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新しい人生をお気に召すまま

作者: 秋津冴


 私の人生は他人から見れば、富と権力に囲まれた豪華なものに映るのかもしれない。


 五歳で当時の王太子と婚約した。

 十五歳で王太子妃となった。

 二十五歳で国王陛下が崩御され、そのまま夫の即位に伴って王妃になった。


 三十歳から四十歳にかけて二男三女を設け、その子たちはそれぞれが家庭をもって独立している。

 私より十五歳年上の夫が老衰で亡くなった跡を継ぎ、長男は新たな国王に即位して立派に役目を果たしている。

 そうして、私はもう六十をちょっと過ぎたおばあさんだ。


 これだけを見てくれば、私の人生は成功と期待と贅沢に彩られたもののように感じられるだろう。

 しかし、本当にそうだろうか。


 私の実家である公爵家は、王国でも有数の資産家だった。

 記憶の片鱗におぼろげに浮かぶ両親の顔は、いつも笑顔で暖かみがあり、優しい思い出ばかりが想い返される。

 そんな私のささやかな幸せの日々は、あっけなく終わりを告げた。

 両親がたまたま出かけた先で、事故に遭い、他界したからだ。


 後に残された私に待っていたのは、国庫を四度潤してもまだ足りると呼ばれた公爵家の遺産と、そのお金目当てに群がる遺産相続人を名乗る人々の群れ。

 幼く世間を知らない私にとって、両親を失ったあとにやってきた数々の体験はまるで生き地獄のようでした。


 亡き二親の後を追って若い命を散らそうと自殺を試みたこともある。

 誰にも心を開かず、産まれる前から公爵家に尽くしてくれた執事や侍女たちにすら、私は言葉を交わさなかったし、頑なに孤独を貫いていた。

 どうにか死のうと頑張って三日間程度の絶食を試みたが、そこは子供。

 甘いお菓子や美味しい料理の匂いに負けてしまい、罪悪感と共に食事を口に運んだこともある。


 食事を頑なに拒絶しても、やってきた医師の手により無理やり食べさせられたこともある。

 酷いときには宮廷魔導師と名乗る老人がやってきて、私に魔法をかけたのだ。

 かけられた相手が、自分の意のままに動くように命ずる、そんな魔法を。


 それは食事を摂ることを拒絶して四日目。意識ももうろうとしている時に彼はやってきた。

 ぐるぐるとねじくれた木の杖を私に向け何かを唱えたかと思うと、赤い光が全身を包んだ。

 それが消えると、自分の意識が肉体から切り離されたような感覚に陥った。

 寝ている時に自分の体から抜け出した夢を見るときのように、私の意識は、肉の支配権を失っていたのだ。


「さあ、食事を摂りなさい」


 その一言が命令となって発せられると、私の体は拒否することなく、従順に従った。

 まるでサーカスで調教された熊や虎が、鞭を奮い命令する調教師に従って芸をするように。

 人形のような無表情のままで、意識だけになった私が見ているその傍から、肉体は食事を始めたのだ。


 自分の一部であるはずのものが、他人の好き勝手にされるその光景は見るに堪えないものだった。

 やめろ、やめなさい、食べてはダメ。もう死にたいの、好きにさせて!

