表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さがな者隆家  作者: ふじまる
27/53

第27章 金策

 隆家は房子ふさこと激しく何度も愛し合った、会えなかった時間を埋め合わせるかのように。

「会いたかったよ、房子」

 行為の最中に何度も隆家がそう呟くものだから、最後には房子が笑いだした。隆家はムッとした。

「何が可笑しいんだよ?」

「だって隆家があんまりしつこくわたしの名前を呼ぶんだもの」

「俺たちは一年ぶりの再会なんだぞ。一年も会えなかったんだぞ。そんな俺の寂しかった心を分かってくれても良さそうなもんじゃねえか?」

「でも、向こうでは他の女と遊んでいたんでしょ?」

 房子にズバリとそう指摘され、隆家はグッと言葉に詰まった。

「・・・それは男の生理現象だから仕方ない・・・だろうが・・・」

「バカね。こういう時はウソでも他の女には指一本触れませんでしたと言うのよ」

 房子はそう言ってプイっと横を向いた。隆家はうらめしそうな顔で房子の白い背中を眺めた。

「だいたい房子は冷たいんだよな。俺が書いた手紙にも滅多に返事をくれなかったしさ」

「そんなにしょっちゅう書く事が無いもの」

「なぁ、なぁ、俺の事が好きじゃねえのかよ?」

 隆家は甘えた声を出しながら房子へにじり寄ってゆき、体に抱きついた。

「んもう、甘えん坊さんなのね」

 二人は再び深く愛し合った。何度めかの行為が済んで、ようやく隆家が満腹状態になったところで、房子が軍師の顔になって尋ねた。

「で、これからどうするつもりなの?」

「とりあえずは金集めだ。姉上が参内するのに必要なものを買い揃えなくちゃならないからな」

「中宮さまは、また宮中に戻れるのかしら?」

「それはまだ分からない。だけど、今回、陛下に子供を見せに行けるのは確かだ。その時、姉上に恥をかかせぬよう思いっきり奮発しなくちゃな」

「道長さまへの復讐はもういいの?」

「そいつは後回しだ。今は我が家を再興するのが先決さ」

「それが賢明ね。ところで、お兄さまはまだ戻って来ないの?」

「そのうち戻って来るだろう。だが、どのみち兄貴は頼りにならないからな。風の噂では頭が少々おかしくなっているとも聞くしさ」

「あの人は元々おかしかったんじゃないの? ま、いずれにせよ隆家は責任重大ね」

 房子がそう言って微笑んだ。

「そうさ、頼りになるのは俺ひとりさ。俺が頑張らなくちゃな」

「大丈夫よ、隆家。こちらには何といっても陛下最愛の中宮さまがいるんだもの。中宮さまが男の子を産みさえすれば、現在の劣勢なんかいくらでも挽回できるわ。家の再興だって望みのままよ」

「その為にも今度の参内は絶対に成功させないとな」

 翌日からさっそく隆家は金集めに奔走した。

 隆家が金策に駆けずり回っていた十六日の夜、花山かざん法皇の屋敷の門前を通った牛車が多数の投石による攻撃を受けるという事件が起きた。牛車に乗っていたのは藤原斉信ふじわらのただのぶ藤原公任ふじわらのきんとうだった。藤原為光の四女・儼子たけこを自分に娶せたのは中関白家を陥れる為であり、自分はうまく利用されたのだと知った花山法皇は、陰謀の片割れである斉信に仕返しをしたのである。

 命からがら逃げ帰った斉信は道長に報告した。もはや用済みとなった花山法皇に道長は容赦しなかった。翌日、蜜柑に紐を通して作った数珠で派手に飾られた牛車に乗った花山法皇が、いつもの我がもの顔で加茂祭を見学しに出掛けると、とつぜん検非違使の実働部隊《放免》に襲われた。頼みの綱である頼勢らいせいが不意打ちで真っ先に頭を矢で射貫かれて殺害されたので、法皇側は総崩れになった。逃げ帰った屋敷も《放免》たちに包囲され、仕方なく花山法皇は道長に降伏した。面目を失った花山法皇は、この後、表舞台から姿を消す事になる。

 頼勢の死を知った隆家は、往時の好敵手を思い、

「そうか、頼勢がなぁ・・・あの《高帽》頼勢がなぁ・・・」

 としんみり呟いたが、隆家にはのんびり感傷に浸っている時間的余裕はなかった。すぐさま気持ちを入れ替えて金策に専念した。その隆家の金集めだが、落ち目の中関白家に資金を提供しようとする殊勝な者はなかなか見つからなかった。それでも腐らずに根気強く頼んで回ると、隆家の実直な人柄を見込んで金が集まり始め、最後には赴任先だった但馬国の荘園から大量の絹の寄進を受けて、ようやく参内の準備が整った。定子は隆家の苦労に礼を言った。

「ありがとう、隆家。わたしと脩子ながこの為に骨を折ってくれて」

「姉上が幸せになる為なら、私はどのような苦労も厭いません」

「お陰さまで気遅れせずに参内できるわ」

「誰が何と言おうと中宮さまと内親王さまである事に間違いはないのですから堂々と参内してください」

「でも、わたしは出家した身だから・・・」

「しっかりしてください、姉上。姉上の出家は無かったのです。そんな事実は初めから無かったのです。無効なのです。存在しなかったのです。それをお忘れになさらないでください」

 隆家は都へ帰還した時から、正式な受戒を受けていない以上、定子の出家は未遂であり、出家は完成しておらず、依然として定子は中宮のままであると主張し続けていた。隆家としてはそう主張するより他に道はなかった。しかし、世間の意見の多くは必ずしもそうでなく、それを知っている定子には心に忸怩たるものがあったが、自分の為に奮闘してくれている隆家の姿を見ると何も言えず、成り行きに任せる他ない状態だった。

