表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流星の銀世界  作者: 藍紅 吹雪丸
6/10

ACT0 吹雪の世界

 全ては、ここから始まる物語。

 昔々(むかーしむかし)。とある小さな世界に、小さな村がありました。

 そこに住まうのは、雪の力を持った男女、雪女や雪男。雪妖怪族達が仲良く暮らしていました。

 ある日、村長夫婦に赤ちゃんができました。

 それは雪女にしては珍しい、黄緑色の髪の女の子でした。夫婦は、せっかくいのちを授かってきた天からの贈り物を、それはそれは大切に育てました。

 それが身を結んだのでしょうか。女の子は病気もせずたくさん友達を作って、よく勉強をして。運動は得意ではなかったけど、村に化け物のような恐ろしいものが出た時も、しっかり討伐に協力するとても良い子に育って生きました。

 そんな女の子は、一回も大人達の言いつけを破りませんでしたが、ひとつだけ、破ってしまったことがありました。

 その約束は、『村の牢屋には近づいてはいけない』。優しい女の子は、そこから聞こえた男の子の泣き声を、知らないふりすることはできませんでした。

 女の子は、その声が聞こえた部屋の外から、排気口からなら声は届くと思って、そこに大きな声をかけました。

『大丈夫? どうして泣いているの?』

 男の子は、突然聞こえた声に驚きました。

『ここから、出してもらえない』

 正直に、男の子は言いました。

 男の子は、金の林檎を食べて、不思議な力を持った子でした。

 女の子はそんなことを知らずに排気口の裏口、ドアの方に回ると、男の子のために、必死で鍵を開けようと頑張りました。でも、鍵は開きません。

 でも、そんな女の子を見て、男の子はと思わず首をかしげました。

『なんでそんなことをするの』

『? あなたはここから出たくないの?』

 さも当然かのようにそう言った女の子に、男の子は疑いの目を向けてしまいました。

 男の子の周りは怖い大人ばかりでした。それもあって、だんだん考えなしに近づいてくる女の子を、不審に思ったからです。

 鍵をいじくりまわしても如何にもならないことを悟った女の子が『ごめんね、やっぱり開けられなかった』といいましたが、男の子はその声に応えません。

『何かして欲しいことはある? 私にできることなら、してあげられると思う!』

 しかし、負けじと女の子はさらに言葉を重ねました。

『…………じゃあ、明日も来て』

 男の子の口から、ぽろっとそんなことがこぼれました。

 しかし、男の子はそう言ってからすぐに自分の口を塞ぎました。自分でもなんでそんなことを言ったのかわからなかったからです。

『それじゃあ、また明日もくるね』

 そう聞いてなぜか安心したと同時に、きっと明日もこないんだ、と思いました。男の子は、人は嘘つきなんだと思っていました。

 でも、女の子は昨日とほとんど同じ時間に、また牢屋に訪れました。

 今日女の子が体験した学校での出来事や、お父さんとお母さんの話を、女の子は男の子を喜ばせようといろんな話をしました。

 男の子はいつしか笑うようになっていました。

 毎日毎日、牢屋で実験をされる日々ばかりで白黒だった世界に、色がついていくようでした。いつしか、男の子は女の子が大好きになっていました。こんなにあったかい人がいるんだ、と初めて知りました。

