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さがな者隆家  作者: ふじまる
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第47章 新しい仲間

 三月、隆家は致光むねみつと二人で志摩郡(現在の福岡市の西)にある文室忠光ふんやのただみつの館へ向った。忠光は、寛平六年(894)年に襲来した新羅の海賊を撃退した対馬守・文室善友ふんやのよしともの子孫で、それ以降、志摩郡周辺を事実上支配している地侍の頭目である。

 背中に弓を背負った旅装束姿の隆家と致光が馬に乗って半日ほど進むと、広大な田園地帯の中に大きな木の門と長い板塀で囲まれた要塞のような館が見えてきた。

「若、あれです、忠光の屋敷は」

 致光がそう言って指をさすと、隆家は「なるほどね」と頷いた。目はすっかり良くなり、もう眼帯は付けていない。

 門の外にガラの悪そうな下郎どもが数人たむろしている。隆家を見て「何者だ?」と誰何したので、致光が

「無礼者! 太宰権帥だざいのごんのそちの藤原隆家さまであるぞ!」

 そう一喝するや、下郎たちは「太宰権帥?」とたじろいで後ろへ下がった。突然、太宰権帥を名乗る人物が馬に乗って現れたので、忠光の屋敷が上を下への大騒ぎになったのは言うまでもない。隆家と致光が構わず馬でずんずん門の中へ入ってゆくと、建物の中から四十代後半と見られる恰幅の良いがっしりした体格の男がにこやかに微笑みながら出てきた。がっしりした体格とは裏腹に理知的で誠実そうな顔をしたなかなかの好男子である。男は隆家を一目見るなり、その只ならぬ威厳から本物の太宰権帥であると確信したらしかった。

「これは、これは、太宰権帥さま、まだ肌寒い中をわざわざお越しくださり、誠に恐縮至極でございます。わたくしが当屋敷の主、文室忠光でございます。以後お見知りおきください」

 忠光は馬上の隆家を見上げながらそう挨拶して、深々と頭を下げた。隆家は馬に乗ったまま快活に言葉を掛けた。

「うん。俺が隆家だ。よろしくね」

「本来なら私の方からすぐにでもご挨拶にお伺いすべきでしたが、忙しさにかまけてついつい怠ってしまい、申し訳ございません」

「良いさ。俺の方も、もっと早く来くるつもりだったが、陛下の退位および新陛下の即位の関係で今まで来れずにいた。だから同じさ」

 そう言って豪快に笑う隆家に少々面喰いながらも忠光は

「ささ、ここでは何ですので、まずは中へ入ってお休みください」

 と誘ったが、隆家は

「いや、今日はここで失礼する。これから松浦まで行くつもりなのでな」

 と素っ気なく断った。忠光は驚いた。

「松浦? 源知みなもとのさとすのところですか? たった二人で? 私の家来を何名か護衛につけましょうか?」

「護衛? 俺とこの致光がいれば十人や二十人分の戦力になるから、その心配は無用だ」

 そう言って笑うや、隆家は馬上からグッと身を乗り出し、忠光の顔をしげしげと覗き込んだ。

「なぁ、忠光、今日は貴様の顔を拝みに来た。なかなか良い面構えをしているな。実がありそうだ。博多へ外敵が襲って来る事があれば、俺と一緒に戦ってくれるか? どうだ?」

 隆家にそう問われた忠光は迷う事なく答えた。

「はい。その時は太宰権帥さまに、この命を預けます」

「恩賞は期待できんかもしれんぞ」

「構いません。私はたった今あなた様に一目惚れ致しました。だからあなた様に従います」

「会ったばかりの俺をそこまで信頼して大丈夫かな?」

「私は御覧の通りの田舎者ですが、人を見る目だけは確かだと自負しております。あなた様は信頼できるお方です」

 忠光にそう言われた隆家はニコッと微笑み、一言「ありがとうよ」と言って馬を回し、颯爽と門を出ていった。致光の馬が後に続いた。見送る忠光は「豪傑だ」と呟いた。

 この短い出会いによって熱烈な隆家ファンになった忠光は、年に何度も大宰府政庁を訪れては、隆家がおこなっている軍事訓練に自分の郎党たちを積極的に参加させ、夜になれば隆家と大酒を酌み交わして、すっかり昵懇の仲になるのであった。

 さて、忠光の館を出た隆家と致光は松浦(現在の唐津市あたり)を目指して進み、その夜は野宿した。太宰権帥が野宿するなどという事は普通ではありえないが、隆家も致光も都でやんちゃに暴れ回っていた時分の悪ガキ気分が抜けきれていないので、夜空の下、たき火で暖を取りながら平気な様子で一夜を明かした。翌朝、日が昇ると共に出発し、目的地を目指した。それは海沿いにあった。船がたくさん停泊した入江を見下ろす高台に聳えるのが、この一帯の海を支配する源知の館だった。門の周辺には忠光のところと同じようにガラの悪い下郎どもが警備していた。致光がツカツカと馬を進めて彼らに近づき、

