表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さがな者隆家  作者: ふじまる
50/53

第50章 前哨戦

 昼になり、甲冑姿の隆家が警固所二階の海に面した露台で、海の彼方を睨みながら腹ごしらえをしていると、文室忠光ふんやのただみつがひょっこり現れた。港の方向からは柵や櫓を建てる大工作業の賑やかな音がさかんに聞こえてくる。忠光はいつものにこやかな表情で隆家に話しかけた。

「海賊退治ですか?」

「海賊と呼ぶには規模が大きすぎるな。なにしろ相手は三千人だ」

「三千? そりゃまた豪勢ですな。どこの国の奴らです?」

「それは不明だ。どうやら高麗の海賊ではないらしい」

「三千の兵からなる謎の敵ですか・・・で、こちらは何人ですか?」

「大急ぎで致光に九州各地の武士を招集させているが、そうすぐには集まらないだろう。せいぜい三百人だな、今のところ」

 隆家の口調はまるで他人事のようにのんびりしたものである。

「敵の十分の一ですか。勝負になりませんね」

「そうよ、真っ向勝負になれば、こちらの負けだ。俺たちは大宰府に引き籠って都からの援軍を待つしかなくなる」

 飯をかき込みながら隆家はそう答え、食べ終わると白湯をグビッと飲み干した。

「援軍が到着する前に、賊どもは奪うだけ奪っていなくなりますね」

「そうだな」

「閣下はそんな事を許しませんよね?」

「あたりまえだ」

「では、どうやって戦います?」

「敵を分散させて、個別に、根気強く、ちびりちびりと倒していくしかないだろうな。そうやって時間を稼ぎ、兵が揃ったところで一気にカタをつけるつもりだ」

「うまく敵が分散してくれれば良いのですが」

「その為に、いま敵を欺く仕掛けを拵えている」

 少しでも兵の数が多くみえるように、田んぼから案山子を集めてきて柵の後ろに置くよう隆家は部下に命じ、また敵船団が現れた時は、博多湾全体で一斉に銅鑼や鐘や太鼓を打ち鳴らすよう指示していた。

「相手がいっぱしの軍隊なら無謀に攻めてこないはずだ。こちらの物々しい様子を見れば、敵の指揮官は必ず何かあると思って警戒する。慎重になる。そこが狙いさ。単なるゴロツキの集りではなく、指揮系統の整った軍隊ゆえの弱点につけ込むわけさ」

「うまく閣下の作戦に乗って分散した敵が、我が領地に上陸してくれば、この私が見事に撃退してみせますよ」

 そう言って忠光はニヤリとした。

「志摩郡の沿岸にはもう兵を配置し終えたのか?」

「はい。朝方知らせを受けてすぐに手配しました。ひと段落ついたので閣下の顔を拝みに参ったのです」

「俺の顔を見てもしょうがないだろう」

 と、隆家は苦笑いした。

「いえいえ、閣下の楽しそうな顔を拝見しますと、こちらも元気が出ますので」

「楽しそうな顔? 俺が楽しそうな顔をしているかい?」

「はい。充分に」

「冷静に考えれば絶体絶命の状況なんだぜ」

「私には死地へ飛び込むのが嬉しくて仕方ないように見えますけど」

「ふざけんな」

「まるで死に場所に相応しい祭りを探しているかのように・・・」

「そういう貴様だってぜんぜん死を恐れていないではないか」

「私は閣下に命を預けておりますもの。閣下のお役に立って死ねれば本望です」

「バカな事を・・・それより敵は今日にも現れるだろう。敵が志摩郡に上陸してきたら、出来るだけ内陸部深くへ誘いこめ。そして敵がばらけたところを、あらかじめ物陰に隠れさせておいた兵に、一匹一匹刈り取らせろ。地の利を最大限に生かして戦うのだ。俺が駆けつけるまでそういう戦い方をしていろ。良いな?」

「はい、わかりました。しかし私の予想では、敵が一気に攻めてこない場合、志摩郡より能古島のこのしまが狙われる可能性が高いと思うのですが・・・」

 忠光が指摘した能古島は、博多湾の中央に浮かぶ周囲7キロほどの小島である。

「能古島の住民には今朝早く避難指示を出しておいた。俺も能古島が最初に狙われると思っている。ただ現状では能古島を防衛する余力が俺たちには無い。そこでいったん能古島は捨てる。捨てて敵に明け渡す。能古島に敵を足止めしている間に、こちらは兵を揃えるのだ」