 ──ある日。今日も女の子は牢屋の中の男の子と排気口越しにおしゃべりをしていました。

『そういえば、あなたは何ていう名前なの?』

 何となく思った女の子がそう言っても、男の子は何も答えてくれません。

 男の子は捨て子でした。お父さんとお母さんは自分を売っぱらって暮らしている、嫌な部類の人間だったからです。

 男の子は、二人からもらった名前がありました。立派な名字もありました。でも、男の子はこの名前が嫌でした。大嫌いな両親からもらったものなんて、嫌だったのです。

 だから、男の子は嘘をつきました。

『僕に名前はないんだ』

 そして、願いを伝えました。

『だから、君が良い名前をつけて』

 女の子は少し困りました。ぬいぐるみの名前ならまだしも、男の子の一生の名前になるかもしれないものを自分がつけて良いものか、と。

 でも、排気口越しの男の子の楽しみそうな顔を見て、名前をあげたいと思いました。

 女の子は精一杯悩んだあと、男の子に『()()』という名前をあげました。

 男の子の髪の藍色の部分が、まるで一つの光のように見えたから。その光を希望に置き換えて、藍希。

 男の子──藍希はとても喜びました。

 大好きな女の子にもらった名前。大嫌いなお父さんお母さんからもらった名前よりもずっと美しいと感じました。

『そうだ、君の名前はなんていうの?』

 藍希はずっと聞きたかったことを聞きました。女の子は答えました。

『私の名前はね、()()()()。』



  ●



 何年か経ちました。

 吹雪は成長しました。学校を首席で卒業して、赤いリボンをもらいました。

 藍希もまた成長しました。リボンを見て喜ぶ吹雪に、『おめでとう』とたくさん声をかけました。

 そんなある日。大人達は、吹雪が自分たちよりも強いことに気がつきました。

 吹雪は昔から氷の力が大人より強い子でした。しかしそれが成長を重ねるにどんどん増大し、ついに大人の何倍、では量れないようになってきたのです。

 大人達は恐怖を覚えました。この女は、その気になれば自分たちを1秒もかからずに殺せてしまうことに気がつきました。

 そんな大人達は、子供達に『吹雪には近寄るな』と言いました。吹雪の友達は、どうしてだと何度も聞きました。しかし何も教えてくれません。しかし子供達は、ダメだという大人の姿があまりにも鬼気迫っていて、怖くなってしまいました。

 吹雪に近寄るものはいなくなりました。

 しかし、村長夫婦の娘から逃げているなんて知られれば、村長夫婦に自分たちが追い出されてしまう。

 大人達は、実験動物(モルモット)を吹雪の護衛につけることにしました。

 そのモルモットは、金の林檎を食べたことにより、治癒能力が異常に上がった人間の少年でした。

 そいつの小さな頃から実験などを重ねていたために、このモルモットはもう死んでも良い、と言われていたからです。

 吹雪(ばけもの)は、そんなことも知らず、牢屋から解放された藍希に祝福の言葉をたくさんかけました。藍希の存在に紛れて、友達が全く近づいてこないことに、吹雪は気がついて居なかったけれど。

 藍希(もるもっと)は、これからはずっと吹雪のそばに居られることが嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。彼が好んで吹雪のそばにいることは、大人達にとって想定外の好都合だったけれど。

 そして、藍希は気がつきました。吹雪の魔力(オド)が溢れそうになっていることに。

 このままでは氷の力が暴走する。藍希は理解しました。自分がその時に最初の犠牲にされるために牢屋から出されたということを。

 大人達は知りませんでしたが、金の林檎が宿主に与える能力は、細胞を意のままに操る能力──細胞操作の能力した。だから藍希は、吹雪のために、何か魔力を吸い上げるようなものを作りました。

 そうやってできた花を髪飾りにして、藍希は吹雪に渡しました。しかし、その花はまだ花びらの形が不揃いで、不恰好でした。まだ藍希はこの能力をうまく扱えませんでした。

 でも、吹雪はとても喜びました。初めて藍希から贈り物をもらったのです。髪飾りを嬉しそうにつけました。

 すると驚くほど魔力が制御しやすくなりました。吹雪は藍希からもらったこの髪飾りを大切にしました。

 少し経って。ついに吹雪の魔力が暴走の片鱗を見せました。

 いつものように藍希と街を歩いていると、突然小さな氷山が吹雪の近くから3つほど生えてきました。

 これが自分のせいだと知ると吹雪は、藍希が見たことないようなまっくろの表情を作りました。大切な村の人を傷つけたくなかったから。

 藍希は対策をしました。花の魔力を吸い上げる力を強くしたり、吹雪を大丈夫、大丈夫と励ましたりもしました。

 しかし、それも無駄になりました。

 吹雪の魔力はついに氷の力となって暴走を始め、雪崩や氷柱の群が生まれました。それは、吸い込まれるように村の建物にぶつかり、村の建物は一軒余さず雪と氷の下に埋もれました。

