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エルタニア大陸物語  作者: 岸本ひろあき
エジオム王国編~ピンクブロンド嬢、死ぬ程がんばるっ!
15/22

第四話

 

 あの魔物大襲撃から1週間ほど経った頃。

 わたしはお父様に呼ばれ、書斎兼執務室にいました。


「お父様。何の御用でしょうか?」

「ああ、来たか。どうだ、畑の様子は」


 お父様は書類に目を通しながら聞いて来ました。

 わたしは大地の魔術を一通り使いこなせるので、家にある畑の一つを任されていました。その畑では小麦を栽培していて、先日、種まきを終えたところでした。


「はい、問題なく終わりましたよ」

「そうか……それと、あれだ。鶏の調子はどうだ?」


 家の側には鶏用の小屋があってそこの世話はわたしの仕事ですが――

 それは執務室まで呼んで聞くことでしょうか?

 夕餉の時に話せばいいことでは?


「……お父様?」

「あー、うん。そう、だな。今聞くことではないな。うん、実はだな……」


 そう言い淀み、暫く沈黙してしまいました。

 いよいよもってどうしたのでしょう。


「……お父様、どうしたんですか?」

「いや、うん、済まない。ちょっとまだ心の整理がついてなくてな」

「はぁ……」

「実を言うと、ミリアに婚約の話が来たのだ」

「えっ」


 わたしは思わず声を上げてしまいました。

 だって貴族間で傾国悪女のピンクブロンド、呪われた忌み子とかいう強烈な噂を流された身ですよ。

 大陸では男女とも15で成人という風習の国が殆どで、我が王国も例にもれずそうなのですが……わたしは成人前に、自分にまともな結婚など無理だと悟る程度には根深い噂で、お父様も常々、我がロクラント男爵家は自分の代で終いで結構。ミリアとシャーロットがいれば望むものは何もない。ミリアは一生家にいればいいと公言されるほど、わたしの婚約は絶望的でしたのに。


 国王陛下にまで睨まれている、そんな話さえあるこの国内において最上級クラスの地雷であるわたしに婚約の打診。

 驚くなというのも無理な相談です。


「それは、また。どこの物好きですか?」

「……気持ちは分からんでもないが、口を慎みなさい。相手は、アーロン・ギャラッグ様。次期辺境伯領主ダーナン様の長男だ。年は17になる」

「えっっ」


 その名は、あの魔物の群れからわたしたちを救ってくれて宴にも参加して頂いた、竜騎兵団の総長様と年若い竜騎兵様の名前でした。


「あの宴でミリアを見て、アーロン様が一目惚れをされたそうだ。ご領主様からも、爵位など関係ない戦姫の号を賜る女子ならば大歓迎……というか一分一秒でも早く確保するべし取るに足らん悪評など笑止千万、だそうだ」

「なんと」


 そうです、確かに今のわたしは戦姫でした。

 そしてそれがどれだけ偉いかをお父様とお母様から聞き及んでいます。

 今のわたしは、一国の王であっても無視できない王族並みの敬意を払われる存在である、だそうで。


「で、うちとしては大恩ある辺境伯家からの申し出だ。しかも持参金もいらんとのこと。断るという選択肢はない……だがミリアはダイダリュウス様より選ばれた使徒どころか、今や戦姫だ。ミリアが望めば誰でも・・・思うが儘だ」


 今まで貴族社会からハブられ続けた弊害でピンとこなかったのですが、婚約の話を聞いて、お父様にそう言われて初めて実感がわいてきました。昔と違いわたしは選べる立場にあるのです。


「だから、この度の申し出は嫌なら断ってもいいんだぞ?」


 そう選べるのです。

 生まれ故郷では、いけ好かない男に権力を笠に愛妾にされかけていたこのわたしが、まともな、それもとても素晴らしい婚姻を結べるチャンスが到来したのです。

 そうならば迷うことは一つもありません。


「お受けします」

「……そうか。ならば申し出を受けよう――ちなみに、受ける気になった理由は?」

「ないと諦めていましたけど、殿方にまっとうに・・・・・求婚されるのが夢だったのです。しかもそのお相手が窮地を救って頂いた騎士様で、更には大恩ある辺境伯家のお方なのです。断る理由がどこにもありません」


 お父様は物悲しそうな、でも嬉しそうに目元を細め、頷きました。


「そうか、そうだな。神は我らを見捨ててなどいなかった。少し気が早いが、婚約おめでとうミリア」


 その言葉に、じわじわと喜びが体中に広がり出しました。


「――ありがとうございます」


 思わずニヤけそうになるわたしをお父様は見詰めながら口を開きました。


「先方からは受けるようなら可能な限り早めに領主館に来て婚約の契約を交わしたい、とのことだ。今から返答の文を出す。出立は明日の早朝に出る。滞在期間は3日ほどを予定しているからそのつもりで準備しなさい」

「はい」


 領都ラーグにも領主館にも行くのは生まれて初めてです。しかも行く理由が夢に見た婚約ですよ、婚約っ!


 うわー実感わいてきた~嬉しい~!!



 ◇ ◆ ◇



 本日の業務が終わり帰宅した夕餉時。


 領主館の中にある家族が住む居住区に帰ってきたところで、行政区担当の父上の執事が声を掛けてきた。


「坊ちゃま。旦那様がお呼びです。執務室までお越しください」


 それを聞いて、小さく緊張が走った。

 軽く頷いて、執務室に向かった。

 これはもしかして、と思いながら父上と対面した。


「アーロン、先日の婚約の申し出だが」


 きたっ!


