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4/13

パルテオル


「座って」

 研究室の椅子に少女を座らせる。こちらを怯える目で見ているが、特に抵抗することもなく椅子に座った。実験着のままの少女に自分の白衣を着せ、少女よりも低い視点になるために僕は床に膝をついた。

「えぇっと今日から君の…なんて言えばいいんだろう、その」

「…新しい博士?」

 少女は恐る恐る口を開いて僕に訪ねてきた、僕が何を言いたいのかわかっている。人の顔色を伺って話を推測しているのだろう。

「そう、新しい博士。僕の名前はユウキ…まぁユウ君とか、アッキーとか呼ばれているけれど」

「博士は…博士です」

 名前には興味がないのかもしれない、その理由はなんとなくわかっていた。

 彼女には名前が存在しない。識別ナンバーのみが彼女の全てだ、名前など無意味だとするなら僕の名前も無意味だ。

 彼女にとって僕は博士、それだけなのだ。

「君…M-316はいつもあんなことをされていたのかい?」

 その問いに少女は静かに首を横に振った、転んだときにできた傷に視線を向けて彼女は小さく話す。

「…いつもはあんなにしない。よくわからないです」

 僕も彼女の視線を追って傷跡を見た。両膝を擦り剥いて血が出ている、赤く筋になり流れて止まりそうにない。僕は立ち上がり、デスクの引き出しから応急手当用の箱を出した。そんな僕を見て少女は首を傾げている。

「いいです、そのうち止まります」

 少女は膝を手で押さえようとした、それと同時にその手を思わず掴んでしまった。僕は彼女の手の冷たさに驚き、彼女は僕の手の温かさに驚いたようで方が震える。

 手を握ったままの僕を彼女が見つめたまま、しばらくの時が過ぎた。彼女の手が少し温まる頃にようやく僕は言葉が出た。

「いいや、こっちが怪我をさせたんだから。手当させてほしい」

 消毒や止血をしながら、僕は彼女のような存在について考えていた。



 人間は結局のところ自然から外れていない存在だと僕は思っている。親がいるから子が生まれる、何もないところから命は生まれない。

 自然発生などすることはない。たとえ人間を構成する物質を空の瓶に入れたところで何も起こらないように、自然の摂理ならば親が居なければ子供は生まれない。


 しかしこの少女は違う。

 

 彼女は空の瓶から生まれた人形の一つだ。

 彼女たちこそ自然から外れた存在である。造られた存在であるがために自我はとても弱く、そして体すら脆い。

 彼女のような存在をパルテオルと呼ばれる、神話より『神々によって泥から作られた人形』のことを指す。

 僕らの国では命すら人工的に造りあげる。

 そんなことをして何がしたいのか。

 神様の真似事がしたくてこんなことをしているわけじゃない。

 僕らの目的は『魔導の力を保持できる子供を造り出す』ことだ、そのためにたくさんの犠牲を出したとしてもこの計画を止めることはできない。


 科学が発達したこの世界で再び魔導の力を蘇らせるためには、そもそも扱える人間を作り出さないといけない。それだけ魔導は廃れたのだ、伝承者すら残されていない。科学から作られる新たな魔導、それが僕らの国は必要であった。


 だからこそ、M-316のような子供たちが必要だった。



「これで大丈夫かな」

 手当を終えて少女の方を見る、少女もただ僕の方を見たまま動かない。おそらくこちらが何かを指示などしない限り動かないだろう。

 あの仕打ちを見ればそれも納得だが。

 副所長に渡されたM-316の実験記録に目を通す。

 

――――――――――――――――――――


5/15

DBS機から摘出。識別ナンバーをM-316と記録。

心音呼吸正常、欠損部位無し。

管理室へ移動、他のパルテオルと争いもなく部屋の隅で座り込んでいる。


5/16~5/20

経過観察、異常行動なし。

歩行、立位も安定。研究者の言葉を聞くが意味は理解できていない。


5/21

マザルス方式の魔導テストを開始。

右上腕に魔力口を設置、激痛を訴えるように悶えていたため痛覚がある様子。

魔力値127を記録。

M-31のように身体崩壊することなく、魔力値が高いながらも安定している。


5/22~5/25

5/21に行ったテストによる激痛のショックか、熱発。

起き上がれないほどの高熱で感染の影響も考慮し、別室で個体管理。

解熱のため点滴を行う、5/25には熱が下がる。


5/26

体調が回復したためテストを再開。

魔導回路テストにて2点を記録、両手までの魔導回路を確認。


5/27~6/8

ラグロキシスの設置を実行。

数々の個体がここで死亡するため慎重に行った。

尾てい骨付近に設置したが拒絶反応から熱発、かなりの高熱が続き体調が安定しない。6/8にて体調が回復し、成功したことを確認。


6/9

魔法の使用で実践。

M-316を対魔導室へ、研究者は部屋の外から観察を行う。

魔力口から魔力を注ぎ経過を観察した。

魔法を発動することに成功した、程度としては5mほどの氷柱を出現させる。

が、魔法の反動で吐血。その場で転倒し意識不明となる。


6/10~6/15

意識が戻らず、この時点で処分をする話も出たが6/15にて覚醒。

両眼とも紫色の瞳であったが、変質を引き起こし右眼が青色になった。

魔法を疑似的ではあるが発動できた個体として保存する。


6/16

魔導回路を再び造影、心臓付近に魔導回路が複雑になっている部分を発見。

吐血の原因はこれと考える、回路の切除は難しいため改善は不可能。

M-316は保存観察とし、特変がない限り記録に残さず。


7/18

研究者を観察しているようで人の言葉を理解するようになってきた。


8/8

M-320を最後にMシリーズのパルテオル製造を終了、残っているMシリーズで実験をするように所長より発言あり。

12/23

M-316の処分を確定、焼却処分へ。


――――――――――――――――――――



 その焼却処分が書類の書き間違えでM-316が最後のMシリーズとなってしまった。書類に目を通す僕を見つめている少女はそんなこと知らないだろう。

 勝手に造られた挙句に処分しようとする大人の悪意など、到底彼女に理解できると思えない。

 副所長は僕に少女を任せたが。

 どの意味で、少女を僕に任せたのだろうか。

 処分するためか、それとも限りなく低い確率にかけて実験を続けるのか。僕は悩んでいた、それは研究者としてだ。

「博士」

 僕が書類から少女の方に目を移す、顔色を変えず少女はただ淡々と話しだした。

「今日、実験は、しない…ですか? 」

「…今日はいいかなって、ほら僕と君は今日が初めてだし。お互いに知りたいことを話す日でもいいと思うんだ」

「…そうですか」

 なんとなくだが。

 実験をしないとわかった途端、少女から息が抜けた気がした。緊張から安堵に転じた少女の表情に、彼女が今までどんなことをされてきたのか。

 僕らがどれだけ彼女たちを傷つけてきたのか。

 それを物語っている気がした。

「…温かい飲み物でも作ろうか」

 人間としての僕はパルテオルと呼ばれる彼女たちに強く同情したのはこの頃からである。



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