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さがな者隆家  作者: ふじまる
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第23章 長徳の変

 実資さねすけによる捜査が始まったが、当初、中関白家側は知らぬ存ぜぬを決め込み、花山法皇側もあいまいな態度に終始していた。花山法皇としては、伊周これちかと隆家が憎いのは山々だが、そうかといって自分の女通いが公けにされても困るので、今回の騒動は無かった事にする肚づもりでいた。伊周と隆家もそうなるだろうと楽観視していた。

 だが、そんな甘っちょろい結末を道長が許すわけがない。中関白家を追い落とすべく道長が張り巡らしていた蜘蛛の糸は完璧だった。そもそも花山法皇に為光ためみつの四女を斡旋したのは道長であり、女通いの証拠はたっぷり握っている。その道長から「黙って協力すれば悪いようにはしない」と囁かれれば、もはや花山法皇には従うしか他に道は無かった。花山法皇の証言を得た検非違使は伊周の三条通りにある別宅を家宅捜索し、そこから一貴族が個人で所有するには不釣り合いなほど大量の武器を発見して押収した。すべて伊周が己れの《軍隊ごっこ》の為に買い揃えた武器である。

 伊周と隆家は、二条殿にじょうどの内で、容疑が晴れるまで、とりあえず謹慎する事になった。

 この混乱した状況の中、定子は初めての子供を身籠った。出産の準備の為、定子も登華殿とうかでんを出て、再建されたばかりの二条殿へ戻ってきた。

 三月、少し前から詮子あきこは病床にあったので、何者かの呪いのせいではないかという疑いが生じ、調査してみたところ伊周と高階成忠たかしなのなりただによる呪詛が原因であると判明した。そのうえ二人は、道長を失脚させるべく、天皇家にしか許されていない《大元帥法だいげんすいほう》という秘法を使っていた事までもが発覚した。事ここに至り、さすがの一条天皇も伊周と隆家を庇いきれなくなった。

「中宮はいま懐妊中だし、処分はもう少し待てないか・・・」

 無理とは思いつつ一縷の望みを抱きながら一条天皇は会議の席上でそう懇願してみたが、道長は毅然とした態度で「できません」と答えた。他の参議も道長に同調した。

「畏れながら、これは天皇家、すなわち国家に対する明白な反逆行為であります。これを放置しておけば陛下のご政道が成り立ちません。ただちに処分のお許しをください」

「伊周と隆家の処分の具体的な中身はどうなるのだ? まさか死罪とかそういう事はあるまいな?」

「仮にも相手は大納言と中納言ですからね。罪を犯したとはいえ、一般の犯罪者のようには裁けませんでしょうな」

 と、道長は微笑した。その言葉を聞いて一条天皇はホッとした。

「ただし都に留まる事は許されません。伊周どのは大宰権帥、隆家どのは出雲権帥となり、それぞれ九州と出雲へ赴任して頂くのが妥当かと存じます」

「流罪か・・・」

「流罪ではございません。地方を統括する役所の長官に就任して頂くのです」

「実質的には同じ事ではないか」

 そう言って一条天皇は顔をそむけた。

 その頃、二条殿内では、謹慎中の伊周と隆家が、日に日に自分たちの立場が悪くなりつつあるのを感じていた。不安を募らせた伊周は、それまでの威勢の良さはどこへやら、すっかり震え上がってしまい、隆家に向かって涙目で一日に何度も

「俺たちは一体どうなるのだろうね?」

 と尋ねた。伊周と違って度胸のある隆家が、

「こうなったらもうなるようにしかならないでしょう。男らしく覚悟を決めてくださいよ」

 そう答えると、伊周は絶望してメソメソ泣き出す始末だった。そんな伊周の情けない姿を横目で眺めながら隆家は独り思った。

(いまさら泣いたって、どうしようもねえじゃないか。弱虫のくせに調子に乗ってイキがるから、こんな事になるんだ。まったく情けない兄貴だぜ。それに比べて・・・道長め、やるな・・・花山院をおとりにして仕掛けてくるとは・・・そんな手が・・・すっかり油断していた・・・房子ふさこの忠告をもっと真剣に聞いておけば良かったな・・・今回はまんまと奴の罠にハメられてしまった・・・)

 伊周が頼りに出来るのは、もはや母親の貴子たかこと、出産の為に里帰りしている妹の定子だけだった。危機的状況下にあっても貴子は、元関白の妻としてのプライドを持って気丈に振る舞っていたし、定子も中宮として堂々としていた。みっともなく泣いているのは、道長に次ぐ政界のナンバー2であるはずの伊周だけだった。

 四月二十四日、二条殿は異様な風体の男たちに包囲された。検非違使庁の実動部隊《放免ほうめん》である。《放免》たちは門前で

「伊周を出せ!」

「隆家を出せ!」

 と口々に叫んでいる。騒動を聞きつけて野次馬たちが続々と集まり、辺り一帯は物々しい雰囲気に包まれた。

 二条殿内では動揺した家来や侍女たちが右往左往していたが、肝心のボスである伊周が部屋の隅で泣いてばかりいたので、どういう態度に出るか決めかねていた。家来の中で一番の武闘派である平致光たいらのむねみつは「《放免》と一戦交えましょう」と主張したが、そんな事をしたら道長の思う壺であり、ますます状況が悪くなるのは明らかなので、隆家は伊周に声を掛けた。