 村の人は、避難しました。吹雪という名の天災から。

 吹雪は、絶望しました。この力は、人を傷つける。……ならば誰かが死ぬ前に。

 光を失った重い瞼を、開けました。

「死ななくちゃ」



  ●



 夜、もう誰も居ない集落跡地の外れ。森を抜けると、そこには崖があった。その下は、断崖絶壁。下には大きな海が広がっていた。海──と言っても、ここは寒い地域だから水面は氷に覆われている。

 それでも、崖からその氷海まではかなりの距離があり、氷海の表面、月明かりを反射させて光るそこまではどれくらい高さがあるのか検討もつかなかった。

 落下防止のフェンスをぎゅっと掴む。覚悟は決めた。でも、怖いのは変わらなかった。

 ──目を閉じると、少しずつ他の人の顔が思い出せてくる。

 あぁ、お父さんもお母さん、優しくて大好きだった。あの子は、運動が得意でいつもかけっこには負けていたなぁ。あの家のおじさんは、よくかぼちゃを分けてくれた。そのかぼちゃがいつもとっても美味しかった。

 ぼろぼろと、大粒の涙が出てきた。

 死ぬのが怖かった。もっと、たくさんの人と遊んでいたかった。もっと、いっぱいお話がしたかった。

 でも、それを壊したのは自分だったし、何よりそんな大事な人達が死ぬのはもっと嫌だ。

 目を開けて、袖で涙を拭った。

「──そうだ、藍希はちゃんとみんなについていったかなぁ」

 誰にも聞こえないようにそう呟きながらフェンスを握る手に力を込めて体を支え、右足をのせた。

「────待って!」

 突如かけられた声に驚き、思わず後ろを振り向いた。──そこには藍希がいた。

「……避難、しなかったの? 私から」

「…………行けるわけ、ないでしょ」

 少しずつ、藍希はこちらの方に歩みを進めてくる。

 止められてしまう、と思って咄嗟に左足を乗せると、何か糸のようなものが両手首とお腹に絡みついた。その糸は細くても、私の身体を確かに支えていた。

「吹雪もどこかへ行っちゃうの?」

 糸は藍希の手のひらから伸びている。藍希の細胞操作の力で作ったものだ、と直感した。

 ──嗚咽が聞こえる。

「……どこにも、いかないで」

 陰ってよく見えなかった藍希の顔があげられると、端正な顔立ちは涙でぐちゃぐちゃになっていた。私の後ろから溢れる月光が涙に反射して、ひどく幻想的だなんで思った。

「…………ごめん、誰にも死んでほしくないから」

 拭ったはずの涙がまた流れてきた。

 藍希まで死んでほしくなかった。誰も死んでほしくなかった。叶うなら、あの雪崩を起こした日にまで戻って、何もなかったことにして、ひっそりと私だけいなくなりたかった!