 隆家が忠光にそう説明したところで、監視兵の

「敵の船団が現れました」

 という声が響き渡った。隆家と忠光はすぐ海上へ視線を移した。沖合に小さく船団らしき影が見える。銅鑼や鐘や太鼓が一斉に激しく鳴り始めた。

「いよいよ来ましたね」

「ああ」

「それでは私は持ち場へ戻って敵との交戦に備えます」

「頼んだぞ」

 そう言って忠光を送り出した隆家が敵船団の動きを注視していると、手に大鉈を持った鎧姿の種材たねきが、少し息を切らしながら露台にのっしのっしと上がってきて、

「どうですか、敵の動きは? わしは年のせいか目が弱くなって、よう見えんのですが」

 と訊いた。種材も隆家同様、戦闘開始をうずうずしながら待っているクチである。

「敵の船団の中から数隻こちらに近づいてくる。物見だ。しめしめ敵は警戒しているようだ」

「作戦通りですな」

「どうやら戦える準備が出来たぞ」

「楽しみです」

 隆家と種材は、これから始まる戦闘が待ち遠しくてニヤついた。その後、敵船団は動きを止め、じっとしていたが、しばらくすると船団の中から数隻が離れていった。

(まずは様子見か。試しに一部を上陸させて、こちらの戦力を探るつもりだな)

 隆家が睨んだ通り、刀伊の兵の一部が博多湾の西側にある怡土郡、志摩郡、早良郡に上陸してきた。その急報を受けた隆家は、種材に「後は頼むぞ!」と言うや、騎馬隊を率いて西の戦場へ駆けていった。戦場では、隆家との事前の打ち合わせ通り、忠光が地の利を生かしたゲリラ戦法で敵兵を少しずつ倒しつつあった。内陸部へ深く誘い込まれた敵集団の横腹へ、隆家の騎馬隊が突っ込んだ。隆家は馬上から敵兵を斬りまくり、忠光もこの機を逃さず総攻撃をかけた。威力偵察の目的で上陸してきた刀伊の兵士は、もともと数がさほど多くなかった事もあって、たちまち蹴散らされた。生き残った者は這々の体で船へ逃げ込み、大急ぎで沖合の船団へ合流した。

 その間に刀伊の別動隊が能古島へ上陸していた。能古島は最初から敵にくれてやるつもりだったから、隆家は捨て置いた。能古島に上陸した刀伊の兵たちは民家に火をつけ、残っていた馬や牛を殺して食べた。

 翌八日、刀伊といの兵の一部が、今度は博多湾の東側に上陸して、筥崎宮はこざきぐう周辺を荒らしているという知らせが入った。しかし、これもまた隆家率いる騎馬隊が難なく蹴散らしたので、新たに武士五百人を引き連れて戻ってきた致光むねみつが「若、お見事です」と笑顔で称えた。

「まだ前哨戦だよ。本番じゃねえ」

「昔と少しも変わらぬ若の勇猛さに惚れ惚れ致します」

「おまえと一緒に花山院らと争った昔が懐かしいな。何という名だったっけな、あの大男?」

頼勢らいせいですか?」

「そうだ、頼勢だ。《高帽》頼勢。なかなか手強い男だったよな・・・それはともかく、兵は集まりそうか?」

「はい。このたび五百人ほど連れて戻ってきましたが、この後も続々と馳せ参じる予定です。皆、《さがな者》と名を馳せた都の貴公子と共に、不埒な外敵を退治できるのを楽しみにしております」

「あまりからかうなよ」

 そう言って照れる隆家に向かって、種材が

「閣下、ご自分ばかりずるいですぞ。わしにも戦わせてください」

 と不平を言ったので、隆家は苦笑しながらこう答えた。

「心配するな。明日はご老体にも出番があるさ」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。昨日は西、今日は東に上陸してきただろう? これは敵の様子見だ。こちらの戦力を計っているのさ。そうすると、順番からして明日は正面のここを探りに来るはずだ」

「うほ、いよいよわしの出番ですな」

「そうだ、頼りにしているぞ、種材」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