「・・・いずれにせよ、隆家の苦労に報いる為にも、わたしがしっかりしなくちゃね」

「そうですよ、姉上。気を強くお持ちください」

 六月の初めになると清少納言が定子のもとへ戻ってきた。先に書いたように定子は清少納言の再出仕を喜んだが、それは隆家も同じだった。と言うか、定子以上に隆家の方が喜んでいた。なぜなら、隆家が今いちばん必要だと思っていたのは、定子を精神的に支えてくれる側近だったからである。

「やっぱり姉上のそばには諾子なぎこさんがいてくれなくては困りますよ」

 隆家はそう言って豪快に笑った。清少納言も詫びて微笑んだ。

「色々とご心配をかけて申し訳ありませんでした」

 これで役者が揃った。いざ出陣だ。ここから我が家の巻き返しが始まるぞ。大返しだ・・・隆家は大声でそう叫びたい気分だった。

 長徳三(997)年の六月二十一日、遂に定子は脩子を連れて参内した。隆家が金策に奔走してくれたお陰で少しも落ちぶれた感のしない堂々たる晴れ姿だった。定子のすぐ後ろには脩子を抱いた乳母と清少納言が付き添っていた。さらには貴子が亡くなった後、定子のそばにいて身の周りの世話をしていた、一般的には《御匣殿みくしげどの》という呼び名で知られている末妹の幸子さちこも同行した(これ以降は彼女を御匣殿と表記する事にする)。御匣殿はこのとき十二歳で、定子に瓜二つの美少女だった。しかしながら性格は定子の真逆であり、おとなしくて無口で人見知りだった。内気で寡黙な御匣殿にどう接して良いかよく分からない隆家は少々この妹を苦手にしていた。その隆家は、定子の参内を実現した立役者でありながら、自分自身は参内できる身分ではなくなっていたので、残念ながら今回はお供できなかった。

 清涼殿せいりょうでんでは詮子あきこが定子の到着を今や遅しと待ち詫びていた。定子一行が入室するや、詮子は待っていましたとばかりに乳母から脩子を抱き取り、自ら赤ちゃん言葉であやし始めた。完全におばあちゃんの顔になっていた。

「脩子ちゃん、婆でちゅよ。良い子にしていまちたか?」

 初孫との再会が嬉しくてたまらないらしく、目から涙を流しながら詮子は「べろべろばぁ」をしたりして脩子をあやしていた。脩子がキャッキャと笑うと、詮子は定子の方を向いてこう言った。

「本当に可愛い子だよ、脩子は」

「ありがとうございます」

 定子はそう礼を述べてお辞儀した。

「熱を出したりしないかい、脩子は?」

「お陰さまで病気もせず、すくすくと育っております」

「それは良い。なにしろ脩子は懐仁やすひとの初めての子供で、わたしの初孫だからねぇ。丈夫に育ってもらわないとねぇ」

 詮子と定子がそんな会話をしているところへ、どかどかと慌てた様子で一条天皇が入室してきた。そして定子の顔をひと目見るなり「定子!」と叫んで駆け寄り、両手を取って

「よく戻ってきてくれた。よく戻ってきてくれた。嬉しいぞ。本当に嬉しいぞ」

 そう言うと感極まって泣きだした。定子も「陛下・・・」それだけ言うと後は言葉が続かず、やはり泣いた。お付きの乳母と清少納言も、その他の侍女たちも、とにかく詮子を除いた全員が二人の姿にもらい泣きした。

 一条天皇と定子がひとしきり泣いたところで詮子が声をかけた。

「懐仁、おまえの娘の脩子だよ。顔を見ておあげ」

 詮子の言葉にハッとした一条天皇は「おお、脩子、脩子」そう言いながら詮子の腕に抱かれている脩子の顔を覗き込んだ。脩子は一条天皇の方を見ながら無邪気に微笑んでいる。

「可愛いなぁ。脩子、父だよ。分かるかい? お父さんだよ」

 脩子の小さくて可愛い顔を見ると、一条天皇は再びボロボロ泣き始め、定子の方に振り向いて

「ありがとう、定子。こんなに可愛い子を産んでくれて」

 と何度も礼を述べた。そして当然のようにこう尋ねた。

「今夜はわたしのところに泊まってくれるのだろうね?」

 定子は口ごもった。当初の予定では一条天皇に脩子を見せたら小二条殿へ帰るつもりだった。自分は出家した身だから宮中にはいられないと考えていたのである。しかし、一条天皇は定子にそばにいて欲しいと懇願し、脩子を抱いている詮子に向かっても、

「構わないですよね、母上?」

 と念の為お伺いを立てた。脩子の可愛らしさに骨抜きになっていた詮子は特に反対する様子もなく、

「お前の好きにすれば良いがな」

 とあっさり承知した。それを聞いて清少納言がすかさず

「中宮さまは、今夜、陛下の寝所にお泊りになります。ただちにその準備をするように」

 と侍女たちに命じた。こうして周囲の人間に上手く外堀を埋められた定子は、一条天皇と一年数か月ぶりに一夜を共にした。こうなるともう一条天皇は定子を離そうとはせず、翌二十二日、定子を《職御曹司しきのみぞうし》と呼ばれる内裏の東北に位置した建物に入れた。定子が一条天皇と一夜を共にし、その後、脩子を連れて《職御曹司》に入ったという報告を受けた隆家は、自分の思惑通りに事が運んだのを大喜びし、天に向かって「ぃよっしゃ!」と叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