 今までなぜか押さえ込まれていたものが制御を失って、どうしていいかわからなくなった。

「……そろそろ」

 藍希の糸を切って跳躍した。月に私の影が重なる。

「私を解放(はな)してよ」

 涙が宙を舞う。

 今日は星が多かった。

 涙は、星のように瞬いた。


「ごめんね」


「ありがとう」


「さようなら」


 私の体は真っ逆さまに、夜の青へ。崖下のひかりの中へ。冷たい空気の透明の中へ。

 吸い込まれて行った。


 ──糸を切られた程度で藍希は本当に大切にしているものを諦められるような人ではなかった。

 でも、あの言葉──『私を解放してよ』に吹雪の何かを感じて、ついまた糸を出す手が止まった。

 憎らしかった。

 一瞬で吹雪を奪ったこの世の全てが。

 愚かだった。

 自分たちを囲んでいた、全てが、きっと。

 嫌になった。

 吸い込まれていく吹雪が、また美しく見えてしまった自分が。

 膝をついた。

 何を失っても、これ以上に絶望することはないだろう。自分の中にぽっかりと穴が空いているようだ。まだ頭の中は真っ白なのに、吹雪の姿だけがそこに残っている。

『私を解放してよ』

 つうっと、頰に涙の筋ができた。

 今更こんなものが出て何の足しになるのか。

 下を向いた。

 ────ふと、何かをつかんだような音がした。

 前を向くと、フェンスの根元に白くて華奢な手首が二つ。まさか、と思って思わず立ち上がった。

 それはフェンスの一番上を掴むと、懸垂をして、くるっと前回りしフェンスの内側に立った。

 しかし求めたものではなかった。

 水色に赤色が少しだけ入った髪が二つにまとめられている。赤色の毛が一本だけ大きく跳ねていた。

 柔らかな風になびく赤色にチェックが入ったマフラーに、いたずらっ子が舌を出したように垂れた青色のネクタイ。青色のミニスカートの上に投げ出されたシャツ、茶色で編み込みの入った革のブーツ。

 そして、紺碧の色の瞳が二つ、丸メガネの奥で淡く光っているような気がした。

「こんにちは! 初めましてだね!」

 現れたそいつは、呑気にフェンスに座っていた。


「変に希望を持たせると悪いから言うけど、この世界に吹雪はいないよ。残念ながら」

 フェンスから降りた、と思うとこちらを観察するように見ながら、そいつはどんどん勝手に、藍希を追い詰めるような事実を並べていく。

「吹雪がない世界に用がない、みたいに死ぬおつもりだろうから言っておこっか?」

 右手の人差し指を宇宙(そら)に向けると、そいつはやけに目を輝かせながら、零すように「世界はとっても多いよね」と呟いた。すると、こちらを向いて。

()()()()()()()()

