第12章 大法要
正暦五(994)年二月二十一日、遂に積善寺での法要の日がやってきた。清少納言は夜明け前から定子と自分の身支度に大わらわである。日が昇る前、女房たちは四人で一台の車に乗って出発した。伊周と隆家が名簿を読み上げながら順番に車へ乗せていくのだが、女房たちにすれば一人ずつ前へ進み出て人前に姿を晒すのがひどく恥ずかしく、すこぶる評判が悪かった。
(何て野暮なやり方なのかしら。他に方法はなかったの? わたしたちは見世物じゃないのよ、もっと細かく配慮してもらわないと困るわ。まったく関白家の男たちって気が利かないんだから。この野暮天どもめが!)
積善寺に到着すると、女房たちは一旦そのまま車の中で、東三条院と呼ばれる詮子と、中宮・定子が到着するまで待機しなければならない。道隆たちお偉いさん方は、すぐさま詮子を迎えに行く。
日が昇った後、車十五台からなる詮子の行列が寺の大門に現れた。先頭の詮子が乗る車は最上級の豪華な唐車で、続いて尼の乗る車が四台、最後に女房たちの乗る車が十台続いた。尼の乗る車の後部からは水晶の数珠や薄墨色の袈裟、女房の乗る車からは桜襲の唐衣や薄紫色の裳、紅色の衣などが見えて、たいへん優美である。詮子の乗る唐車の周りには、道隆、道兼、道長、道綱、伊周、隆家ら一族の男たちが総出で警護の為お供をしていた。
定子はなかなか現れない。清少納言たちが待ちかねていると、ようやく青裾濃の装束を身にまとった八人の采女が馬に乗って現れ、それに続いて定子の乗った御輿が寺の大門に入って来た。黄金で出来た水葱の花の飾りが屋根の最上部に付き、揺れないよう係の者が四方を綱で引っ張っている絢爛豪華な御輿である。定子の御輿が入場するや、大門の辺りでは高麗楽そして唐楽の演奏が始まり、獅子舞と狛犬舞が踊りだし、笛や太鼓が乱調子でかき鳴らされて、その場にいる誰もが、まるで生きたまま極楽浄土へ来たような、そんな幻想的な気分になった。定子の乗る御輿が通り過ぎると、待機していた女房たちの乗る車がその後ろに続き、華やかに飾り立てられた広い境内をゆっくりと進んで行った。
清少納言ら女房たちが車から降りて定子のいる桟敷へ向かう際、また出発の時と同じように伊周と隆家がやって来て人前に姿を晒しながら車から降ろそうとしたので、嫌がる女房たちと一悶着あったが、何とか無事に収まった。清少納言が桟敷の上段に座する定子のそばへ行くと、詮子に敬意を表して臣下が礼装上着用する裳と唐衣を身につけた定子が几帳の奥から出てきて、天真爛漫な笑顔で
「今日のわたし、どう?」
と尋ねた。この日の定子の素晴らしさをズバリ表現する適切な言葉が咄嗟に思い浮かばなかったので、清少納言は
「言葉にならないほど美しゅうございます」
と恭しく答えるのが精いっぱいだった。それくらい定子は光り輝いていた。
「何じゃ、そのありきたりな感想は」
と定子は呆れたが、すぐに話題を切り替えた。
「それよりも聞いてよ、諾子さん。わたしの到着が遅れたでしょう? なぜだと思う? 東三条院さまのお供の時に着て、いちど人に見られた下襲のままではみっともないと考えた道長叔父が、わざわざ別の下襲に着替えたから遅くなったのよ。信じられる?」
「それはまた可笑しな話ですね。誰も中宮大夫さまの下襲の事なんか気にしておりませんのに」
「でしょう? 我が叔父上ながら変な人よね、中宮大夫って」
そう言って定子は大笑いした。
中宮・定子のいる桟敷も、東三条院・詮子のいる桟敷も、共に豪華で贅沢な造りだった。その両方の桟敷を道隆は往復して、ご機嫌を取っていた。詮子の桟敷へは伊周もご機嫌伺いに行ったが、型通りの挨拶をしただけで何の愛嬌も振りまかなかった。エリート意識の強い伊周は、詮子の事を教養のかけらも無い時代遅れの婆さんであり、まともに相手すべき存在ではない、と内心バカにしていたからである。そして、言葉に出して言わずとも、その気持ちが伊周の態度から滲み出ていたので、以前から一条天皇を奪われたと思って恨んでいた詮子は、ますます伊周を憎むようになった。
隆家は警護時の武装した装束のまま不審人物がいないか周囲に鋭く目を光らせていたが、そこへ内大臣の道兼が目上風を吹かせながら馴れ馴れしい態度で近づいてきた。相変わらず陰鬱な顔つきである。
「しばらく見ないうちに随分と逞しくなったな、隆家。兄の伊周より体が大きいではないか」
「おそれいります、叔父上」
