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さがな者隆家  作者: ふじまる
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第38章 彰子妊娠

 復職した後も紫式部は非番の日などを使って『源氏物語』の続きを書き続けていた。ただ、職場では相変わらず少し抜けたフリをして、同僚の女房たちに嫌われないよう神経を使っていた。『源氏物語』を読んだ一条天皇の「この作者は『日本書紀』にも詳しいようだね」という感想を伝え聞いた女房たちから《日本紀の局》という嫌味ったらしいあだ名を付けられた事があったので、殊に彼女らが苦手とする漢文の素養は表に出さないようにしていた。そんな紫式部が彰子あきこから内密に呼び出され、「漢文を教えて欲しい」と頼まれたから驚いた。それは道長が金峯山きんぶざんへ《御嵩詣みたけもうで》の登山に出掛ける少し前の出来事だった。

「わたくしは漢文の方は・・・」

 そう言ってとぼける紫式部に向かって彰子は微笑した。

「いいのよ、香子かおるこさん。隠さなくても。あなたが漢文に関して学者並みの知識を持っているのは分かっているのですから」

「いいえ、学者並みなんてとんでもありません・・・幼い頃ほんの少し父から教わった程度でして・・・」

「他の女房たちが気を悪くしないよう漢文の知識を隠してくれた心遣いには感謝しますけど、今回はわたしに力を貸して欲しいのです。わたしは漢文を学びたいのです。陛下に近づく為に」

「陛下に近づく為に?」

「そうです。陛下に嫁いでからもう八年になりますけど、陛下は相変わらずわたしを子供扱いします。わたしが何も知らないまま甘やかされて成長したので致し方ないのですが、これからは違います。わたしは、お亡くなりになった皇后さまのように、中宮に相応しい教養を身につけ、時には陛下の相談相手になり、陛下をお助けしていきたいのです。何も出来ない自分のままではいたくないのです。妻として陛下をお支えしていきたいのです」

 初出仕した頃は、まだほんの子供にすぎないと思っていた彰子が、この二年間で自分の考えをしっかり持った聡明な大人の女性に成長していた事に紫式部は心底驚き、目を見張る思いがした。

「それに、わたしがものを考え、問題意識を抱くようになったのは、実は香子さん、あなたが書いた『源氏物語』を読んだからなのですよ」

「え? わたしの書いた『源氏物語』を読んだから?」

「そうなのよ。陛下がわたしの愛読している『源氏物語』をお好きだと知った時はとても嬉しかった。陛下に近づけたように思えて。同じ趣味嗜好を持つ仲間同士に思えて。ところが、『源氏物語』を表面しか読んでいないわたしと違って、陛下はそこからずっと深い何かを読み取っていたのです。感じている面白さの質が違ったのです、わたしと陛下とでは。わたしの現在の教養では、残念ながらそれが読み取れない。陛下と一緒に深い面白さを味わう事が出来ない。それが不満で、わたしは自力で勉強をし始めました。学問をすればするほど、自分が何も知らなかった事を思い知らされるばかりでした。しかし、その反面、眼前の世界が変わったのも事実です。わたしの言っている意味がわかりますか、香子さん?」

「つまり、閉じ込められていた暗く狭い箱の蓋が開いて、鳥が大空へ羽ばたいたような感覚でしょうか?」

 紫式部がおずおずとそう答えるや、彰子はにっこり微笑んだ。

「さすがね、香子さん。その通り。学問はわたしの視野を広げてくれたのです。暗い夜道の先を明るく照らしてくれたのです。世の中を多方面から眺める術を授けてくれたのです。わたしは朝廷のあり方や父の政治手法、陛下のお立場、中宮である自分の使命、社会の現状、その他あらゆる事柄について自分なりの考えや主張を持つようになりました。しかし、まだまだ学問の裏付けが足りない。特に漢文の素養が。学問の裏付けがないと、自分の意見に自信が持てない。そこで香子さんに漢文の講義を頼みたいのです。わたしを助けると思って、どうか力を貸してください。わたしを立派な中宮に育ててください。わたしに戦う武器を与えてください。あなただけが頼りなんです。お願いします、香子さん」

 彰子がそう言ってぺこりと頭を下げると、紫式部は決心がついた表情で深く頷いた。

「わかりました。中宮さまにそこまで頼りにされては断るわけにはまいりません。ここでお断りしたら、わたくしの女が廃るというものです。よござんす。わたくしにお任せください。わたくしの持てる知識と能力を総動員して、中宮さまに最高の漢文の講義をご提供いたしましょう」

