卒業パーティー 4
令嬢にぶつかった頭がズキズキと痛む。コブができているのかな。
会場を出てすぐ、卒業パーティーのスタッフの制服を来た20代くらいの若者を呼び寄せた。
「すいません、助けて下さい。」
短い距離だか駆けつけてくれた。
「どうされました?」
わし、もとい、僕は左肩に手を置いているコリンヌ様の方を向きつつ、彼にお願いしてみることにした。
「彼女はコリンヌ・ハスブル辺境伯令嬢様です。右足をお怪我されたので、できれば彼女の家の従者にすぐ連絡を。私たちは、このままメイン出口を目指します。」
「はっ、お任せください。」
すぐさま従者エリアへ走り去っていく。
僕等もなるべく早くこの会場を離れなければ、だな。あれからすぐ解散となるだろうし、出てきた彼らと再度の対決なんてしたくないからな。
本当はお姫様抱っこして連れていければびっこをひきつつ歩くより足のためには良いのだろうが、貴族のしかも嫁入り前の、正真正銘のお嬢様だ。肩を貸すまでが限界だ。
「何故、王子に見放された私にお味方してくださるのですか?しかも、貴族の身分まで捨てて。」
振り向くと、俯いているので、表情や顔色はわからない。でも、シチュエーションは、危ないところを白馬の騎士に助けられたという感じなのかな。…白馬の騎士様の容姿はイマイチだけれどね。
「味方と言っても、ただ足を怪我された方に肩を貸して歩いているだけですけれどね。まあ、そうするために男爵の三男というちっぽけな貴族の身分を吹っ切る必要はありましたが。でも、あなたに当たったのは自分の運命なのでしょう。私は運命には逆らわない主義なんです。」
「運命に逆らわないのに、貴族の身分を捨てた?…訳がわからないです。」
振り仰いだコリンヌ令嬢の顔は、たいへんに整った各パーツの配置、大きな潤んだエメラルドグリーンな瞳、適度な厚みのピンクな唇、シミ一つない金髪に囲まれた卵型、でも、全体的に柔らかさを感じる。本当に実感できた、たいへんな美人さんだ。乱れた頭のセットが若いにもかかわらず妖艶さも加えてもいる。
「自分でもわかりませんね。」
ドギマギとしつつ答える。老人の心が入り込んだとしても、体は若いし、感情的なものは年齢に付随する体調に大きく影響を受けるものだ。男でありながら男でなくなっていた時にはこういうのも無くなっていた。…また若い女の人の近くでドギマギできることにに、たいへんな幸福を感じる自分がいる。
しばらく出口に向かって無言で歩く。もうすぐ辺境伯家の従者が追いつくだろう。我が貧乏男爵家にはそういう気の利いた従者を学園にまで配置する余裕がないので、いないのだが。
「よろしければ、今回の顛末を父に報告するのに、あなたにも同行してもらえないでしょうか?…あなたがいなければ、今頃私は混乱の中に負け犬然としたまま領地に逃げ帰っているところでした。でも、あなたのおかげで、負け犬ではありますが、自分自身の立て直しは早期にできそうです。」
…王子に睨まれた僕の就職を心配して、辺境伯に口添えしてくださるのかな?しかし、心の強いお方だ。こんなにお若いのに。
「承知致しました。ご一緒しましょう。」
学園を卒業して戻ることになっているヒモト男爵領の両親に、予定より帰還が遅くなること、それに勝手ではあるけれど、成り行きで男爵家からの離脱宣言をしていることの伝言を頼まなくてはな。
タッタッタ…後ろから誰か掛けてくる足音が。一瞬刃物を持った王子派の者が我等を亡き者とせんとして追って来たのかと警戒しつつ振り向いたら、よく知った大柄の少年だった。
…追いつく直前になんとか彼の身分を思い出した。記憶が増えすぎて検索に時間のかかる項目も出てきたようだ。彼は貧乏男爵控えパーツ仲間、ストーン男爵家の次男坊のアロンだ。でも、彼の場合は、自分のような文系でなく、肉体派の騎士志望で、この学園を卒業後は騎士団入団試験に望む予定だ。素質も十分で、常々羨ましく思っていたものだ。
「おい、ナオキ。待てよ。いったいお前は何を考えてるんだよ。」
高い位置から心配そうに言ってくる整った顔の好青年。こういう若者が、そのままよい性質を維持したまま重要な地位に上っていって欲しいものだ。
「何も考えてないからこうなった。」
「なッ!」
「ちょうど良かった。ちょっとどのくらい時間がかかるのかわからないので、ヒモト男爵領の方に一報入れといてくれよ。ギルド便のお金は渡すからさ。」