第29章 兵部卿
疫病が都の人々に猛威を振るい始めた。今回は天然痘ではなかったらしい。激しい全身の震えと腹痛の症状があったようだからコレラの類いであろうか? 国の宰相である道長も、この疫病に感染した。死の淵に立たされた道長は、長徳四(998)年三月四日、朝廷に辞表を提出した。しかし、道長に代わり得る人材は、このとき朝廷内にいなかった。一条天皇は僧に祈祷させたり恩赦を出したりして道長の快復を願った。そのお陰か、どうにか死を免れた道長は辞表を撤回し、自宅である土御門殿で療養しながら、病床から国政を指揮した。
同年四月二日、ようやく道長が内裏へ復帰したと思ったら、それと入れ替わるように、今度は若手のホープである藤原行成が倒れた。行成だけでなく、多くの公卿がこの時期に体調を崩し、職務を休んでいる。
同年初夏、出産が近くなった元子は里帰りした。晴れがましい表情で承香殿を後にする元子の行列を、義子付きの女房たちは弘徽殿の御簾の内側にへばり付いて、悔しそうな表情で見物していた。彼女たちに押されて御簾が外側に膨らんでいる。それを見た元子付き女房の一人が
「簾だってあのように膨らんでいるのに、どうしてあちら様のお腹は膨らまないのでしょうね?」
と嘲笑うと、周囲の女房たちが弘徽殿の方を向いてどっと笑った。
「あいつら、いつか殺してやる」
義子付きの女房たちはそう言って悔し涙を流した。
同年七月五日、一度は快復したはずの道長が再び疫病に感染し、病床に伏した。今度という今度はいよいよ俺もお陀仏か・・・そう観念した道長は再び辞表を提出したが、一条天皇は受理しなかった。今回も倒れたのは道長だけではなかった。道長の腹違いの兄で知恵遅れの大納言・藤原道綱を初め多くの貴族がバタバタと病に倒れ、朝廷の主要メンバーがごっそり亡くなった長徳元(995)年の再来かと恐れられた。あまりにも多くの貴族が病欠した為、七月十四日には内裏が封鎖された程だった。
内裏が封鎖された翌日、行成も再び感染し、はらわたが引き摺り出されるような苦しみを味わった。行成の症状は比較的軽い方だったが、それでも快復するまでに一ヶ月かかっている。症状の重い者は全員死んだ。都のいたる処に死体がゴロゴロ転がっている惨状だった。
八月の終わりになると、ようやく疫病も終息し始めた。道長も生まれ持っての悪運の強さで、どうにか命を持ちこたえた。
ちょうど里帰りした元子が出産する時期を迎えた。だが、臨月を過ぎても、元子には一向に出産の兆候が表れなかった。
「ん? どうゆうこと、これは?」
おかしいと思った父親の藤原顕光は加持祈祷に熱を入れたが、さっぱり効果が無かった。焦った顕光は、元子を広隆寺へ連れて行った。広隆寺は太秦にある古刹で、国宝彫刻の部第一号である弥勒菩薩半跏思惟像が安置してある事で有名である。このような由緒ある古いお寺なら必ずや仏の加護が得られて、すんなり出産できるだろう、そう顕光は考えたのである。
果たして顕光の思惑通り、元子は広隆寺の堂内で産気づいた。ケガレを嫌う僧たちは堂内での出産に難色を示したが、そんな事を構っていられる場合ではなかった。
「がんばれよ、もう一息だ! それゆけ、元子! けっぱれ、元子!」
顕光は必死に元子を励ましながら、ただひたすら皇子誕生の時を待った。遂に出産の時が来た。しかし、元子のお腹から出て来たのは大量の水だけだった。水がぜんぶ出尽くしてしまうと、膨らんでいたお腹はぺっちゃんこになった。出血がまったく無かったので流産ではなかったらしい。おそらく想像妊娠の類いだったと思われる。
(わしは悪い夢を見ていたのか?)