 ──────嘘。

 心臓が飛び出たかと思った。呼吸が苦しくなる。何が起きているのかわからない。

 こいつは誰なんだ、なぜそんなに僕を知っているような口調で喋りかけてくるんだ、どうしてそう自信満々に吹雪が生きていると言えたんだ。

「また会おうと思ったら相応の時間が必要だけどね。また会いたいなら、待ってればいいよ。この世界にある、石煉瓦の井戸の近くで。君には、時間があるから」

 それがにやりと妖しく笑った。

「いのちを大事に、待ってるといいよ」

 ザアァァァァ──

 ふと、大きな風が吹いた。

 思わず目をつぶって開けた次の瞬間、そいつはもうそこにいなかった。

 つうっと、また涙が流れた。

 そして、すべての余韻に浸ってしまっていた。



  ●





 全ては、ここから始まる物語。





「死ななくちゃ」

 そう言った彼女の腹を抱きとめた。

 持てる力すべてで。何があっても吹雪がどこかへ行ってしまうことのないように。……いつのまにかあいつの姿は見えなくなっていた。

「……止めないで」

 それは、嗚咽の混じった悲しい声だった。

 しかし、もう僕には彼女を手放す気は無かった。

「絶対、死なせないから」

 吹雪がこちらを見た。

 期待だろうか。驚愕だったのだろうか。透き通った氷のような瞳が、視線が、僕を刺す。それは決して不快なわけもなく、僕がこれにできるのは答えることだけだった。


 ──刹那、髪飾りの花が弾け飛んだ。

「……えっ、ど、どうして…………!」

 知っていた。あふれんばかりの彼女の魔力(オド)が、もう既に昔の僕が作った歪な髪飾りでは抑えきれないほどになっていたことを。むしろよく持ったものだと思う。

 吹雪は驚いたようにして僕の腕を押し返す。──が、そこまで素の力が強いわけではない吹雪は、僕を剥がせなかった。

 ────きらり。

 二人の周りに、白いきらきらとしたものが少しずつ舞い降りる。

 雪が降ってきた。これはこれから始まるオーケストラのイントロダクションでしかなかった。

 吹雪を中心に、氷山が大きな音を立てながら、地の雪を切り裂いて現れ始める。

 ピキピキピキ、と辺りによく響く音が鳴りながら、だんだんそれは逃げ場をなくしていく。重々しい氷の塊が連なって現れていく。

 それでもこれには、誰をどうしようだとか、何をこうしようだとか、目的は一切ない。これは天災が少しずつその片鱗を見せ始めているに過ぎない。

「……っっ、やだ、やだ……!!」

 雪は強まり、やがては()()を通り越して暴風雪となる。

 吹雪はまだ抵抗をしていたが、僕の体は動かなかった。雹が何度も僕の体に打ちあたる。もう体の所々からは血が出ていた。


 ──ついに現れた氷柱が、僕の体を貫いた。

 ごぽっ。

 腹の奥底からこみ上げてきた真紅のそれが、喉を通り這い上がって、口から出ていた。

 それと同時に腹から、何かが垂れていった。すると吹雪が口元を手で覆った。吹雪の目の端から流れた涙はすぐに凍って雹の仲間になっていた。

「な、なんで…………! も、もうやだ、やめて、お願い、……だから…………」

「僕は、大丈夫だよ」

 できるだけにこやかに、できるだけあたたかいように、できるだけ包み込むように。

 本当はもう少し大きな声で言いたかったが、細胞による治癒もタイムラグがあったらしい。かき消えてしまいそうなほどに小さな声は、吹雪の耳に届いただろうか。

 はぁぁ、と大きく息を吸う。吸った息は血の味がした。雹も飲み込んでしまったらしい。

「吹雪には、誰も、殺させない、から」

 残った力全部を使って、手のひらにたくさん花を作った。

 100で言い表せない数を。1000で言い表せない数を。できた花は両手から零れて、宙に舞った。

 桃色の花がふわふわと辺りに舞う。オーケストラで例えるなら、幻想的で感動的な美しいフィナーレ。雪と花の混じった異様な光景は、時が止まったようにそこに在り続けていた。

 ──すると暴風雪も止んできた。魔力をうまく処理してさえやれば何も怖いことはないんだ。

「だから、」

 もう自分は力を使い果たしたらしい。

「きみ、は」

 吹雪を抱いていた手が解けて後ろに倒れこむ。

 風はもう吹いていなかった。吹雪の頭にいくつか花がのっかっているのが見えた。何か言おうとしているみたいだ。

 吹雪が後ろを向くと、もう顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。泣かないで。君は笑顔が一番素敵なんだから。


『きみは生きてていいんだよ』



  ●狭間・雪女の独白の手紙●



 拝啓、桜蜜族の皆様。

 降雪が普段の日常を感じさせる和やかな日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 昨日は急遽、村の移転を決断いただき、ありがとうございました。

 起こったことをそのまま書き並べると、あなたがたはきっと悪者に見られてしまうでしょう。それでも、私はあなた型の優しさを少しは、知っていたつもりです。

 盗み聞きのつもりはありませんでしたが、小耳に挟んでしまいました。

 あなたがたが最後まで、私の力を抑える策を考えてくれていたことを。氷神(ひしん)様の偶像に毎日置かれていた花束は、氷神様の御加護で私が力を扱うことができるように、という祈願だったのですよね。その話を聞いて、私も救われたような気分になりました。

