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獣or従者?  作者: 森乃千羅
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初仕事?

なろう様初めての投稿となります。

ずっと書きたくて、でも書ききることができるか不安ながら投稿しました。

不定期ですがどうぞよろしくおねがいします。

 もう雨季だというのに。背広を身に着けたアランはネクタイを締め直しながら面倒くさいと息を吐いた。


「みっともない」


 隣に立つ男がぎろっとこちらを見据えた。その手は既に目の前にそびえ立つ大きな扉へ伸びている。


「分かってるよ」


 そうだ。これはアランにとっての初舞台、気を抜いてはならない。深呼吸を一回、締めたアランは背筋を伸ばした。それを確認した男は一度頷き扉をゆっくり押した。

 応接間らしき室内で待っていた貴人が期待の眼差しで迎える。


「お待ちしておりましたサイン男爵、よくおいでくださいましたアラン殿。どうぞおかけになって下さい」

「倅のことはどうぞアランと呼んでください、アイオン侯爵閣下」


 喋りながら座る男に侯爵と呼ばれた貴人が可笑しそうに笑う。


「子どもに甘い、と人伝に聞いておりましたが、まさか自己紹介まで男爵がなさるとは」

「お恥ずかしながら今日までにとうとう喋りを直すことが出来ませんでしたので」

「構いません、是非声を聴かせてほしい」


 無茶を言うなぁと想いつつ、アランはまた小さく息を零した。しまったと思ったときには後の祭りだ。


「アラン……」

「……悪ぃ、つい」


 目を見開く父親とは対照的に、侯爵はそれを愉快に眺めている。


「これはこれは、随分若い声だ」

「……まだまだ未熟な愚息です。ご迷惑ばかりおかけすることになろうかと……」

「なに、うちの息子もまだ青い。きっと良き友人となってくれるでしょう」

「や、それはちょっと……」


 上級貴族らしからぬ優しさに戸惑いつつ、アランは内心ほっとしていた。

 実は侯爵には好ましくない噂があるのだ。しかも二つ。根も葉もない噂であると信じたい。

 そこでアランはもう一人の主がいないことについて尋ねることにした。


「跡継ぎはどこへ?」


 もう言葉遣いに関して諦めたらしき父がため息を誤魔化しながら視線で同じことを侯爵に尋ねた。


「リオスですね。そろそろ起きてくるとは思うのですが……」


 その時、応接間の出入り口がやや強引に開かれた。父とともに立ち上がる。


「遅れてしまい申し訳ない」

「いえ、丁度貴方様の話をしていたところです」


 すっかり見違えた、面識があるらしい父は口下手なアランに代わり、積極的に声をかけてくれる。


「息子のアランです。明日よりリオス様の護衛として従事させていただきます」

「お心遣い感謝します」


 アイオン侯爵家長男リオス、人懐こそうな清廉な顔、齢は確か二一だった。


「リオス・アイオンだ。世話になる」

「アラン・サイン。……頑張る」


 サイン家はため息が多いと思われそうだな、とまだ見ぬ明日を想像しながら差し出された手を握る。大きいが細みで綺麗な手だ。


「……失礼を承知で訊くが、本当に君が護衛を?」


 相手は逆のことを考えたのかもしれない。無理もないと思う。背は守護対象より頭一つ低く、身体は細く、とても身を任せる勇気がないだろう。

 それでも信用してもらわないと困る。


「不安だろうけど、こう見えて王国騎士団お墨付きだ」

「へぇ、騎士団も弱くなったね」


 本性が出たとか、見下しているとか色んな感情が頭の片隅に浮かんだが、何より。腹が立った。


「そういうあんたこそ、そんな無駄に磨かれた折れそうな指で山籠りすんのか。結構なことだな」

「は?」


 直後、各々の父親から拳骨が二人に落とされたのは言うまでもない。



 ことの発端は一週間前、アランの父親から切り出された。習慣である早朝の軽い鍛錬を終えて自室へ戻ろうとしていた時だった。

 差し出された紙には侯爵家の家紋とご丁寧に侯爵の自署までされていた。 


「跡継ぎの、護衛?」


 使用人からタオルを受け取り左肩にかけると首を傾げる。よく分からない依頼だと思う。なぜならば。


「アイオン侯爵家といえば代々獣化症の治療を生業にしてるんだろ?」

「そうだ」

「必要なくね」


 狼や獅子、熊に猿。あらゆる動物へと変わっていく獣化現象。最初は腕や脚に模様が現れたり、尾が生えたり。末期まで行けば完璧な動物になってしまい、人に戻ることは出来ない。