 僕は胸中で声を上げた。

 あの衝撃の出会いから夢見心地で帰宅し、すぐに父上に告白していた。

 彼女と結婚したいと。

 父上は笑顔で、そうか、とだけ言い話を進めてくれていた。

 その際には辺境伯家が飼育する自慢の神獣、雷鳴はやぶさを伝書に開拓村に文を送っていた。

 そしてついに返事が来たのだ。


「色よい返事をもらった。まだ仮ではあるが、婚約おめでとう」

「――は、はい!」


 嬉しさのあまり、口角が上がってしまう。

 父上は目じりを下げながら口を開いた。


「戦姫を婚約者に迎えるなどここ百年はなかった快挙だ。お前の母親も親父も大層喜んでいる。ただし――」


 そこで父上は目つきを鋭く変えた。


「ミリア様のおかれる状況は激変するだろう……今までの状況自体がおかしかったのだ。如何に毒婦のやらかし・・・・・・・があったとはいえ、たかが髪が似ているというだけで、あれ程の悪評が立つなど、小金欲しさにどこぞの恥知らず・・・・・・・・の親に嵌めら・・・・・・れたとしか思えん・・・・・・・・。故にこれからは、我が辺境伯家の力を総動員して、ミリア様の名誉を回復させる。だがそうなれば―――身綺麗になったミリア様を目の当たりにして、此度の婚姻に横やりを入れる知れ者が出て来るやもしれん」


 僕の目も細められる。


 父上からは、ロクラント男爵家と彼女について色々と教えてもらっていた。


 父上曰く、南端開拓団の募集に、ロクラント男爵という貴族間では悪い意味で有名な人物が応募に来ていて、能があって結果が出せるなら気にしないのが辺境伯家の家風ということもあって無下にせず面談に応じたところ、世間で噂されるような愚かな人物とは到底思えないしっかりした男だったそうだ。高度な筆記試験や問答を行ったところ能力十分と判断したゆえ代表者としての採用とはなったが、これだけ有能な男が何故ここまで身をやつしたか疑問に思って身辺調査すれば、出てきたのは眉をひそめるような情報であった。


 ロクラント男爵家の保有する先祖代々の鉱山欲しさに、男爵の娘を出汁に寄親がロクラント家を没落させた――確たる証拠は出なかったが、状況からそう憶測でき、まったくもって度し難い話であった。


 その結果として、ミリア様のあの美しいピンクブロンドが謂われなく貶められ、傾国悪女だの忌み子だの殺意さえ覚える悪評を立てられ、裕福な生まれから爵位以外のすべてを失う極貧生活まで没落し、貴族の女子であるにもかかわらず、汗と泥にまみれて手に豆を作り田畑を耕してきた。

 確かに手酷く没落し農民とさほど変わらない生活を送る貴族というのも居る。

 だがそれは殆どが身から出た錆の借金であったり、政敵に敗れてであったりと、貴族であれば当たり前にある、お家の栄枯盛衰は世の習いというやつだ。


 だがミリア様とロクラント男爵家に起こった悲劇は、その裏に寄親――ラビュラント侯爵家が行った、寄親と寄子の制度を根幹から否定する、貴族であれば誰もが唾棄する仁義にもとる裏切りがあるのだ。


 まだまだ政治に疎い若造の自分でも何となく察せられる。

 ラビュラント侯爵家を筆頭にした貴族の風上にも置けない恥知らずどもが、僕の最愛の人との婚約に物申す知れ者なのだろうと。


 僕は力強く頷いた。


「父上、必ずや彼女を守ります。ギャラッグの名に懸けて」


 父上は口角を上げた。


「うむ。それでもなくとも誉れ高き戦姫を娶らんとするのだ。励めよ」

「はい!」

「文によれば、男爵ディオード殿とミリア様は早速出立されるそうだ。足はこちらで用意するゆえ4~5日もあれば到着するであろう。出迎える準備を万全にするぞ。これは辺境伯家の威信に懸けた嫁取りだ。気合を入れていけ」

「分かりました」



 そうして辺境伯の一族総出で歓迎の準備を整え5日後。

 我が領都ラーグに麗しの戦姫が到着したのだった。


 もう何十年かぶりの神より号を賜った使徒の領都入りである。

 領都では事前に、ミリア様について大々的に情報を流していたのも功を奏して、都を挙げての大歓迎であった。


 領主館に辿り着いた彼女は思わぬ歓迎に疲労を覚えていたようだが――

 その顔すら愛おしく思うのだから僕も大概に重症である。


 その後は応接室に行き、恙なく契約は成った。

 その際に頭を下げながら、

「辺境伯家に恥じない女性になれるよう頑張ります。よろしくお願い致します」

 と言われ、ディオード殿からは握手を求められ、

「娘をお預けします。貴族としては至らぬ娘だが、どうかよろしく頼みます」

 と言われ、未来の義父の手を熱く握り返した。


 そうなのだ、契約が成った後に父上から、

「花嫁修業は早ければ早いほど本人も楽でしょう。もし宜しければ、ミリア様を今日から我が家に預からせて頂ければ幸いです」

 という提案に、ディオード殿はミリア様を見て、ミリア様は小さき頷き。

「ではミリアを預けます。辺境伯家の格段の配慮、痛み入ります」

 と相成ったのだ。


 そしてミリア様は――いや、ミリアはこうも言ってくれた。

「あの、まだ婚約の身で厚かましい意見かと思いますが……父に立場あるお勤めを与えて下さった大恩ある辺境伯家の殿方に様付けをさせるのは心苦しいです。どうぞ敬称など使わず、わたしのことはミリアと呼んでください」


 ああ、なんて奥ゆかしい女性なのだろう。

 この人が僕の婚約者で、今日からひとつ屋根の下で暮らすのだと思うと、それだけで感無量だった。


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