 他にも、あなたがたはいつでも、私の友達に『私に近づくな』という時、悲しい顔をされていたんですよね。

 あまりに切羽詰まった悲哀の表情に圧倒されて、一緒に遊べなくなった、と友達から言われた時、私は「そっか」と言ってしまいました。

 雪女同士の横のつながりも、人間に対するつながりも、とても大切にするようにと教えてくださった皆様ですから、きっと私を置いて村を移転することに抵抗を持つのかもしれません。

 でも、忘れないでください。それでも私は化け物で、皆さんは化け物に襲われて村を追われた悲劇の主人公です。あなたがたに悪いところは、ひとつもありません。

 幼い頃から、何をしていても私に構ってくれるあなたがたがとても好きでした。

 家でお絵かきをしている時、学校で勉強をしている時、時々現れる畑荒しの熊を追い返している時。あなたがたが笑ってくれている時、私は「生きてていいんだ」と感じることができました。

 それも、もう終わりですね。

 人の中に生きていてはいけない人はいないというのはわかっていますが、誰かの近くにいれば誰かをきっと傷つけるこの体に、少しばかり諦めをつけることができました。

 もし物語の続きがあるのなら、人間になりたいです。

 あたたかい日差しの下で、向日葵を見ながら過ごす人生を送りたいです。

 もしも次があるのなら、「生きてていいんだよ」なんて言われなくても、何の理由がなくとも、迷わずに明日の方を向いて生きていられる人でありたいです。

 私を育ててくれて本当にありがとうございました。お世話になりました。

 あなたがたの旅路に幸運があるよう、心の底から祈っています。

  桜蜜 吹雪



  ○




「…………藍希?」

 私は藍希の方を見た。

 ……思わず目を見開いた。

 腹に大きな氷柱が刺さっているのに、ところどころに血がついているのに、傷はもうふさがっていた。

 急いで氷柱に触れると、氷柱は何もなかったかのように消えた。するとつららが刺さっていたところが再生され始める。

 一緒に藍希の喉や腹にも触って、中にまだ雹や雪が残っていないか確認した。

 幸い雹やなんやらは致死量ではなかったし、大丈夫だ、と思い込みながら藍希の胸に手を当てた。

 熱かった。でも、確かめなくちゃいけないと思った。

 ──どく、どく、どく、どく。


 鼓動が感じられた。眠っているだけなのだろうか。

「大丈夫だった? なんか想定以上の覚悟持ってたんだけど」

 するとひょこっと、水色の髪に赤が入って、赤と青の瞳と眼鏡が特徴的な女の子が姿を見せる。

「ちょっと診せてね。どれどれ〜? ……生きてるね! あ、でもお腹めっちゃ空いてるんじゃないかな? 多分エネルギー使い切ったのかな。吹雪ちゃん、近くに蜜柑があったはずだから取ってこれる?」