 声にならない悲鳴を上げた私の言い分は、誰の耳にも届くことはなかった。


 数分後、私の肉体は綺麗に食事を終えると、宮廷魔導師の命令により眠りに落ちてしまう。

 同時に意識だけだった私も肉体に引き戻されて……深い眠りに落ちた。

 目覚めた後で二度とさっきのような光景を目にしたくないと思った私は、それから食事を拒絶することだけはしないようになった。


 それから親の遺産を相続する問題に終止符を打ったのは、他でもない国王陛下だった。

 私を殿下の婚約者とすることで、公爵家の爵位、土地、遺産のすべては王家が管理することになったのだ。

 当時この国は周りの国との数十年に続く戦争に疲弊しており、国庫の予算は底を尽きかけていた。


 儲かるのは戦争に必要な武器弾薬、食糧、衣類や資材、船などを提供している商人ばかりで、王国の家計は火の車だった。

 皮肉なことに我が家は国土の四割ほどに相当する面積の農地を有していて、そこで育つ農作物を戦場に供給することで財を蓄えていた。


「王国のものは王国に」


 その言葉を合図に、我が家の資産は国庫に接収された。

 それを皮切りにして有力貴族や大富豪、大商人たちは王国を勝たせるため、という大義名分の下に粛清されていき、今では残る者はほとんどいない。

 結果的に最初に奪った富の持ち主である私が、夫亡き後の王国を支配したというのはなんと皮肉めいたことか。

 まあ、そのお陰であるものに辿り着いたのだけれども……。


 息子が王位を継承した前後で、王国は長年の戦争を終結させた。

 国土面積から言えば、四十倍。国力でいえばそれ以上の差があったであろう敵、帝国。

 かの国が得意とした海上戦で、帝国はまさかの大敗を喫した。

 大陸一と謳われた帝国海軍は、その多くが南海に沈んだ。

 ようやくの平和、進む講和、そして私は『未来を告げる宝珠』を手に入れた。


 帝国の勝利を担ってきたと言われる、神代の時代に作られた魔導具。

 これの存在を知った時は驚いた。

 宝珠を手に入れるためだけに多くの人員を割き、犠牲もそれなりに多かったが得るものも多かった。

 宝珠は、未来を予見するだけでなく、もっと素晴らしい能力を秘めていたからだ。


 私はそのことを知りさらに喜んだ。

 これで無意味だと思ってきた人生に終止符を打ち、忌まわしい過去を変え、人生を変えることができる。


「母上、これに何を命じられます? 予見の機能はすでに作動しておりますが‥‥‥」


 国王夫妻は宝珠を掲げてベッドに横たわる私に訊ねる。

 息子たちを騙すようで心がひける。

 