道兼のような陰気なタイプの人間が性に合わない隆家は、さっさと自分のそばからいなくなってもらおうとして思いっきり素っ気ない返事をしたが、粘着気質の道兼はなかなか離れようとしなかった。
「最近、よく暴れているんだって? ケンカ三昧か?」
平安貴族といえば、優雅に和歌を詠んだり、楽器を演奏したり、色恋に熱中したり、と軟弱なイメージがあるが、実際には自衛の名目で屋敷内に命知らずの荒くれ者を何十人も抱え込み、その者たちをけしかけては政敵の貴族を襲わせたり、他家と抗争したりする事が多々あった。道隆の屋敷にも同様にそういった荒くれ者を数十人抱えていたが、他家と違う点は御曹司の隆家がそれら荒くれ者の総大将であり、彼らと一緒になって方々で暴れ回っていたところである。《さがな者》隆家の悪名は都じゅうに轟いていた。
「いえ、それほどでもありません」
「いろいろと噂は聞いておるぞ。ま、悪評ばかりだけどな」
そう言って道兼が薄気味悪い声でケラケラ笑うと、隆家はますます鬱陶しい気分になった。
「それとも女遊びに忙しいか?」
一刻も早く道兼に消えてもらいたいので、隆家はこう話を振った。
「そういえば、このあいだ街中で花山院の一行と遭遇しましたよ」
「げっ? 花山院?」
花山法皇の名を聞くや、明らかに道兼は動揺した。
「で、どうなった? ケンカしたのか?」
「まさか」
「それじゃ何をしたのだ?」
「少々お話しさせて頂いただけですよ、穏やかに、もの静かに」
「どんな話をしたんだ? 花山院と」
「どんな話と言われても困るのですが、なにやら叔父上の事をひどく恨んでいらっしゃるみたいでしたよ。過去に何かあったのですか?」
「・・・」
「近々、叔父上の屋敷へ積もる話をしに出かけるとも・・・」
そこまで聞くと道兼は、元々悪い顔色をなお一層悪くして、隆家のそばからスーッと離れていった。隆家は心の中で「バーカ」と嘲笑った。
道隆が定子側の桟敷へ戻って来た。ひどく汗をかいて肩でゼイゼイ息をしている。
「大丈夫ですか、あなた?」
貴子が心配してそう尋ねると、道隆は水差しの水をグビグビと飲み干して
「心配するな。ちょっと息が切れただけだ」
と言った。その上で道隆が改めて桟敷を見渡すと、貴子も、娘たちも、さらには中宮である定子も裳と唐衣を身につけている。先に述べた通り、詮子に遠慮してわざと臣下の恰好をしているわけである。そこで道隆は貴子にこう命じた。
「貴子や、中宮さまの裳と唐衣を脱がせてさしあげなさい。今日の出席者の中で真に主君と呼べるのは中宮さましかいらっしゃらないのだから」
言い終わった後、道隆は泣き出した。実の娘は天皇の中宮であり、自分はいま国の権力の頂点に立っているのだという思いに感極まって男泣きしたのである。周りに侍る女房たちも道隆の気持ちがよく理解できるので一緒に泣いた。
道隆が泣き顔を上げて、ふと清少納言の方を見ると、僧侶の着る法服とそっくり同じ赤色の表着を纏っていたものだから
「さっき向こうで法服がひとつ足りないと騒いでいたけど、こんなところにあったのね」
と冗談を飛ばした。いま泣いていたと思ったら次の瞬間にはコロッと平気な顔をして冗談を言うのが、根っからのお調子者・道隆という男なのである。その場にいた全員が道隆の冗談にどっと笑った。続けて道隆の後ろに控えていた伊周が
「おそらくその法服は清僧正のものだったのでしょう」
とこれまた冗談を言ったので、再び全員がどっと笑った。すると、負けてなるものかとばかりに道隆が、出家した道隆の三男・隆円が赤い衣と紫の袈裟を身に着け、お地蔵さまのような青々とした坊主頭で、女房たちに混じってちょこんと桟敷に座っているのを見て、
「僧侶のくせにちっとも威厳が無く、女たちに囲まれてご満悦の青二才がいるとは、こりゃまた一体どうした訳でございましょうね」
と再び冗談を言ったので、全員が三度目の大笑いをした。
伊周が三歳になる長男の松君をこちらへ連れてくると、女房たちが「キャー、可愛い」と騒いだ。笑顔で松君をあやす道隆と貴子。その姿を温かい目で見守る定子。伊周。隆家。隆円。妹たち。幸せな時間。幸せな空間。みんなの笑顔。優しい笑顔。満ち足りた雰囲気・・・しかし、後年、清少納言が万感の思いを込めて『枕草子』にこの華やかな様子を事細かく書き記したように、この日が《中関白家》という通称で呼ばれる事になる道隆一族の栄華の頂点であり、この後には残酷な没落の運命が待ち構えているのであった。