あまりにも想定外の出来事が起きたので、顕光はしばらく現実を受け入れられなかった。やがて顕光がいやいや現実を受け入れた時、猛烈な絶望感と悲しみが襲ってきた。顕光は天を仰ぎ、間抜け面をくちゃくちゃに歪めて、泣きながら咆哮した。
「なぜ天はわしをいじめるんだ? わしに何の恨みがあるというんだ?」
泣いている顕光の傍らでは、申し訳なさそうに身を縮めた元子が、しくしく泣いていた。水を産んだという奇談は恰好のゴシップネタとなり、顕光と元子は世間の笑い者になった。あまりのショックで精神を病んだ元子は内裏へは戻らず、実家に引き籠った。
元子が子供を産まなかったという報告を聞いた病み上がりの道長は内心ホッとしたが、依然として油断の出来ない状況が続いているのに変わりはなかった。元子は消えたが、まだ義子が残っている。《職御曹司》には定子がいる。そのうえ二月には、亡き道兼の側室で、一条天皇の乳母だった繁子が、娘の尊子(暗部屋女御)を強引に入内させた。道長の長女、彰子はまだ十一歳。幼い彰子が入内して皇子を産む前に、他の姫たちが子供を産まないなどという事は、とうてい考えられなかった。奇跡でも起きない限り、この先わしに未来は無い、というのが道長の偽らざる気持ちだった。
その道長だが、二度の大病から奇跡の復活を果たしたものの、まだ体力に自信が無く、精神的にも気弱になっていて、もし今なんらかの動乱が起きた場合、自分には軍を率いて鎮圧する気力は残っていないと自覚していた。かと言って子飼いの斉信は優秀だが所詮は武官でなく文官だし、行成はそもそも病気で使いものにならない。こうなると道長には、この非常時に自分の代わりを託せる男は一人しか思い浮かばなかった。隆家である。
自分が没落させた政敵側の人間を抜擢するというのは、まず常識では考えられない話である。これがもし伊周だったら絶対にそんな人選はおこなわなかったであろう。しかし、ここが道長と伊周の器の大きさの違いというか、政治家としての力量の差である。もともと道長はそういう懐の深さを持ち合わせていた。腹心である斉信の父は右大臣・藤原為光だが、道長が若い頃、賀茂祭を見物に出掛けた際、道綱と同乗していた牛車がうっかり為光の車の前を横切った事があった。すぐさま道長は為光の従者たちから「無礼者!」とボコボコにされたが、それでも過去の恨みなんかどこへやら、優秀な人材ならば平気で斉信を重用している。このように道長は、個人的な感情に囚われず、あくまでも能力優先で人選した。現在の国家の危機に対処できる人間が隆家しかいないのなら、政敵だろうと親の仇だろうと女房を寝盗った間男だろうと、とにかく使える人材は誰であろうと有効利用するというのが道長のポリシーだった。
道長は土御門殿に隆家を呼び出した。無位無冠の隆家はたった一人で堂々とやって来た。もしこれが罠なら隆家は邸内で暗殺されるであろう。しかし、そんな事を恐れる隆家ではなかった。罠にかかって殺されたとしても、その時は道長を道連れにしてやる肚づもりだった。
謁見の間で隆家が待っていると、道長がゆっくりと入室してきた。二度も死の淵を彷徨う大病に罹ったせいで、げっそり痩せている。しんどそうに上座に腰を下ろした道長は、隆家の顔をじっと見据えて話し始めた。
「隆家、おまえがわしを恨んでいるのは、よく分かっている。おまえと伊周の左遷は、このわしの差し金だと思うてな。しかし、わしはただ宣旨に従っただけだ。そこはまず理解してもらいたい」
話を聞きながら隆家は
(ちっ、何を言ってやがるんだ、こいつは。今更そんな事どうでもいいだろうが)
とイラついたが、黙って道長に話をさせていた。
「その上で言うが、今は国家存亡の危機である。疫病で大勢の人が死に、人心は荒廃し、海には海賊どもが跋扈している。先日も鴨川の堤防が決壊して大きな被害が出た。再びこのような緊急事態が生じたら、それこそどうなるか予想もつかない。そういうわけだから、過去の恨みはいったん横に置いて、今はわしに協力して欲しい」
そう言われても当然ながら隆家には何の事やらさっぱり分からなかったので、さらにイラついてこう尋ねた。
「なぁ、協力して欲しいって言うけど、具体的には俺に何をして欲しいんだよ? はっきり言わないと協力のしようがないだろうが」
「兵部卿になって治安維持の仕事に就いてもらいたい」
「なに? 兵部卿?」
兵部卿と聞いて、さすがに隆家は驚いた。
「おいおい、朝廷の軍事力を俺に預けるつもりかよ?」
「そうだ。おまえに軍事を任せる。治安を乱す不埒者がいたら、ただちに軍を率いて鎮圧して欲しい」
「なぜ俺なんだ?」
隆家にそう問われた道長は逆に訊き返した。
「他に適任者がいるか?」
隆家はニヤリと笑った。
「いないね」
「それなら話は決まりだな。頼んだぞ、隆家」
それだけ言うと、道長はしんどそうに立ち上がり、奥の部屋へ引っ込んでいった。
帰宅して兵部卿になった事を報告すると、房子は素直に喜んだ。
「良かったわね、隆家。あなたの得意分野じゃないの」
「まあな」
「でも、よく道長さまがあなたを抜擢したわね。普通ではありえない人事よね」
「ああ、道長を見直したな。悔しいけど、あいつは俺や兄貴より人間が一枚も二枚も上だった。デカかった。我が家は滅びるべくして滅びたのかもしれないな・・・」
長徳四(998)年十月二十三日、隆家が正式に兵部卿に就任すると、朝廷の誰もが予想外の人事に驚いたが、現在の危機的状況を考えれば、これもやむなしだなと納得した。
同年十二月二十六日、さっそく隆家の出番がやって来た。伊勢国で平維衡と平致頼の軍勢が衝突し、戦闘状態に入ったというのである。これを放置しておけば戦乱の火の粉が全国に飛び火する恐れがあった。隆家はただちに軍勢を揃え、維衡と致頼に対して都への召還命令を発した。事実上の最後通告である。
隆家から届いた召還命令書に目を通した維衡と致頼は
「えええ? マジかよ? あの《さがな者》が攻めて来るのか?」
と完全にビビッてしまい、二人はすぐさま戦闘を止め、おとなしく朝廷に出頭してきた。
騒乱は無事に鎮圧されたが、隆家はいささか不満だった。
「なんだ、もう終わりかよ。ひと暴れしてやろうと思っていたのにさ。つまんねえの」




