「優しい世界」
近年、「異世界から来た」と宣う輩の入国が多い。
彼らを連れてくるのは決まって南の森に住んでいる悪趣味な魔術師である。
「魔王を討つ勇者が現れた、国王陛下への謁見を願いたい!」と息巻いて、異界から来た人間を連れてやって来る。
先程その勇者様を連れて城門を通っていった所だが、それは今年に入ってもう三回目の事だった。
魔術師がこうして異界の人間を連れて入国する際、俺は城門の鐘を鳴らして皆がそれぞれの役割に徹するよう合図を送る。
それが門番である俺の仕事だ。
異世界から人間がやって来る様になったのはここ数年の事だ。
どう言う因果があるのか、南の森の泉あたりに数ヶ月に1人のペースで異形な人間が倒れているとの事だった。
魔術師は異世界から流れついた人間に出会うと、子供が訓練する用の魔法剣を「聖剣」と称して彼らに渡している。
別段、殺傷能力の無い剣だ。出来ることと言えば派手な光を放つくらいである。10歳に満たない子供でも扱うのは容易い、いわゆるオモチャだ。魔術師はそんなオモチャを何も知らない異界の者に操作させ、「聖剣に選ばれし勇者だ!」と彼らを持てはやす。
異界から来た彼らの世界には魔法が存在しないと聞く。
そんな彼らに、強大な力を得たと錯覚させるには充分すぎる代物らしい。
こうして、魔術師は彼らに「自分はもしかして特別な運命に惹かれてこの世界に来たのでは?」と思わせるのだ。
あとは鉢合わせた魔族と勇者様を一戦交えさせ、盛大かつ圧倒的な勝利を演出すれば「異界より現れた聖剣に選ばれし勇者様」の誕生である。
もちろん、やられる役の魔族も協力者だ。年々死んだフリが上手くなってきている。最近はテレポートの魔法を応用して、あたかも聖剣が放つ光で蒸発したかのようにやられるフリをするのが流行りのようだ。全く悪ノリが過ぎる。
魔術師の話では、異世界から来た彼らは元の世界でうだつの上がらない人生に辟易していた者ばかりだと聞く。
仕舞いには不慮の事故で命を落としかけた救われない者が南の森の泉の辺りに次元を超えて流れついているらしい。
最初のうちはすぐ元の世界に送還していたらしいが、その話を聞いた我が国の心優しき王は、酷く彼らを哀れんだ。そして慈悲の心からか、彼らを「勇者」として持て成す法を定めたのだ。
その詳細は、「異世界から来た勇者が世界を救う為に魔王と戦う英雄譚」を国をあげて演出する事だ。
何とも奇天烈な法律である。
英雄として元の世界に送還する事で、彼らに生きる自信と希望を与えたいという王のお考えらしい。
元々平和だけが取り柄の世界だ。
暇を持て余した国民は、王の定めたこの法に拍手喝采した。それ以来、国民総出で勇者様が冒険する大舞台を作り上げている。それぞれが勇者様の英雄譚の登場人物として役割を演じているのだ。それはもうノリノリで。
今では異世界から人間が流れ着いた事が知れ渡ると、世界中がまるで祭りだと言わんばかりの盛り上がりを見せる。
かく言う俺もその内の1人だ。最近はいつ異世界から人間が流れついても良いように、シミュレーションはバッチリである。
未だかつて拗れた事のない友好関係にある魔族もまた、この法に非常に協力的であり、自ら敵役を買って出た。今では誰が魔王の役をやるか、毎回争奪戦は激しさを増す一方だそうだ。
こうしてこの世界では、異界から来た人間を「勇者」として持て成すのが常識となっている。
先程入国した「勇者様」がどうやらもう出国するようだ。
恐らく我が国の王から魔王討伐の依頼を受けて来た所だろう。
入国した時より、何処か勇ましい表情に見えるのは気のせいではあるまい。何しろ世界中の期待を背負って魔王討伐の為に旅立つのだから。
「必ず魔王を倒してきます!」
そう息巻いて旅立つ勇者様を見送るのは、これで何度目の事だろう。