 けれど逆に言えば末期までは理性を維持できるし、完治できる病だ。護衛する必要は無い。


「私とてもう若くない、おまえに少しずつ仕事を継いでいく準備がいる。先日の夜会でそれを閣下にお話したのだ。そうしたらどうやら、侯爵家でも家業の修行を行うらしくてな、道中や修行先に同行する使用人を探しているらしい……」

「んだよ、要するに雑用係か」

「相変わらず口が悪い、……それも、今後生きていく上で治していかねばならないだろう」

「それなら尚更いらないだろ。使用人なんてそっちのプロに任せれば良い」


 堪らず欠伸をしてしまう。初仕事が護衛ではなく使用人など、こちらとしては損しかない。


「……それがそういかないらしい」

「は?」



(確かにこいつは問題ありだな)


 それは決して先ほどの主従らしからぬ息子たちの言い合いへの感想ではない、決して。


「リオス様、今日のお衣装は私が温めておきましたわ」

「あらリオス様のお衣装、選んだのはわたくしですわ」

「リオス様どうぞ召し上がってください、愛情を込めて作らせていただきましたの」

「リオス様ー」


 家主がいるのに何故使用人はこんなにも無礼な振る舞いが出来るのだろう。客人も無視し、まるで自分と目先の相手だけの世界にいるようだ。

 心底不愉快極まりない。

 侯爵が一度、軽く、しかしよく聞こえる声で咳払いをした。使用人たちは牽制し合いながら部屋を後にする。


「……」

「ご覧いただいたとおりです」

「なるほど」


 リオスについていきたい使用人が沢山いる、おそらく私情から。けれど彼らを全員連れていけば本宅に影響が出る。厳選すればトラブルになりかねない。

 とてつもなく面倒くさい。


「外部から新たに女性の使用人を雇えば既にいる使用人たちが何をするか分からないし、また同じ穴のムジナが増えるかもしれないと懸念しているところでして」

「男衆は?」


 侯爵はううむ、と項垂れる。


「女性たちが強くなりすぎて皆、嫌気が差して辞めてしまいました」

「私としても修行に彼女たちを連れて行きたくはない、それで男の使用人を探していたんです」

「心中お察しします」


 やっと肩の荷がおりたのだろう、侯爵の顔はとても晴々だ。

 侯爵はおもむろに壁際へ備え付けられた本棚から、見るからに使い込まれた古書を取り出した。開かれたページに記されているのは目的地への道程だ。


「修行についてですが、七日後の早朝ここを発ち、二箇所ほど宿泊街を経由して翌日の昼前にウーペン山脈中腹に位置する侯爵家別宅へ到着予定です。ここまではよろしいですか?」


 ウーペン山脈は一年中気候が落ち着いており、距離こそあるが、天気さえ良ければ馬で片道一〇時間。それでもゆっくり行くのは道中自分たちで必要なものを購入したり、世間常識を覚えさせるため。

 そして何よりも、次期領主であるリオスの顔を認知させるためでもある。


「初めての外界には丁度よいと思います。……ふむ、帰路の目安としては二年といったところですか」


 六月でまずは護身や剣を覚え、それを同じ月日をかけて我が物にする。それから一年間、治療のための修行を行うのだ。治療よりも武術を先に覚えるのは自身を護るため、でなければ山で獣に襲われたり、賊に襲われても死ぬだけ。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 だが、侯爵側の見解は違うらしい。


