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流星の銀世界  作者: 藍紅 吹雪丸
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ACT-3 樹林の中の使者=後編

 麗子という少女(アンドロイド)は、勝手なアンドロイド作成の産物だった。

 そのアンドロイドの連鎖は、初めこのジャングル地区を開拓しようとやって来た人間から始まる。持ち込んだ資金を全てつぎ込み、『REIC-12』と名付けられた12体のREIC(レイク)を開発したのだ。 その12体には、一体一体に『コアデータ』と呼ばれた核が入っており、それにより学習・会話が行え、限りなく人間に近い知能を持っていた。

 しかしREIC-I(レイキ)、つまり1号機はすぐに全壊し修理も不可能になった。このREIC-Iの仕事はジャングル地区開拓のための森林伐採であったが、その周辺に生息していた動物たちにより壊されてしまったのだった。3体までのREICが壊れてしまったところで、ようやく開発した人間はこのジャングル内の仕事には、多少の戦闘能力が必要なことを悟った。

 それからは、どんどん4号機、5号機と続いて戦闘データの収集のためだけに壊れていった。その時点で、アンドロイド開発は『ジャングルの開拓』という目的を逸脱し始めていたのだ。

 その人間は、『戦闘機開発』を着々と進めていった。

 木をなぎ倒す最高の割合について。動物を最速で仕留める最高の手順について。戦闘データが集められ続けた。

しかし、それもやむ無く終了となった。資金が尽きたのだ。

 だがその人間はとある研究所の所長だったため、待てば部下の研究者達が出した利益を、資金としてこちらに送ることが予想された。そのため、それを待つことにしたのだが、その空いた時間に戦闘データをさらに収集するため、『壊れることを前提とした戦闘データ収集機』が作り、運用することとしたのだ。


 壊れた12体のREICの無事なパーツの寄せ集め。コアデータは全て無事だったため、その寄せ集めは全ての記憶を持っていた。火炎城という名前が炎を操るという意味でつけられていたも、燃料の消費を抑えるために炎も出せなくされた。

 12体のREICの、結晶体。いないはずのREICの13体目、零号機。


それが、『REIK-O』。


つまり、麗子。


 ❅


 ──いつかの訓練。

 ジャングル内を麗子はひたすらに歩かされていた。飽きることもやめることも知らない太陽の視線を隠すように、木々は今日もその美しい若葉色の葉を時折撫でるように揺らされながら、生い茂っていた。

 しかし麗子はそんな世界の美しさを知らなかった。戦闘データを取るための黒いゴーグルが、今日の麗子の視界もモノクロに染めていた。麗子は知らなかった。自分が可憐な少女の姿であることも。世界の全てだと思い込んでいる研究所とジャングルが、世界のひとかけらであることも。自分のやらされるべき本来の仕事である、この地区の開拓のことについても。

 知らなかった。


 ピピッと、耳についたイヤホンから、低めの男性の声……もといマスター(開発者)の声が聞こえた。

『あー……前方150m地点に生体反応だ。大きさ的に熊だな。ちゃっちゃと近づいて5秒で倒せ。』

「……YES、マスター。」

 麗子は短くそう答え、靴裏のジェットを作動させると一気に149mまで進み、木陰から熊の背中を視界にとらえた。

「前方1m地点にターゲットを捕捉しました。攻撃を開始します。」

 イヤホンからは何も声は聞こえない。いつも本当に指令の時しか声を出してはくれなかった。右手を鋭い短刀の形に変化させると、木陰から飛び出し大きく直上に跳躍する。その勢いのまま、右手の短刀を熊の頭に突き刺した。

ここまで2.63秒。そしてトドメに電流を流し込む。

「~゛~゛~゛~゛ッ゛」

 そんな断末魔を空気に溶かしながら、熊は前に大きく倒れ込んだ。

 ……これで、3.00秒。普段5秒ほどかかるので、こんなに早く化け物を倒せたのは麗子自身初めてだった。倒した報告をするために口を開こうとすると、珍しく先にマスターの声が聞こえた。


『ほう…新記録か。最速だな、やるじゃないか。』


「…え?」

『やるじゃないか。』一瞬、麗子はその言葉を何のために言われたのかわからなかった。

 自分の姉兄に当たるREICの記憶にも、こんな自分を喜ばせるような言葉をかけられたような記憶はなかった。ただただ、何とも言えない嬉しさを感じていた。

──マスターは、何をしてくれたのだろうか。

──これは…『褒められた』?