毎回吹き出してしまいそうになるのを耐えなくてはならない俺の身にもなって欲しい物だ。
勇者様の姿が丘を越えて見えなくなった頃、悪趣味な魔術師がやって来て俺に言う。
「いやぁ、人間の召喚に成功した事は誰にも内緒だったんだけどね。王様に話したのは気まぐれだったんだ。今やこんな国民的行事になっちゃうとはねぇ。」
どうやら彼らは偶然この世界に流れつくのではなく、条件に見合う人間をこの魔術師が召喚していたらしい。
聞いてもいないのに魔術師は俺に自慢げに話を続けた。
こんな平和な世界で、召喚魔法など何の役にも立ちはしないと言うのに、この魔術師は森に篭って長年研究を続けてきたらしい。
何度か召喚と送還を繰り返す中で、召喚できる人間のデータも収集していたようだ。
元の世界で劣等種とされる人間には次元を越える適正が極めて高い。しかも「とらっく」と言う乗り物に接触して事故にあう確率は非常に高いらしい。
また、彼らは我々の世界の様な多種族の霊長類が存在する世界に憧れが強い。彼らは常々「異世界なら輝ける」と盲信しており、こちらの世界へやって来る事を切に願っているそうだ。
それらの条件が揃う状況でのみ、魔術師の召喚魔法は成功するらしい。
つまり、魔術師が召喚できるのは「特に取り柄もなく、現実から逃避したい人間」に限られるとの事だった。
異世界から来た人間が意図的に召喚されている事については、国王陛下と魔術師以外知らないらしい。
まぁ毎度の世界中の盛り上がりを考えたら、そんな事実は取るに足らない事である。
ここまで聞いて、俺はふと考えた。
魔術師が召喚する人間達の事を、慈悲深き我が国の王に話したのは果たして本当に気まぐれだったのだろうか?
王は底無しに人が良く、心優しき尊敬に値するお方であるが、いささかやる事は極端だ。
冴えない異世界の人間の為に、突拍子もない事を言いだすのは容易く予想できる。
もしかしたら今この世界が毎年の様に転生勇者の英雄譚を演じているのは、この魔術師の策略なのかも知れない。
客観的に見ても、奴の召喚魔法の研究は成功とは言い難い。何せ、言い方は悪いがダメ人間しか召喚できないのだから。
長年の研究がそんな失敗作だとして、奴なら腹いせにそれを駆使した悪巧みを考えても不思議じゃないと俺は思うのだ。
今となってはどうでもいい事ではあるが、一応俺はニヤけた顔をしている魔術師に聞いてみた。
「どこからどこまでがお前の計算通りなんだ?」
そう言うと魔術師は更にニヤけたツラをして「さあね?」と答えて南の森へ帰って行った。
奴の後ろ姿を見て、この世界の大半はあの魔術師の手の平の上で踊っている事を確信した。
どこまでも悪趣味な魔術師だと思ったが、そのおかげでこの退屈な世界で我々はこんなにも生き生きと「勇者の英雄譚」を演じているのだから、責めようもあるまい。
願わくは、この優しい世界の仕組みに勇者様が気づかない事を祈っている。
しかし、一つ疑問ではある。
何故、勇者様を意図的に召喚している事を俺に話したのだろう?
王と魔術師、2人だけの秘密だったらしいのだが…。
もしかしたら、俺のような門番の役割しか果たせない男に面白そうな事実を教えたかったのかもしれない。
退屈な門番の仕事にも辟易していた所だったのを察してくれたのだとしたら、少し嬉しい話だ。
さて、勇者様も出国したし、またしばらくは退屈でたまらない生活になる。
俺も、こんな平和な世界じゃ無ければもっと輝けるに違いないのだが。
そんな事を考えていたら、見た事もない鉄の箱に車輪をつけた巨大な乗り物らしき物体が俺に向かって突っ込んできた。
死を覚悟した瞬間だったが、気がつくと見知らぬ世界が目の前に広がっていた。
すぐそこに居る人間が俺に向かって怒鳴る様に言った。
「そんな所に突っ立ってんじゃねえ、危ねえだろ!トラックに轢かれて死にてえのか!!」
終