 紫式部はさっそく彰子に『白氏文集はくしもんじゅう』の手ほどきを始めた。当時はこれが知識人の間で最も愛読されているスタンダードな作品だったからである。彰子はおっとりしたお姫さまの姿をかなぐり捨て、まるで大学入試直前の受験生のように一心不乱に学問に打ち込んだ。その真摯な態度に触発され、紫式部の講義にはさらに熱が入った。二人は朝から晩まで顔をつき合わせ、ひたすら勉強していた。道長はその頃ようやく『源氏物語』の最初の部分を読んでみたが、読んだ感想はただ一言「これを書いた女はスケベだね」だけだった。そのスケベな(?)紫式部から彰子が熱心に漢文を学んでいると聞いた道長は意外に思い、女は学問より子作りが先だろうがとも思ったが、そんな事を言った日には最近つとに反抗的になった彰子に嫌われ、口をきいてもらえなくなるのが目に見えていたので、じっと黙っていた。道長も年頃の娘の扱いに苦労する世間一般の父親だったのである。

 学問を通じて紫式部に全幅の信頼を置くようになった彰子は「他の女房たちよりもずっと香子さんと仲良くなってしまったわね」と笑ったが、その関係はあくまで先生と生徒であり、二人の年齢差の大きさや彰子の地味な性格もあって、定子と清少納言がそうだった友達のような気安さはいっさい無かった。

 そうこうしているうちに寛弘四(1007)年も年末になった。十二月に入った頃から彰子は体調不良を訴えるようになった。食事が喉を通らず、体が疲れて昼間からウトウト居眠りをするようになったのである。

(わたしの指導が厳しすぎたのかしら?)

 心配した紫式部は、漢文の講義をいったん中断した。しかしながら、年が明け寛弘五(1008)年になっても、彰子の体調は回復しなかった。一条天皇は心配して、彰子付きの女房たちから詳しく事情を聞いた。

「女房たちの話によれば、先月は月のものが無く、今月もすでに二十日になるのにまだ来ないそうではないか。私は医者じゃないのではっきりとは分からないが、もしかしたら妊娠したのではないのかい?」

 見舞いに来た一条天皇がそう話しかけると、寝床に横になって休んでいた彰子は恥ずかしそうに顔を隠した。

「大臣や母君に私から話してみようか?」

「やめてください、恥ずかしいので」

 彰子はそう言って嫌がったが、一条天皇は参内した道長に彰子の容態を伝えた。

「え? ほ、本当ですか?」

 道長は両目を大きく見開いて驚いた。

「本当だ。私は彰子が妊娠していると思う」

 天にも昇る気持ちというやつをこのとき初めて体験したのであろう、道長は白目を剥いて「ちょちょちょちょちょー」という意味不明の奇声を上げた。一条天皇は心配して声を掛けた。

「・・・あの、大丈夫ですか?」

「あ、これはどうも、失礼いたしました」

 正気に戻った道長は一条天皇に失礼を詫びた。

「わたくしも近ごろ中宮さまにお元気が無いと思っていて、学問に精を出しすぎてお疲れなのかなと心配していたのですが、まさかこういう事だったとは・・・いや、喜ぶのはまだ時期早世ですね、さっそく妻と一緒に中宮さまの局をお訪ねして、事の真偽を確かめることにいたしましょう。というわけで、わたくしはこれにて失礼いたします」

 道長はそう言うや、そそくさと一条院を後にして土御門殿へ戻り、妻の倫子みちこを伴って大急ぎで引き返してきた。そして彰子のいる北側の局へ直行した。彰子付きの老女らの報告から妊娠は間違いなかった。道長と倫子は嬉しさのあまりおいおい泣いた。泣きながら道長は「苦労して金峯山へ《御嵩詣》の登山に行った甲斐があったなぁ」と神様に感謝した。

 彰子懐妊のニュースは、たちまち貴族社会に知れ渡った。そのニュースに最もショックを受けたのは伊周これちかと隆家である。遂に来るべきものが来たか、という感じだった。生まれてくる子供が女の子なら問題ない。しかし、もし男の子が生まれてきたら、敦康あつやす親王はどうなるのか? 敦康は一条天皇の長男だ。長子相続が原則なので、敦康の地位が揺らぐ事は無いと思うが、しかし道長のことだ、もしかしたら強引に・・・ともかく今は女の子が生まれるのを祈るだけだ・・・伊周と隆家の心中は穏やかでなかった。

 敦康の地位を心配しているのは伊周と隆家だけではなかった。実は彰子もそうだった。定子が亡くなった後、母親代わりになって敦康を育ててきたのは彰子だった。利発で可愛い少年に成長した八歳の敦康は、彰子を実の母親のように慕い、彰子の方も自然と情が移った敦康を自分の子供同然に思っていた。自分が子供を産む事で敦康が不幸になるような事があってはならない・・・彰子はそう思っていた。

 一条天皇も彰子が子供を産むことで敦康の地位が揺らぐ事があってはならないと心配していたが、それ以上にもっと心配な事があった。七歳になる末娘の媄子よしこが病気で寝込んだのである。一条天皇は僧侶を集めて祈祷させ、自らも看病にあたった。媄子の姉である脩子ながこはこのとき十一歳になっていたが、妹を心配して父である一条天皇と共に媄子を看病した。そんな二人の看病のお陰もあって媄子の病状はいったん持ち直したが、まだまだ安心できる容態からは程遠かった。いつまた病気がぶり返すか予断を許さない状況だった。

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