第14章 競射大会
清涼殿の北側には、恐ろしい荒海の風景や、妖怪、謎の生物の絵が描かれた襖があり、地獄絵の描かれた屏風も置いてあった。そんな不気味な物を密かに運ばせては、何も知らずに見た女房たちがビックリして悲鳴を上げるのを、物陰からこっそり観察してキャッキャと大喜びする、そういう子供っぽい悪戯を定子はよくおこなっていた。また、伊周がやって来ると、平気で二人して板の間にべたっとしゃがみ込み、くつろいだ様子で大好きな文学談義に花を咲かせる事がしょっちゅうあった。このように形式張るのが嫌いで、いつも自由気ままな定子だったが、それでも一条天皇が現れると急いで居住まいを正し、清少納言たちと真面目に文学の話をしているふりをして、賢妻ぶりをアピールする健気な一面もあった。
伊周は、いかにも貴公子然とした華やかな出で立ちをし、まるで自分の家であるかのように慣れた態度で、しょっちゅう登華殿(梅壺)に顔を出しては定子と雑談したり、女房たちをからかったり、一条天皇相手に漢詩文の個人講義をしたりしていた。その姿は次世代の権力者であるという自信とプライドに満ち溢れていた。伊周の講義は熱が入りすぎて明け方まで続く事がしばしばあり、そういう場合、講義の途中でお付きの女房たちは一人減り、二人減りと次第にいなくなるのだが、定子と清少納言だけはいつも最後まで付き合っていた。それでも、さすがに清少納言も眠くなり、
「もうそろそろ夜明けですから・・・」
そう言って講義の終了時間到来を示唆すると、伊周は平気な顔で
「お、もう夜明けですか。時間がたつのは早いですね。いまさら眠りたくもないでしょうから、このまま講義を続けますね」
と答えるのであった。
(アチャー、余計な事を言っちゃったかしら、あたし)
そう清少納言が後悔しても後の祭り。自分の名講義に酔っている伊周に周りの空気が読めるはずがなく、ますます張り切って話を続ける有様だった。そうすると今度は一条天皇がついて行けなくなり、柱に寄りかかってウトウトと居眠りをし始めた。伊周は渋い表情で一条天皇の寝顔を眺めながら、定子に向かって
「あれをご覧ください。もう夜が明けたというのに、まだ寝ていらっしゃるとは・・・こんな体たらくでよろしいのでしょうか?」
と冗談を飛ばした。定子は笑いながら
「本当にそうですわね」
と答えた。その時、定子の愛犬・翁丸を恐ろしがった鶏が庭先で大きく鳴いた。一条天皇が
「ん? 何事だ?」
と目を醒ますや、すかさず伊周が『和漢朗詠集』の中の詩句を声高らかに朗詠した。
「声、明王の眠りを驚かす」
それがあまりにもその場の状況にピッタリだったので、清少納言を始め、その場にいた者が讃嘆した。このように伊周は漢詩文に精通しており、適切な場で適切な詩句を引用するのが、とても上手かった。
こういう例は他にもたくさんあって、たとえばある雨の日、暇を持て余した殿上人数人が、定子の前で楽器の演奏を披露した事があった。中でも左大臣・源重信の息子で、琵琶の名手と評判だった道方の演奏が最も見事だった。定子は演奏者たちに顔が見えそうになると、《無名》と名づけた愛用の琵琶を立て、お茶目に顔を隠していた。この時も道方の演奏が終わった瞬間、同席していた伊周が、
「琵琶、声やんで、物語せむとする事おそし」
と白楽天『琵琶行』の一節をビシッと吟唱したものだから、その場にいた全員から称賛された。
また、ある日の深夜、定子が一条天皇の寝室へ行った為、朝まで用の無くなった清少納言が自分の部屋へ戻って休もうとしたところ、ちょうど伊周と出くわして
「私が部屋まで送りましょう」
そう声をかけられた事があった。月の明るい夜だったので足元が見え難く無いのに、それでも元々ドジな上に伊周に送ってもらって緊張していた清少納言は、歩きながら何度も伊周の指貫の裾を踏んでしまった。それで伊周から叱られるかと思いきや、逆に
「おっと、転ばないでくださいね」
と優しく心配されたので清少納言はドキドキが止まらなくなり、
(まだお若いのに何て素敵な紳士なのだろう)
と感激していたところ、この時も伊周が
「遊子なお残りの月に行く」
と『和漢朗詠集』の中の詩句をドンピシャリな感じで見事に吟じてみせたので、思わず清少納言が
「いつもお見事です。こんな事がスイスイ出来るのは大納言さましかおりませんわ。ホント素晴らしいです」
そう激賞したところ、伊周は照れて謙遜した。
「これくらいの事でそんなに感心なさらないでください。たいした事ではありませんから」
このように文系の教養や才覚に関しては申し分のない伊周であったが、肉体がものを言う体育会系の武術や運動は苦手だった。
一方、伊周の父親である関白・道隆は相変わらず陽気で、定子に仕える女房たちに向かって
「この年寄りをそんなに笑わないでくださいよ」
などと冗談を飛ばす剽軽な面が多々あったが、それでも時間の経過と共に関白に相応しい威厳が備わり、大納言である伊周が自らの手で道隆に沓を履かせる姿を見た人々は、
