第30章 雪山
時間を少し戻す。長徳四(998)年十二月十日に大雪が降った。定子付きの女房たちは子供のようにはしゃいで庭に雪山を作ったが、「どうせ作るのなら、本格的な雪山を作った方が良くね?」という話になり、《職御曹司》に出入りする役人たちを総動員して巨大な雪山を作り上げた。もちろん雪山作りに参加してくれた役人には、後に定子から特別ボーナスが与えられたのは言うまでもない。完成した雪山を見て、定子は女房たちに尋ねた。
「この雪山はいつまでもつと思う?」
女房たちが口々に「あと十日くらいはもつでしょう」とか「年内はもつでしょう」と答える中、清少納言だけが強気で「年が明けて、正月の十五日まではもつでしょう」と答えた。
「正月の十五日? いくらなんでもそんなにはもたないわよ」
定子はそう言って笑ったが、清少納言は意固地になって「いいえ、正月の十五日までもちます」と断言したものだから、定子との間で「それなら賭けましょうか」という話になった。それ以降、清少納言は庭の雪山の事ばかりが気にかかるようになり、雨が降ろうものなら雪山が消えてしまわないか一日中ハラハラしている有様だった。そうこうしているうちに清少納言には雪山がまるで自分のペットのように愛おしく思えてきた。内裏から一条天皇の使いがやって来た際、清少納言が自慢気に庭の雪山を見せたのに、使いの者が
「東宮でも弘徽殿でも京極殿でも、庭に同じような雪山が作ってありましたよ」
平然とそう言い放ったので、
(おんどりゃあ、わしの可愛い雪山ちゃんを、そんじょそこらの雪山と一緒にしくさりおって)
ムッとした清少納言は、使いの者の面前でスラスラと
「ここにのみ めづらしと見る 雪の山 ところどころに 降りにけるかな」
と詠み、オラオラ、すぐに返歌をよこさんかい、コラァ、そう強要した。恐れをなした使いの者は返歌を詠むどころかヒエーッと悲鳴を上げて逃げ帰っていった。清少納言はその背中に毒づいた。
「へん! おととい来やがれ!」
二十日に降った雨でだいぶ小さくなりはしたものの、雪山は年が明けた長保元(999)年になってもまだ残っていた。元日の夜に雪が降ったので、清少納言が「また雪山の寿命が伸びたわね」と喜んでいたところ、定子がちゃっかりこう命じた。
「これでは元の雪山が残っているかどうか判別がつかないわ。公正を期す為、新たに積もった雪はどかしてしまいなさい」
清少納言は「そんな殺生な・・・」と半ベソかいて悔しがった。
長保元(999)年一月三日、一条天皇から定子に急遽、自分のところへ来て欲しいと書かれた内密の手紙が届いた。定子は脩子を連れて密かに参内し、しばらく滞在する事にした。御匣殿と清少納言も当然お供をしたが、清少納言の方は雪山の事が気がかりで、何度も《職御曹司》へ使いをやり、雪山の状態を報告させた。その報告によれば、雪山は依然として健在のようだった。
一条天皇が定子を呼び寄せたのは、お正月なら口やかましい公卿たちが休んでいるので、鬼の居ぬ間に親子三人でゆっくり過ごしたいと考えたからであるが、もう一つ重大な目的があった。定子に再び子供を産んでもらおうと考えたのである。昨年、元子が妊娠したと思ったら結局は水しか出て来なかったので、一条天皇には未だ跡継ぎがいない。天皇家は過去四代に渡り冷泉天皇の皇統と円融天皇の皇統が交互に即位する両統迭立方式を維持してきた。だから円融天皇系である一条天皇の次は、げんざい皇太子である冷泉天皇系の居貞親王(後の三条天皇)が即位するのだが、問題はその次である。もしこのまま一条天皇に跡継ぎが出来なければ、三条天皇の次は三条天皇の皇子が即位することになり、円融天皇の皇統は途絶えてしまう。それだけはどうしても避けたい一条天皇は何としても皇子が欲しかったし、出来れば最愛の定子に産んでもらいたかった。それに定子が皇子を産めば、現在の日陰者の状態から脱して、再び堂々と中宮を名乗れるだろう、そう考えたのである。
一条天皇は定子と激しく濃密な愛の時間を過ごした。もちろん定子が《職御曹司》に移って以降、公式の記録には残っていないが、一条天皇と定子はしばしば密会し愛し合っていた。しかし、今回は一条天皇の気合いの入れ方が違った。
「キメてやる、今回は」
とばかりに不退転の決意で、連日連夜、一条天皇は定子を熱烈に愛して、愛して、愛しまくった。
ところで、一条天皇と定子が濃厚な愛の日々を送っている最中も、清少納言は雪山のことばかりが気にかかり、
「どうにか十五日まで雪山がもちますように」
と毎日欠かさず祈っていた。十三日まで雪山は健在だった。ところが、目標達成寸前の十四日になって、とつぜん雪山が消えたとの報告が入った。
「そんなバカな。昨日までは元気でいたはずなのに、わたしの雪山ちゃんは・・・」
清少納言はガックリと肩を落とし、しばらくの間めそめそ泣いた。しかし、勝負は勝負である。雪山が消えた以上、素直に負けを認めなければならない。清少納言が一条天皇と定子の御前におずおずと膝行すると、二人はまるで新婚夫婦のように互いをうっとりと見つめ合いながらイチャついていた。そんなお熱い二人に向かって清少納言は、しかめ面で、いかにも悔しそうに
「わたしの敗けです。雪山は消えました」
と報告した。すると一条天皇と定子がパッと顔を見合わせた後、大爆笑した。
(ん? どした? 何か可笑しかったか?)
