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0と6の違い


 再び目が覚めたのは午後七時であった。さっぱりとした髪を撫でてボーっとした感覚に包まれる。疲れは完全に取れていないようで気を抜くと再び眠ってしまいそうだったが、部屋の外の大声で嫌でも体を起こすことになった。

「はぁ、またクソがやらかしたわね」

 うるさい声の主を知っているからこそ、外で何が起きているかが想像できる上に次の行動まで予測が出来る。

 パジャマのままよりもマシだろうと洗い立ての白衣を着ると、自室を出た。


 外はひんやりとしていて身震いする、この時期だが廊下までは暖房をつけていない。すぅと息を吸いながら震える体で廊下を覗くと、案の定だ。

 馬鹿がやらかしている。

「だから! この書類の通りにやったんだってば! 」

 あぁ聞きたくもないこの声!

 顔が嫌でも歪んで舌打ちが出てしまう。

 しかし無関係というわけでもない、あの書類はきっと私が書いたものだ。それで揉め事が起きているなら、結局私も巻き込まれるはずなのだから。

 寝起きだが仕方がない、扉に預けていた体をゆっくりと動かして会いたくもない馬鹿のもとに向かう。

「なんなの、うるさいわね」


 書類を片手にぎゃんぎゃん騒いでいた青年が振り返り、呼びかけてきた女性を見た。しかし落ち着くわけでもなく、見るなりさらに大きな声で話し出した。

「なぁ、マイちゃん! これM-310だよな! 0と6を見間違えて処分したんじゃないかってこの人がしつこくてさ! 」

「馴れ馴れしい! ファーストネームで呼ばないでよ」

 マイと呼ばれた女性は顔色が良くない、おそらく夜まで仕事をしていたのだろう。僕と目が合うなり鋭い目で詳しい経緯の説明を要求している。

「M-310は君が良い個体だって話していたから、処分するなんておかしいなと思って彼に話を聞いたんだ。そしたらこの感じで…」

 物事は単純なことで。別に僕は彼にミスがあると言ったわけではなく処分する前に彼女に確認を取ってみては、と助言をしてみただけなのだ。

 それを聞いて口元を隠すように手で覆った彼女はふぅっと小さなため息を吐いた。

「…悪かったわねユウキ。これはこっちの問題ね…」

 青白い顔で青年の方に振り返ると睡眠不足とは思えない程キレのある動きで間を詰める。スラリとした指で青年を指しながら物凄い怒りの表情で詰め寄り、僕も青年も驚いて一歩下がる。

「このクソドプ! あんたね、0と6も読めないわけ⁉ 小学生からやり直したらどう! 」

「はぁ⁉ なんでそうなるんだよ、どう考えたってあんたの書き方問題だろ」

 納得いかないと引き下がらない青年は一歩下がってしまった間を取り戻すように一歩前に出た。二人はぶつかりそうな程近くで口論を始め…


 殴り合いになりそうだったので僕はその場を離れることができず、終わるまで付き合うことになった。


 ***


「…はぁ最悪。せっかく上手くいってた個体を処分されるなんて」

 黒く長い髪のことなんか、どうでもいい。視界の邪魔をして目の前が髪の毛で真っ暗だろうが、今の現状のほうが絶望的で真っ暗だ。

 結局処分しようと思っていた個体と残しておこうとしていた個体が逆になってしまった。どうしてくれようこの怒り、どうしてくれようこの虚無感。

 マイカは眠い体に鞭を打つように体に悪そうなエナジードリンクを飲んだ。

「マイカさん、最近無茶続きだったから」

「そりゃそうよ、Mシリーズが没かどうか決まるこの瀬戸際で…はぁあもう」

 気遣う声も今の彼女には雑音でしかないらしい、僕は俯いてかける言葉を見失った。その僕を見た彼女は髪のカーテンを掻き分けて、さすがに悪いと思ったのだろうか謝ってきた。

「…ごめんなさいちょっと一人になりたいの」

 空になったエナジードリンクの缶を片手に彼女は研究室に戻ろうとしている。

「あの、もう…別の視点から回らないと難しんじゃないかな」

 僕は日頃から思っている言葉を彼女にぶつけてみた。こんなときだからこそ、思考や視点を変えなければならないと思ったからだ。

 きっとこれ以上この研究は先に進まないと彼女だってわかっているはずだ。

「…はぁ? なんなの」

 引き下がれない理由が彼女にはある。

 それを僕だって知っているからこそ、だからこそもう。

「これ以上の犠牲は…もう」

「いまさら何言ってんの? ()()()()はね造り物なの、私たちが造ってやってんだからどうしようと私たちの勝手でしょう! 」

 缶を投げつけて僕に指をさして詰め寄ってくる彼女の眼は。

 とても充血をしていて、鋭くて、そして疲れていた。

「もう引き下がれない!戻れないのよ!結果を出さなきゃっ」

 缶が床に落ちる、カンカラと高い金属音は彼女の心の叫びを覆い隠すようで。鳴り終わった頃にはいつもの彼女に戻ってしまっていた。

「とにかく、私には構わないで。あなたにはわからないわ」

 落ちた缶を拾うわけでもなく、彼女は再び研究室に戻っていった。


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