泣いて――って、周りにいた侍女の方々も泣いているっ!?
「戦姫様の豆だらけの手……ご苦労されたのだわ」「あの珠の様なお肌も日焼けして……」「辺境伯家に嫁入りされるお方がこの程度で贅沢など」「なんてお優しい」「なんと謙虚なのでしょう」「このような尊いお人にあのような無体な噂を流すなんて」「許されません」「報いを」「殺すべし」
後半物騒っ!?
「ミリア様」
「あ、はい」
「シャーロット様にお披露目する配慮がなかったことを謝罪させて頂戴。ついては、村の留守を任せられる役人をすぐに手配しますわ。シャーロット様をお呼びして是非お見せしましょう」
あ、この方、すごく良いお人だ。
出立前にお母様も言っていた。ご母堂には必ず気に入られなさい、と。
これは絶対に仲良くならないと!
わたしはマリリアーナ様の手を握り言います。
「その、マリリアーナ様。お願いがあります」
「あら、何かしら? 何でも言って頂戴」
「まだ気が早いのですが、お義母様と呼んでも宜しいですか?」
「――! 勿論、宜しくてよ!」
「良かった……確かに母に見てもらえなかったのは一抹の寂しさはありますが、未来のお義母様にこうして見てもらえ、配慮まで頂けているのです。寂しさよりも嬉しさの方が今は勝っています」
「――……ミリア様は本当に心優しい方。ミリア様とこれから縁を結べるかと思うと望外の喜びですわ」
「わたしも嬉しいです……それと、もう一つあるのです」
「――何でしょう?」
「……家族になるのです。敬称などなく、わたしのことはミリアと。お義母様とは母と同じく、何でも話せる仲になりたいです」
マリリアーナ様は本当に嬉しそうに微笑みました。
「ええ、ええ、分かりました――心の底から、嬉しいわぁ! ミリアのような娘が欲しい欲しいとずっと思っていたのよ。そんな時にこんな可愛らしい子がお嫁に来てくれるなんて! 愚息は父親に似て無骨で気が利かないことが多いのよ。何かあったらわたしを第二の母と思って何でも頼って頂戴ね!」
お母様、姑と良き関係が築けるよう心をばっちりゲットしましたよっ!