「兄貴、これ以上、家の者に迷惑はかけられないから、二人一緒に出て行こうぜ」

 しかし、伊周はその提案を拒否した。

「嫌だ。あんな下郎どもに捕まったら何をされるか分からない」

「そりゃ何発か殴られたり蹴られたりするかもしれないけど、殺されはしねえよ」

「嫌だ。殺される。怖い。怖い」

 伊周はそう言って泣くばかりなので、やむなく隆家が

「では、俺ひとりで出ていくわ」

 そう言って腰を上げかけたところ、定子が止めた。

「お待ちなさい。いきなり隆家が一人で出て行くのは、やっぱり危険が大きすぎるわ」

 子供たちのやりとりを無言のままじっと聞いていた母親の貴子がここで初めて口を開き、定子に同意した。

「定子の言う通り。もう少し様子を見た方が良いわね」

「しかし、俺か兄貴が出て行かないと、逆にあいつらが家の中へ押し入って来ますよ」

 隆家がそう言うと、貴子がスッと立ち上がった、

「それならまずわたしが話を聞いて参りましょう」

 屋敷の門が重々しい音を立てて開き、貴子が一人で現れた。《放免》たちは貴子の発する威厳に気遅れし、ザザッと後ずさりした。《放免》の後ろから彼らを掻き分けて検非違使庁の長官である藤原実資ふじわらのさねすけが大急ぎで前へ飛び出して来た。

「奥方さま、お騒がせして申し訳ありません」

「何事ですか、この騒ぎは?」

 貴子はそう言って旧知の実資を鋭く睨みつけた。

「陛下の宣命をお伝えしに参上いたしました。ただいまから宣命使せんみょうしに読み上げさせますので謹んでお聞きください」

 宣命使が読み上げた内容は次の通りである。

「花山院殺人未遂、東三条院さまへの呪詛、大元帥法の私的利用、以上三つの行い不届き至極により、内大臣・伊周を大宰権帥、中納言・隆家を出雲権帥に任ずる。すみやかに都を出て現地へ赴任せよ」

 貴子はうつむいたままじっと聞いていたが、宣命の読み上げが終わると無表情な顔で、

「二人はいま病気療養中ですので、体調が回復いたしましたら現地へ向かわせます。陛下にそうお伝えください」

 と返答した。人格者の実資は粘り強く説得をし始めた。

「奥方さま。ご不満はおありでしょうが、陛下のご裁断が下った以上、潔くそれに従うのがわれわれ臣下の務めですぞ」

「病気なのですから仕方ありませんでしょう?」

「それなら私に伊周どのと隆家どのの病状を確かめさせてください」

「お断り致します。二人は面会謝絶です」

「それではこちらも納得いたしかねます」

「とにかく当方の返答は以上です。今日のところはお引き取りください」

 貴子は毅然たる態度でそう言いきって屋敷内へ戻り、門が固く閉じられた。仕方なく実資はいったん役所へ戻った。

 この日から毎日、伊周と隆家の出頭を促す勅使がやって来たが、中関白家では病気を理由に拒絶し続けた。しびれを切らした道長は強制捜査の実施を一条天皇に進言した。つまり屋敷内へ踏み込むというわけである。

「しかし、中には身重の中宮がいるのであろう・・・」

 一条天皇は躊躇ったが、道長に

「それでは陛下は、ご自身の身内については不正を容認するご所存ですか?」

 こう詰め寄られ、やむなく承知した。

 五月一日早朝、《放免》たちは再び二条殿を包囲した。

「捜索始め!」

 実資の号令と共に《放免》たちは門を破壊して一斉に屋敷内へ突入し、伊周と隆家を探して壁や天井を片っ端からひっぺがし始めた。家を壊す騒音、男たちの叫び声、侍女たちの悲鳴が響き渡り、屋敷内はたちまち大混乱に陥った。捜索は中宮である定子の部屋にまで及んだので、定子は人前に姿を晒さぬよう牛車に乗せられて脱出した。この騒動の中、貴子は

「下郎どもが無礼であろうが! 下がれ! 出てゆけ!」

 そう叫びながら勇敢にも《放免》に立ち向かっていったが、「ババァ、邪魔だよ」とまったく相手にされなかったばかりか、興奮しすぎて意識を失い、その場に倒れ込んだ。すると隆家が

「もうやめろ! 俺はここにいる!」

 そう叫びながら物陰から飛び出してきて貴子を抱きかかえた。

「母上、しっかりしてください」

 隆家がそう声をかけると、貴子は隆家の腕の中で

「ああ、隆家、隆家・・・」

 そう呟きながら涙をぽろぽろ流した。隆家は近くにいた家来に命じて牛車をもう一台用意させ、それに意識が朦朧となった貴子を世話係の侍女と共に乗せ、屋敷の外へ脱出させた。貴子が無事に避難したのを見届けると、隆家は埃まみれの姿で実資の前へ進み出た。隆家と実資は旧知の間柄で、二人は互いの男気を認め合っていた。

「俺の負けだ。さぁ連行しろ」

「内大臣どのはどちらですか?」

 実資にそう問われると、隆家は少し恥じ入るように

「家の中にはいねえよ。一昨日の夜、一人でどこかへ姿をくらましちまった」

 と答えた。実資は隆家が嘘をつく男ではないと知っていたので、《放免》たちに家宅捜索の終了を命じた。

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