「半年、それ以内に完了していただきたい」

「はい……?」


 早すぎる。

 彼が、ではない。王国騎士団からのお墨付きを貰ったアランでさえ武術の会得には八月の時間を要した。

 手指は細く、剣を使うならばできるはずの豆もない。客観的に見ても、彼には時間が足りない。


「無理です、そのようなスケジュールでは心身を壊してしまいます。一年はおろか、半年だなんて」

「無理を承知でお願いしています」

「そのように急がれるとは……、何か急がなければならないような理由が?」

「……私もそろそろ侯爵位を引き継ごうかと思いまして」


 嘘だ。侯爵はまだ五〇代だ、無理な理由付けすぎる。どうせならもっとまともな嘘をついたらよいものを。

 そして本当の理由を知っているのは自分だけではない。


「言えばよいでしょう、半年後に後妻を儲けることになっていると」

「リオス!」


 ああやはり、火のないところに煙は立たないものだ。


 アイオン侯爵夫人、リオスの母親は五年前に病死している。当初は随分やつれていたが、一年ほど経った後、新しい恋人が出来たと噂されるようになった。しかもその恋人というのは。


「亡き夫人の姪、でしたでしょうか」

「……人の噂は早いものですね」

「修行からご子息が帰ってこられたら結婚をなさるのですか」


 そして息子を残し、二人で新婚旅行、そのまま隠居するつもりなのだろう。随分な身勝手だ。


「俺としても自分より若い母親なんて嫌ですけどね」


 その時、机が叩かれた。


「アラン、無礼だろう」

「……気分が悪い」


 そしてアランは侯爵を指差して声を荒げた。


「修行をなめてんじゃねぇ。半年?結婚?隠居?んなもん、知るか!あんたらの仕事は人の命を助けることだろうが、だったら適当なことしてんじゃねぇよ」

「っ……」


 言葉遣いは悪いが、アランの言っていることに間違いはないと思う。

 放っておけば獣と化し、人を襲う。万が一発症者を捕獲しても人に戻る道はないし、凶暴なため生かしたままにもできない。その場合、一番苦しむのは家族だ。身内から人殺しを出してしまったと罪の意識から自殺する人間も少なくない。

 自分の人生を捨てろとは言わないが、貴族として、そして生業とする仕事人として国民を守る義務がある。雑にしていい仕事ではない。


「それからおまえ」

「おまえじゃない、リオス様と呼べ」

「んなことはどうでもいい」

「な、どうでも……」


 しかしこの言い草ではまるで野生児だ。


「アラン、いい加減にしろ。リオス殿はいずれ侯爵位を引き継がれるお方なのだ」


 せめてもう少し静かにしていてほしいという父の願い、しかしそれもアランは無視し、むしろ利用して声を荒げる。


「侯爵位ってのは領民と顔を合わせなくても自動的になれるもんなのかよ」

「唯一の子どもが後を継ぐのは当然だろ」

「俺は反対だね、ろくに顔も知らない青二才が侯爵としてのし上がるなんて。領民の目線で言ったらそいつが有能か、自分たちをどう扱うのかすら分からない、確実に反乱が起きるさ」

「それ、は……」


 リオスは顔色を悪くした。誰が望んで反乱を起こすものか。


「たった二つの宿泊街だけかよ、領地はもっと広いだろうに。顔を知らしめたいのなら小さな村にも行くべきだろ。……いや、むしろ優先して行け」


 確かに一理ある。下を見ようとしない主が管理している土地は荒れ、人の心も荒んでいるという。逆に領民全員を声をかければ彼らは自分たちを蔑ろにしない領主に敬意を示し、より良い土地にしようとするという。


「それから」

「まだ文句あるのかよ!?」

「当たり前だ、あの女たちをこのままにしておけるか!」


「それは私も同感ですな」

「男爵……」


 流石に父親が同じ意見だとは思わなかったらしく、アランが口をパクパクさせている。


「失礼ですが侯爵、その本はいつもそこに?」

「え、ええまぁ」

「ならば彼女たちはきっとついてくるでしょう」


 彼女たちが主を尊重していないことは先ほど理解した。ならばきっと主の私物だって勝手に覗いてもおかしくないし、リオスのいる別宅に行きたくて地図を探すこともあり得る。


「まさか!?彼女たちはただの従女ですよ」

「使用人は一日中力仕事をしているのですよ、迂回しなければ待ち伏せする可能性も」

「そんな……」


 とても恐ろしいことだ。そんなことをされては半年どころか、五年経っても修行が終わらない。下手すれば中止も。


「どうすれば……」


 侯爵は考えていなかったようだ。やはり少々、警戒心に欠けている。でなければ既に彼女たちに暇を出しているだろう。


「俺にやらせてくれ」


 名乗り出たのはアランだった。

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