第46章 軍事訓練
着任してから一月ほどの間、隆家は目の治療をしながら大宰府の内と外を散策したり、博多湾へ行き、鴻臚館の隣にある警固所を視察したりして、比較的のんびり過ごした。
その間にも地元の武士や商人たちが、続々と隆家の元へ進物を携えて挨拶しにやって来た。外国との交易で栄える大宰府の巨大な利権を一手に握っていたのは、最高責任者である太宰権帥である。菅原道真の逸話から大宰府は流刑地であり、自ら進んで大宰府へ行きたがる貴族は皆無だったと思われがちだが、実はそうではなく、他国の国司になるよりも莫大な財産が手に入るという理由で太宰権帥は人気の役職であり、希望者が後を絶たなかった。そういうわけで、新しい太宰権帥である隆家にも、これまで通り便宜を図ってもらおうとして、地元の武士や商人たちが我先にと進物を持参した。ところが、隆家はもともと金に強欲な人間をあさましいと軽蔑していた上に、中関白家に再興の望みが無くなったため世捨て人の心境で大宰府くんだりまでノコノコやって来たのに、いまさら金を稼いでどうなる? 意味が無えよ、と思っていたので、儀礼的な粗品や安価な地元の特産品などはありがたく受け取ったものの、賄賂性のある高価な進物は丁重に受け取りを断った。
隆家の金に対する清潔さは他でも見られ、女好き、遊び好きを公言する隆家はしばしば大宰府内にある遊郭で遊び、朝そこから出勤する事も多かったが、その支払いにはすべて身銭を切り、公金を使ったり、誰かの接待を受けたりする事は一切なかった。女を買うのにしみったれた真似はしたくない、というのが隆家の流儀だった。
さて、大宰府のおおまかな様子を把握し終えた隆家は、自分の執務室に側近の致光を呼んでこう切り出した。
「この大宰府だけどさぁ、緊張感が欠けてねえか?」
致光はうつむいて困惑した表情を浮かべた。
「最初、水城や大野城を見せられた時は凄えものだと感心したけど、実際その中で働いている人間には外国からの侵略の最前線にいるという危機意識が薄いし、海岸近くの警固所を視察しても古ぼけた武器が置いてあるばかりで、そこに詰めている役人たちも役目だからいつも通り警備していますという気の抜けた感じで、今すぐにでも戦闘を始められる気合と覚悟が感じられないのだが・・・」
「いや、あの、若、まったくお言葉の通りなのですけど、幸いと申しますか長いこと戦乱が無く、平和な時代が続きましたものですから・・・」
致光が口ごもりながらそう弁解すると、隆家は苛立ち始めた。
「しかし、今までが平和だったからといって、これからも平和が続くとは限らんだろうが。実際、海賊騒ぎはしばしば起きているし」
「仰せの通りなのですけど、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが日本人の習性でございまして・・・」
「たしか二十年くらい前にも大きな海賊騒ぎがあったよな?」
「それだってもう二十年前の話でしょう? 最後に大宰府で大規模な戦闘が起きたのは、大蔵種材の爺さんが語りましたように、五十年以上前の藤原純友の乱の時ですよ。それ以降、博多が戦場になる事はありませんでしたものですから・・・」
「いつやって来るか分からない外敵に備えるのが大宰府の役目であろうが」
「私も常々そう思っているのですが・・・」
「おまえがいながら何だよ、このザマは」
「面目次第もございません」
「今までの太宰権師は何をやっていたんだ?」
隆家がそう詰問すると、致光はさも言いにくそうに声を低めてこう述べた。
「皆さん、ご自分の蓄財にばかりご熱心で、それ以外の事には関心が無かったというのが実情でして・・・」
「ふざけんな!」
隆家は激高して立ち上がった。
「俺が来たからには金輪際こんな腑抜けた状態は許さねえぞ!」
「ど、どうなさるおつもりで?」
「決まっているじゃねえか。根本から鍛え直すのよ」
翌日から隆家の指揮の下、大宰府政庁と警固所の人間による実戦を想定した厳しい軍事訓練が開始された。事務職を含めた役人全員(ただし、女性と高齢者と病人を除く)が毎日何十キロも走らされ、泳がされ、船を漕がされ、剣や弓の練習をやらされた。少しでも怠けていようものなら、
「サボってんじゃねーぞ、この野郎!」
「気合いだぁ!」