「気にすることはありません。ただ、いつ死ぬかを知りたいと思ってね……」


 宝珠に向かいそう告げると、それは無機質な声でこう言った。


『早晩』、と。


「おおっ‥‥‥そんな」

「お母様! なんてことっ」


 深い悲しみに満ちた声でそう言う子供たちの顔には、しかし、どこか安堵の微笑みも見て取れた。

 嫁はたまに私のことを老害扱いするきらいがある。

 寝たきりになってからというもの、孫たちともろくに会わせてもらえない。

 彼女の嘆きはとても空疎な響きと鳴って、私の耳の奥に消えていった。


 早晩。あと数日、といったところか。長くない。短すぎるような、そんな終わり方だ。

 宝珠の機能はこれだけではないというのに。

 答えが出たその数秒後に手をかざし、あることを心に念じれば向こう側にいる誰かと繋がることが出来る。

 神ともいえるべき、奇跡を起こせる誰かに意識は繋がり、それができた褒美としてその誰かは望みを叶えてくれるのだ。


 例えば、国王を殺して欲しいとか、戦争に優位に立つための秘策が欲しいとか、もっと破壊力のある兵器の設計図が欲しい、とか。

 その程度の願いならば、願いが叶う。

 ただ、その対価はもちろん必要だ。

 帝国が宝珠を使ったとき、誰かが犠牲者となった。


 被害はすなわち対価である。

 帝国の望んだ対価は王国の衰退という形でこの宝珠に吸い取られていたのだ。

 ならば魔法が効果を及ぼさない結界を張り、その中に宝珠を閉じ込めて、帝国側に未来を予知できなくさせる。

 やってみればなんでもない、簡単な方法で帝国はあっけなく負けた。

 滅亡した、だから私はこれに望めるのだ。


「戻りを。あの日まで……あの夜まで。戻して頂戴」

「母上?」


 息子の国王は怪訝な顔をしている。

 王妃は老婆が寝言を呟いたのだと言う。

 侍従長たちもまた、私が目を瞑ったから、眠りに落ちたのだと思っただろう。


 しかし、宝珠は目の前にある。


 私は望んだ。

 あの日、あの夜。

 両親が亡くなる前の、秋の夜へと戻ることを。


 それがいま、発動しようとしている。

 全身が、心の中に至るまで若い力に溢れていくのを感じる。

 あの宮廷魔導師がした時のように、魂がいまの老いた肉体を離れようとしていた。

 戻れるのだ。

 この不毛とも言える六十年余りを始めるきっかけとなったあの出来事を打ち消すために。

 回避するために……過去に戻るのだ。


「ごめんなさい、お前たち」


 最後に目を開けてそこに映る息子夫婦に向かい、私はそう謝罪を口にする。

 あなたたちの人生は始まらないかもしれないから……。

 最後に母親として詫びの言葉を残すと、私の意識は闇の中へと薄れていった。




「クマさん‥‥‥あなた、そこにいてくれたのね」


 目を覚ませばそこにあったのは懐かしい光景だった。

 記憶の中にある最も古いものの一つ。

 貴族の子供は五歳になれば自分の寝室が与えられる。

 しかし当時、人一倍怖がりだった私は夜の闇を恐れ一人で寝ることができなかった。


 おねしょをしたり夜泣きをしたりして両親を困らせたものだ。

 私はまだ貴族の子弟子女が通う学園に登るには少し早く、家の中で従者達と寝起きを共にするのが普通だった。

 同年代の友達がいないことが寂しさの原因かもしれないと考えた両親は、等身大のクマのぬいぐるみを私に買い与えてくれた。

 それが今、隣にいる。


 両親の死後、王宮に引き取られた時には持ち込むことを許されなかったそれが、私の隣にちょこんと座っている。

 懐かしくも一度たりとも忘れたことないぬいぐるみのふわふわ感を頬に感じながら、戻ってきたのだと実感する。

 あの宝珠に秘められた力は、本物だったのだ。

 起き上がるのにいつもと違う感じがして戸惑う。


 子供は体よりも頭の方が大きい。

 老人だった自分の肉体は、そんなに力を込めることができなかった。

 いつも老いを、力の無さを実感していた。

 だがいまは違う。生きる気力に溢れている。

 ベッドから起き上がり、床の上に立つまでたった数分の出来事なのに、もう三十分も一時間も経過したような気分になる。


 私の部屋の隣には、老いた侍女が寝起きしていたはずだ。

 壁に掛けられた時計を見ると、針は深夜を指していた。

 彼女は今頃夢の世界に向かっていることだろう。

 起こすのは忍びない気がして、そっと部屋を抜け出す。


 今日が何月何日なのか。

 もっと正確に言えば王国歴で何年なのか。

 両親が死に、引き取られるまでの間、私の夜の風景はあまり変化がなかった。

 もしも、人生を巻き戻すことが成功したのだとしても、何かの手違いで願った時よりも後の時代に飛ばされた可能性もある。

 そうなってしまっていては元も子もない。

 あの事件よりも前に戻らなければ意味がないのだ。


 そして私に与えられた可能性はたった一度だけ。

 その可能性を信じて、私は父親の書斎へとそっと足を運ぶ。

 床の上に敷かれた繊毛の絨毯。

 分厚くて毛先が長いそれの反応を足元に感じながら、重たい樫の木で作られた書斎のドアをそっと押し開く。


 父親がいない時には施錠されているそのドアの鍵がどこに保管されているかは知っていた。

 鍵を無くした時のスペアがどこにあるかも。

 私はその予備の鍵を手に取ると、書斎の入り口を開けて中に身体を滑り込ませる。

 月明かりの差し込む西向きの窓の隣の壁。

 そこにカレンダーがあるのだ。


 壁に貼られた数字を見て、ほっと安堵の吐息を漏らす。

 書斎には毎日のように届けられる新聞があり、昨日のそれは乱雑に処分する書類の山の上にあった。

 九月十日。

 両親があの事故で死亡した日は、九月二十日。

 まだ十日も時間がある。


 これからの十日間は老婆だった頃過ごした六十数年の人生よりも、もっともっと過酷で困難を極める十日間になるだろう。

 だけどそれを乗り越えることができた時。

 私にはようやくといっていい、幸せな家族との生活が待っている。


 ここで諦めるわけにはいかない。

 私はそう決心すると、ひとつ静かに頷いた。




 それから一月ほどの時間が過ぎた。

 両親があの事故に遭遇することを未然に防ぐことができた私は、とりあえずの幸せを手に入れた。

 もしかしたらこれは本当の過去ではないかもしれない。

 あの時、宝珠に願ったことで寿命を対価に授けられた、幻覚の可能性もある。


 はかない、夢。もし、幻想かなにかだったとしても。

 私は、新しく与えられたこの人生を頑張って生きることにした。

 二度と、愛おしい家族を失わないために。

 戻るべき場所を守り抜くために。


 精一杯、生きるのだ……家族と共に。



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