「太宰権帥様のお越しだ。源知に取り告げ」

 と命じた。驚いた下郎たちは致光と隆家を交互にきょろきょろ眺め回し、そのうちの一人が急いで奥へ駆けていった。すると館の中からドカドカと大勢の人間が出てきた。皆、真っ黒に日焼けし、体じゅう傷跡だらけの、凶暴な顔つきの男たちである。先頭に眼光鋭い鮫のような男が立っている。恐らく年齢はまだ三十歳そこそこであろう。しかしながら、この男が頭目らしかった。

「俺が源知だ。貴様が新しく赴任してきた太宰権帥か?」

 男が大声でそう問うと、隆家はゆっくり馬を降りながら、

「おうよ、俺が太宰権帥の藤原隆家だ、よろしくな」

 と答えた。歓迎されていないのは明らかだった。今でこそ地方の地侍になり下がっているが、元をただせば嵯峨天皇の血を引く由緒正しい源氏の末裔であるというプライドを持つ源知は、常日頃から藤原氏なにものぞという対抗心を抱いていたし、また都から来た何も分からないひょうろく玉に指図されるのが大嫌いだったからである。だから、ここでもし隆家が太宰権帥風を吹かせて威張ろうものなら、一度ギュッとシメてやり、二度と生意気な態度を取れなくしてやる魂胆だった。実際、過去にそうしてきたので、歴代の太宰権帥は源知を恐れ、誰も近寄ろうとしなかった。しかし、隆家は平気な顔でずんずん進み、三十人ほどの《さがな者》に囲まれながらも

「どうやら俺を歓迎する気は無いみたいだな」

 と言ってニヤリと笑った。久しぶりに嗅ぐケンカの匂いがたまらなく嬉しかったのである。

「それはそっちの出方次第だ。俺は自分より弱い人間の下につくのが我慢ならない性分でね」

 源知にそう言われた隆家は、まったく同感だった。《さがな者》の一人として自分より弱い者の下につくのは、同じように我慢ならなかった。そして、ここにいる《さがな者》たちを従わせる為には、彼らより腕っぷしが強いところを見せつけるのが一番だという事を、自分も《さがな者》ゆえに隆家はよく理解していた。

「何で勝負する?」

「この銛を取れ!」

 源知はそばの木枠に立てかけてあった銛を隆家に一本投げ、自分でも一本手に取って構えた。隆家は腰に帯びていた剣と背中の弓を致光に預け、身軽になったところで銛を手に取り、重さや振ったときの感触を少し確かめた後、腰を低くして構えた。周りには、いつの間にか、大きな人の輪が出来ている。その輪の中心で二人は銛を交え始めた。カンカンという固い木と木がぶつかり合う小気味の良い音に、時々キーンという金属音が混じって響き渡った。隆家は銛を扱うのは初めてだったが、槍と同じ要領でやれば良いのだなとすぐに慣れ、次第に源知を圧倒していった。そして、遂に源知の銛を跳ね飛ばした。源知は得物を失った両手を眺めて呆然としている。普通はここで勝負ありである。ところが、ここで勝負を終わらせないところが隆家だった。

 隆家は自らも銛を投げ捨てると、(次は素手で勝負だ)と無言で源知を誘った。源知は「うわおおおおお!」と狂ったように絶叫しながら右手で隆家に殴りかかった。隆家は避けずに源知の拳を顔面に受けた。顔が大きく右にひん曲がった。しかし、隆家は「まだまだ」と言って、自分も右手で源知の顔を思いっきりぶん殴った。源知は吹っ飛ばされながらも起き上がり、白い歯に血を滲ませながら悔しそうな表情で、今度は左手で隆家の顔を殴った。「なかなか」そう言って隆家も左手で源知の顔を殴った。最後に源知は隆家のみぞおちを下から全力で突き上げたが、鎧のような固い腹筋の感触に一瞬たじろいだところへ、すかさず隆家も源知のみぞおちに拳をめり込ませた。「ぐぇっ」と源知は白目を剥いて膝からガクッと崩れ落ちた。

「勝負あったな」

 地面に倒れている源知を見下ろしながらそう宣言した隆家は、周囲の人間を睨みつけ、

「他に俺と勝負したい者がいるか?」

 と凄んだが、みな後退りするばかりで挑戦を申し出る猛者は一人もいなかった。そこで隆家は源知を抱き起し、いつもの快活な笑顔に戻ってこう言った。

「では、そろそろ俺の用件を聞いてもらおうか」

「勝負に敗れた以上、何事もあんたに従うよ」

 ふらつきながら何とか立ちあがった源知は、ばつが悪そうに腫れあがった顔を俯かせながらボソッとそう呟いた。

「別に貴様らをどうこうしようというのではない。もし外敵が博多湾に攻めて来たら船による援軍を頼みたいだけだ」

「外敵って、高麗の海賊か?」

 外交関係のある宋や高麗が、何の前触れも無く、ある日とつぜん船団を組んで日本を侵略しにやって来る可能性は、現実的には皆無に近いというのが、隆家を初めこの時代の人々の共通認識だった。もし荒らしにやって来るとすれば、それは高麗の海賊だろう、誰もがそう思っていた。

「うん。おそらく襲って来るとすれば高麗の海賊だろうな。以前にも来た例があるしな。ただ、とつぜん未知の敵が襲来する可能性だって無いわけじゃない。いずれにせよ海戦となれば貴様らが頼りだ。俺に力を貸してくれ。頼む」

 そう言って隆家は源知に頭を下げた。

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