「さすがは関白。貫禄が違う」
と褒め讃えた程であった。だが、以前と比べてげっそり痩せているのは誰の目にも明らかで、陰では重病説が囁かれていた。道隆自身も、日に日に悪化していく体調に、自分が父・兼家と同じ道を歩みつつあるのをどうしても意識せざるを得なくなった。そこで兼家同様、最悪の場合に備えて、自分の息子を後継者の位置に据えておこうと考えた。
正暦五(994)年八月二十八日、道隆は弟の内大臣・道兼を右大臣にした上で、空席になった内大臣に、次の順番を待っていた末弟の道長を差し置き、長男の伊周を任命した。
当然、この人事は詮子を始め朝廷の古株たちの反撥を喰ったが、道隆は関白の権威を笠に着て強引に押し切った。道隆にはそうするより外に道が無かった。いま伊周の地位を無理にでも引き上げておかないと、自分にもしもの事があった場合、伊周に関白職を譲る事が出来なくなる・・・そんな切羽詰まった思いから道隆はゴリ押し人事に走ったのである。もっとも、道隆の親心など知る由も無い脳天気な伊周は、優秀な自分が高い役職に就くのは当然であり、今回の人事も自分の人並み優れた能力の結果だ、と己惚れていたが・・・
年下の若造に先を越された道長は、内心では腹わたが煮えくり返っていたのだろうが、そこは大人の対応で表面上は何事も無かったかのように平然と構えていた。詮子から
「今は我慢するのよ、道長。このうらみはきっとわたしが晴らしてあげるからね」
そう慰められた時も、道長はただ静かに微笑んでいた。
伊周の内大臣就任を祝い、二条殿で弓の競射大会が開催された。多くの貴族が参加したが、たぶん機嫌を損ねているはずの道長は参加しないだろうというのが大方の予想だった。ところが、その道長が平気な顔をしてやって来たものだから参加者たちは一様に驚き、心の中にやましい思いがある主催者の道隆は、道長を見た途端すぐに駆け寄って行き、ガバッと抱擁し、目から涙を流しながら
「おお、道長、よく来てくれた。わしは嬉しいぞ。本当に嬉しいぞ」
と感謝した程だった。さらに身分の高い順に矢を射るのがきまりなのにかかわらず、「ぜひ、ぜひ」と言いながら道隆は、伊周よりも先に道長に矢を射るよう勧めた。それほどの歓待ぶりだった。
かくして道長と伊周の競射対決が始まった。結果は二矢差で道長の勝利だった。周囲の人間は、道隆と伊周に気を遣い、もうひと勝負するよう勧めた。試合の審判を務めていた隆家が
「勝負はもうつきました」
といくら説明しても、お追従連中が何やかんやとうるさいので、道長は追加勝負を受ける事にした。
詮子の勧めで庇護している老陰陽師・安倍晴明が道長に同行していた。その晴明が道長に何やら耳打ちすると、道長はニヤッと笑って勝負に臨んだ。一勝負二矢ずつだから勝負はあと四矢である。
先攻の道長は、一矢目を放つ前、晴れ晴れとした笑顔で
「ただ勝負するのでは面白味に欠けますので、些か座興を付け加えましょう」
そう断ると天まで届けとばかりに大きな声で
「将来、道長の家から天皇、皇后が立つのなら、この矢よ、当たれ!」
と唱えて矢を放った。放たれた矢は見事に的の真ん中に命中した。しかし、喝采は起きなかった。参加者たちは道長の大胆な行動に息を飲み、しーんと静まり返っていた。道長は、そんな周りの空気を気にする様子はなく、澄まし顔で平然としていた。
次に矢を射る番の伊周は、もともと青白いインテリらしく運動神経が鈍い上に、道長の挑戦的な振る舞いにすっかり萎縮してしまい、弓を構える事すらおぼつかない有様で、ようやくへっぴり腰で構えてはみたものの、そんな状態でうまく矢を射れるはずがなく、力なく放たれた矢は的から大きく逸れていった。その光景を見ていた道隆の顔面は動揺のあまり蒼白だった。
二矢目を放つ前、道長はまたしても大きな声で、今度は何と
「将来、道長が摂政・関白になる運命なら、この矢よ、当たれ!」
と唱えた。ギュイーンと力強く放たれた矢は一直線に的の真ん中を貫き、勢い余って的をバラバラに破壊した。伊周の目には道長が恐ろしい魔王のように映っていた事であろう。その場はすっかり重い空気に包まれた。
(おのれ、道長の奴、やはり嫌がらせをしに来やがったのか)
道隆は歯ぎしりをして悔しがり、二矢目を準備していた呆然自失状態の伊周へ向かって大声で喚いた。
「何をしている! やめろ! 射るな! 大会はもう終わりだ!」
道長と晴明は勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべていた。
その時、突然
「まったく情けない!」
隆家がそう叫ぶと、忌々し気な表情でずんずん前へ進み出て、弓と三本の矢を乱暴に引っ掴むや、素早く連射した。矢は三本とも的の真ん中に命中した。人々は感嘆の声を上げた。しかし、隆家は弓を放り投げ、不機嫌そうな顔でもう一度
「まったく情けない!」
そう叫ぶと、そのまま競射会場を後にした。