 なんで私の名前を知ってるの? と聞こうとしたが、藍希を起こすためには何か食べさせなきゃいけないんだろう。私はとりあえず、身を翻して蜜柑の木の方に行った。

 蜜柑をとって戻ると、さっきの女の子が藍希を介抱していた。

「お、戻ってきた! それじゃちょっと貸してね〜っと……」

 蜜柑に触れると、「ちべた!!」と反応してから何かを唱え始め、すると蜜柑が光の粒となって消えた。

 でもよく見ると女の子の手に淡い橙の色の光が宿っていて、これを藍希の上にかざすとその光は藍希の中に入り込んだ。

 ──しばらくすると藍希が目を覚ました。

 起き上がって、きょろきょろとして私の方を見ると、安心した顔で、「よかった」と呟いた。

 しかし介抱してくれていた女の子を見ると、その女の子から後ずさった。

「え〜ひどくな〜い!?」

「……お前は誰だ」

 なんだかこの女の子をひどく警戒しているようだった。

「む〜……やっぱり警戒されてるけど私なんもしないよ!! まぁとりあえず、私は藍紅吹雪丸(あいべにのふぶきまる)! 私、悪い子じゃないよ!」

 ばちこーん☆とでもいう音がなりそうなウインクをきめて、女の子、いや吹雪丸は立ち上がった。


「それじゃ、行きましょ〜か」

 少し進んだ後、私たちがついてきていないのを見るとこっちこっち、と手招きした。

 行くところもないので藍希を立ち上がらせてとことこと彼女を追いかける。

「ふ、吹雪丸ちゃん……でいいのかな? どこに行くの?」

「ん? 別の世界」

「別の世界?」

 思わず首を傾げた。

「じゃあ、ここで二人に問題! 今この世界にいる動物の総数はどれくらいでしょうか! じゃあ藍希くんから、どうぞ!」

「唐突!? ……えぇっと、三万くらい?」

「吹雪ちゃんは?」

「え、えぇっと……えぇっと……い、一億とか?」

 すると先を進んでいた吹雪丸は身を翻し、こちらに走り寄ってくる。

「せ〜かいは、3! 二人とも不正解っ!」

「「……え?」」

 3? つまり……

「今ここにいる僕らしかここにはいない……!?」

 藍希が青ざめているのがわかる。わからないが、私の顔色も悪くなっていることだろう。

「そゆこと。藍希くん覚えてるだろうけど、大嵐あったでしょ? あれで畑全部ダメになってね、ほぼほぼの生物はあれでお亡くなり。最後に生きてた昨日のあのシロクマも、あの後ふつーに寿命でね」

 進んでいた方向に向き直ると、吹雪丸はまた先に進む。藍希はああ、あれか、とでも言いたそうな表情をしていた。

「まぁそれはいいとして、いっしょに別の世界、行かない? ここにいてもいいけど、つまんないでしょ? いろいろ協力してくれるなら、私のおうちに居候させてあげるからさ」

「うぇ!? で、でも悪いんじゃあ……」

 いまいち彼女の目的がわからず、とりあえず否定を重ねる。

「でもゆーて行くとこないでしょ?」

 そう言われると図星なので、ギクリと肩を動かす。

「なんか怪しまれてそうだから言うけど、私ただただ君たち面白そうだから言ってるだけで、別に煮ようとか焼こうとか食べようとか思ってないからね?」

 歩いていると、井戸が見えてきた。

「君たちにはデメリット起こさせないし、私的にはついてきてほし〜な? 働き手は多いほうがいいからね!」

 吹雪丸はそう言うと、私と藍希の手を掴んで井戸の方に走って行く。

 井戸の水は、遠目ではあまりわからなかったが、金色に光っていた。この光景は、見たことある気がする。

「とりあえず、連行!」

 そう言うと、吹雪丸は私と藍希の手を掴んだそのまま、井戸の中に飛び込む。

 藍希の一瞬見えた表情はえ、みたいな面倒なことに巻き込まれたんじゃあ……みたいな表情だった。

 けど、私はといえば──多分、すごく楽しそうなことに目を光らせる顔をしていた。

 私です!

 そうです!!

 私です!!!(謎の激しい自己主張)

 藍紅吹雪丸です。作中にも登場してましたね。ようやくこいつを出せる〜! と思って楽しく書いてました。

 急にあとがきを書き始めたのは、物語がようやく一話に行ったくらいの区切りになったからです。作品の進み方の補足を書きにきました。

 今回、祝0な訳なのですが、これがようやく今のお話です。−1も今の話ですね。

 現時点で上がっている−4は、過去の話です。ーのACTは過去のお話を掘っていっています。

 そして次回、ACT1でここまで切れ切れに登場していたキャラクターが同じ世界に集まり、楽しい日常を送る……! みたいなのやりたい。(願望)

 そう言う感じでやります。おそらく−1投稿は−3投稿後です。

 いいたいこと言い切った感がすごいのでここら辺でやめにします。

 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました! また書きたくなった時にちょこちょこあとがきはさみたいなと思います!

 それでは!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