その覚悟を
僕が目を覚ましたのはM-316をベッドに寝かせてから、しばらくのことである。椅子の上で器用に眠っていたようで少しお尻が痛い。
M-316の様子を見ていないといけないのに、と眠い目を擦ろうとしたが。そうならなかった。
M-316が僕の手を握っているから。
スースーと寝息を立てて眠っている、状態は安定しているようだ。僕は起こさないように彼女の手を離した。手にはぬくもりが残っていて、安堵した。
彼女は生きている、まだ。
これから彼女には魔法を使用した反動が体に残っていないかチェックされる、それで問題がなければ再び実験体になるはずだ。
そこで死ぬ可能性は大いにある、だが魔導が滅んだこの世界で魔法が使えた個体だ。研究所が、この国が実験を中止するとは思えない。むしろ強行するはずだ、未熟だとしてもこの力は大いに戦力になる。
こんな子供に戦争なんて、そう思い留まれるほど戦況は良くないのだ。どの国も子供を巻き込んで魔導の力を求めている、一日も早く魔導士の顕現を成功させる。そうでなければ他国からの侵入を許すことになるからだ。
でも、僕はもう。
彼女に対してこれ以上の実験はしたくないし、マイカのような研究者も出したくない。僕が実験から降りたところでM-316の実験は終わらないし、マイカのように追い詰められる実験者は後を絶たないだろう。
M-316には自由に生きてほしい。
そうするにはどうするべきか、もう答えは出ているが。それは大きな声では言えたものではない。
僕は静かに自分のバッグから携帯を取り出すと電話をかけた。電話に出てくれることを信じてしばらく待っていると相手が出る、懐かしい声が挨拶をするがそれどころではない。
時間がない、とにかく事情を説明した。
計画の実行は三日後だ。
***
エヴィンスは静かに椅子を引き座る。ディスプレイにはM-316についての資料が映されていた。腕を組んでその資料に目を通した、彼はただ笑みに唇を歪めている。
「…ようやくですねぇ」
心の喜びがつい独り言に漏れたようで、誰もいない自室で低い笑い声が広がる。
この計画が上手くいけば彼はついにこの施設の所長になれるだろう、そのためならどんなものだって利用すると心に決めていた。
マイカを追い込んで正解だった、とエヴィンスは思う。彼女なら何かしらの急激なアクションを起こしてくれると予想していた。崖の淵に追い詰められた生き物は予想外の行動から新しい変化を得ることがある、マイカを追い込めばその矛先は残されたM-316に向くと考えていたが。
まさか後任のユウキを殺すという強行に走ると思っていなかった。
予想外なことはあったがそれ以上の成果はあった。M-316が自身の魔力で魔法を発現させた、これこそ政府に『青の魔導士』の顕現の証拠になる。
M-316のレポートを読みエヴィンスは『感情によって魔法が発現されやすい個体』だということが予測していた。M-316は対魔導室で実験を行われ『初めて強い恐怖』と感じ取ることが出来たはずだ。死すら連想する恐怖、無理やり魔力を注ぎ込まれた苦痛が追い詰め魔法を発現させた。
だからこそエヴィンスはマイカを追い込み、その怒りや絶望をM-316にぶつけてもらうつもりだったのだが。
エヴィンスの予想は大きく外れ、ユウキをM-316が庇うという事態に発展した。会って間もないにも関わらず、一体何がそこまでM-316を突き動かしたのかエヴィンスには理解が出来ない。
「…まぁいいでしょう」
エヴィンスはモニターの電源を落とし、座っていた椅子から立ちあがった。机の引き出しから携帯を取り出すと登録されている番号に電話をかける。
「油断はできませんからねぇ、ここまできて」
相手を待っている間の彼はそう呟いた。