と容赦なく隆家の鉄拳が飛んでくるので、ヘトヘトになりながらも必死で訓練するより他なかった。のんべんだらりんとした日常が一変したので、役人たちは不平タラタラだったが、一人だけ大喜びしている男がいた。大蔵種材である。この戦争好きの爺さんは、
「うほ、やっとわしが待ち望んでいた時が来たわい」
と大はしゃぎして、第一線を離れた嘱託扱いの身ながら、自ら軍事訓練の鬼教官役を買って出たのである。
「こりゃあ、若いくせに何じゃ、そのへっぴり腰は」
そういうわけで連日、隆家と種材の大声が至る所で鳴り響くことになった。この訓練の過程で、種材が単なる戦争好きではなく、戦術や用兵に関する的確で豊富な知識を有している事が明らかになり、隆家から厚く信頼されるようになった。すっかり意気投合した二人はますます軍事訓練に力を入れ、さらに隆家は警固所と大宰府政庁に備えられていた武器を最新のものと入れ替えて、いつでも実戦に使えるよう準備した。ただ、いくらそういった準備をしてみたところで、警固所と大宰府政庁の人間だけでは、肝心要の兵の絶対数が足りないのは誰の目にも明らかだった。
「今もし本当に敵が攻めて来たとしたら、一体どうやって戦うつもりだったのだ、ここは?」
隆家のこの問いに、そばに控えていた致光は畏まってこう答えた。
「まず地元の侍に応援を頼み、我らは大宰府内に籠城して都からの援軍が到着するのを待つ段取りだったようです」
「待っている間に筑紫平野一帯が敵に蹂躙され、略奪され、民間人が殺されたり、拉致されたりするではないか」
「これまでの太宰権師は、民間人の命など露ほども気にしておりませんでしたから・・・」
「こんな場所に籠城するようじゃダメだ。俺たちの命は助かるかもしれないけど、それでは戦争は負けだ。何としても海岸線で敵の上陸を阻止しなければ」
「遺憾ながらそれには人数が足りません」
「北九州一帯の地侍どもを招集する手筈は整っているのか?」
「私の知る限りでは、まだのようです」
「本当に何もしてこなかったんだな、今までの太宰権師は」
「完全に平和ボケしていましたからね、皆さん。それに、戦争の備えなんかしたら最後、本当に戦争が呼び起こされて大変な事になる、と妙な恐れを抱いていらっしゃったようですし」
「バカバカしい。そんな根拠の無い恐れなんかクソ喰らえだ。俺は現実だけを見る。現実しか信じない。幻想には裏切られっぱなしだったからな、今まで。それで地侍は頼りになるのか? 何人か進物を持って挨拶に来たのがいたけど、どれも頼りなさそうな連中ばかりだったが・・・」
「ああ、あれは小物ばかりで、いざと言うとき頼りになりそうな連中はまだやって来ておりません」
「その頼りになりそうな連中とは、いったい誰だ?」
「私の見る限り、いざというとき頼りになりそうなのは、志摩郡の文室忠光と松浦の源知の二人でしょうね」
「ふん、そうか。そいつらが来ないのなら、こちらから押し掛けるまでだな」
このように隆家が大宰府で外敵防御の為の思案を重ねていた頃、京の都では道長の圧力により三条天皇がいよいよ譲位せざるを得ない状況に追い込まれていた。その無念さを詠んだ三条天皇の歌が残っている。
「心にも あらでうき世に 長らへば 恋しかるべき 夜半の月かな」
三条天皇は皇后・娍子の生んだ長男・敦明を次の皇太子にするという条件で、しぶしぶ譲位を承諾した。長和五(1016)年一月二十九日、三条天皇は譲位し、彰子の長男である敦成が七歳で即位した。後一条天皇である。それと共に道長が後一条天皇の摂政となった。
遠く離れた大宰府でその報告を受けた隆家は、特に何とも思わなかった。
(いずれこうなると思っていた事が現実になったというだけの話さ。どのみち俺にはもう関係ねえ)
ある種、敗北者の意識を持つ隆家はそういう心境だった。ただ大宰府に来て良かったとは思った。あのまま都に留まっていたら精神的に辛かっただろう。それを避けるため俺は大宰府へ逃げて来た。そう、みっともなく逃げて来たのだ、《さがな者》のくせに。俺は卑怯者か? 意気地なしか? でも、逃げるのが必ずしも悪いとは限らない。時には逃げる事も必要だ、と房子が俺に教えてくれた。大切なのは逃げたあと何をするかだろう・・・
隆家は房子の導きで大宰府に来たと思っている。
房子、この大宰府にその答えがあるのか? おまえが導いてくれたここが、俺にとって運命の場所なのか?