清少納言が不審に思って目をキョロキョロさせていると、定子が申し訳なさそうに種明かしをした。
「ごめんねぇ、諾子さん。実はわたしがこっそり雪山を壊させたのよ、諾子さんのガッカリした顔が見たくて」
清少納言は思わず「ひどい!」と叫んだが、一条天皇が
「まぁまぁ、夫の私に免じて、定子の子供っぽい悪戯を許してあげておくれ」
そう言って頭を下げたので、しぶしぶ矛を収めた。清少納言のムスッとした仏頂面を見て、定子がはじけるように再び笑いだした。定子はまだ笑いが止まらない。つられて一条天皇も笑い出した。終いには清少納言までもが根負けしたかのように笑いだした。暖かく陽気な雰囲気。一条天皇と定子の幸せそうな笑顔。二人にとって久しぶりの満ち足りた時間になった今回の滞在中に、一条天皇の願い通り、定子のお腹の中には《運命の子》が宿っていた。しかし、この時の清少納言には、まだそれを知る由もなかった。
春になると猛威を振るっていた疫病もどうにか沈静化し、人々の心はようやく落ち着きを取り戻し始めた。病気で休んでいた貴族たちが次々と朝廷へ出仕し、以前の日常が戻ってきた。道長も体重が元に戻り、体力も回復して、一時の気の弱さが消えた。再び蘇った強い道長は精力的に疫病からの復興に取り掛かった。
隆家は兵部卿として社会の治安維持に尽力していた。一足先に貴族社会に復帰した弟の活躍を見て羨ましく思った伊周は、自分も復権を願って方々に嘆願したが、誰からも相手にされなかった。隆家にも声を掛けたが、
「今の宮中には兄貴の居場所はねえよ、残念ながら」
ぶっきら棒にそう言われたものだから
「おまえまで俺をバカにする気か」
とブチ切れて暴れる有様だった。いくら兄弟とはいえ、精神の均衡を欠く伊周を、まともに相手にするつもりは、世間の人たち同様、隆家にもさらさら無かった。誰の目にも伊周はおかしかった。以前の貴公子ぶりはどこへやら、現在の伊周は母方の祖父である高階成忠によく似た狂気を孕んだダークヒーローと化していた。
「ふん。教養のかけらも無いバカどもが、我がもの顔でのさばりおって。あんなものはダメさ。あいつらは全員クビだ。あんな奴らに何が出来る? あんな低脳どもに。バカはさっさとくたばれば良いんだ。学の無い動物め。けもの。うじ虫。ゲジゲジ。大嫌いだ、あんなけがらわしい連中は。消えてしまえ、消えてしまえ、おまえたちなんかいらない。どこかへ行ってしまえ、ニセモノどもめが」
世間を呪い、社会を恨み、暗闇の底から呪詛の言葉を吐き散らす怪人・伊周のそばには、気味悪がって誰も近づこうとしなかった。そんな孤独な境遇がますます伊周の精神を歪ませていった。腹に溜めこんだ鬱憤を爆発させ、自暴自棄なテロ行為に走り出しそうになっていたギリギリの時、伊周を狂喜させる知らせが飛び込んで来た。定子が妊娠したのである。
(もし定子が将来の天皇になる皇子を産めば、もういちど俺は朝廷の中心に返り咲く事が出来る)
再び人生に一筋の光明を見出した伊周は、連日、熱心に定子の安産と皇子誕生を願って神仏に祈りを捧げた、それまでの陰鬱な表情が嘘のように明るく上機嫌な様子で。
逆に不機嫌になったのは道長である。定子懐妊の一報を聞いた道長は、これまでにない危機感を抱いた。
(前回と同様に中宮が姫君を産めば何ら問題ない。だが、今回は・・・今回ばかりは嫌な予感がする。もし皇子が産まれたら・・・いや、たぶん皇子だ。その可能性が高い。もしそうなったら・・・わしの政権に未来は無い・・・何とか手を打っておかなければ・・・)
長保元(999)年六月十四日、火事で内裏が焼失し、一条天皇は一条院を仮の内裏とした。ちなみに一条天皇という呼び名は、この一条院で長く過ごした事にちなんで死後につけられたものである。
(クソ、これは伊周の呪いか? 奴が再び天下を獲る兆しなのか?)
不安を募らせた道長は、まだ早いという事は重々承知していながらも、わずか十一歳である長女の彰子を入内させる事に決めた。十一歳といっても、道長の手配で彰子は二月九日に朝廷から異例の従三位に叙されていた。一条天皇の妻になる資格は申し分ないはずだ・・・道長は自分にそう言い聞かせて彰子入内の準備を進めた。