──褒められた?褒められた。……褒められた!

 それは、命令に従うだけの『壊れる前提として作られた』麗子にとって生きる意味になれたものだった。


『……どうした、報告をしろ。』

「は、はい! ターゲット、殺害完了しました!」

『それでは次だ。探索を始めろ。』

「……マスター。」

『……何だ。』

「私、もっと頑張りますから!」

 そう言って、麗子は駆け出した。

 イヤホンは、やけに嬉しそうに『……フン。』と言ったマスターの小さな声を麗子の耳に届けたが、それも気づかないほど、麗子は今幸せでいっぱいだった。

 罪のない生き物を殺して褒められている今の異常さを知らずに。


 ──ある日の実験。

「……っはぁ…ぁ"…ぅ…」

 87体目の熊を倒したところで、麗子はついに大きく息を吐いた。もっと早く敵を倒せるようになるため。以前の熊のコピーを麗子は麗子は倒し続けさせられていた。88体目の熊が現れ、麗子に向かって走ってくる。

「あ……」

 麗子を見ると、全身が汗ばんで、表情は疲れきったような顔をしていた。でも、またマスターに褒められるために。

 ……雷撃を放つ体勢をとる。

「この(Enemy)も、やればいいんですよね」


 ❄︎


「だめーーーー!!」

 足元から吹雪の声が聞こえた気がしたがきっと空耳だと割り切る。雷撃を放とうとすると、シロクマの足の下に、氷の結晶が張られていることに気がついた。そしてそこから、

『ズシャアアアァァァァァァッ』

 突如そう音をたててシロクマの半分ほどの大きさの氷山が飛び出し、シロクマを吹き飛ばした。氷山が朝日の淡い光を反射させ、美しく輝いた。その様子を麗子は見逃さず、美しさに一瞬目を奪われた。

 しかしその余韻にも浸れぬまま、吹き飛んだシロクマを確認する。シロクマは10mほど吹き飛んだが何故か無傷のようだ。

 すると今の麗子のマスター、吹雪が先ほどシロクマが立っていた場所に頭から出てきた。

「ええええぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?マスター、いつからそこに!?」

「シロクマ見かけて逃げたんだけど、この辺に張ってた氷から辛そうな顔の麗子見かけたから氷使ってワープしてきた」

 地面を確認すると、シロクマの足元だけでなく、結晶を描いたような氷がここら一帯に張り巡らされていた。

「氷を通してワープなんて…すごいですね、マスター!」

「それより一旦逃げるよ!」

「わっ……ちょっ……」

 吹雪が半ば強引に麗子の手を掴み、走り出す。即席のココナッツで作った水筒たちがコロンコロンと音をたてる。吹雪につられて麗子も同じように走り出した。

 初めて触れた吹雪(ヒト)の手は、少し冷たかった。

 そう言えば麗子は吹雪の種族を聞いていなかったが、たくさん氷や雪に関連する技を使っていたので、きっと雪女とかの種族なのだろうと思えた。しかし、麗子が初めて触れたヒトの肌は、とても、とても温かく感じられた。


『壊れても良い』と言われていた麗子は、()()マスターの元にいた時に同じように追い詰められても、見殺しにされたと思う。

 しかし、このマスターは『自分が襲われてしまう』かもしれないのに、自分の元へ駆けつけてくれた。

「あの、……マスターは、何で私の攻撃を遮るようにきてくれたのですか……?」

「ん? まぁ、さっきも言ったけど麗子が辛そうな顔をしてたし……」

 吹雪はそこで立ち止まり、進む方角をまっすぐまっすぐ見据え、こう言った。


「シロクマが麗子に倒されちゃいそうだったしね。罪のない生き物はやっちゃだめ、だからかな」


 罪のない生き物を殺して褒められることだけが幸せだと思っていた麗子の存在意義が、音を立てて砕けたような気がした。

「もちろん、麗子もとっても大切な命を持ってる、()()なんだから、死んでもいいなんて思っちゃダメ思っちゃダメだからね!!」

 吹雪がこちらを向いて、そう言って笑う。アンドロイドの私を、人として扱ってくれていた。


「マスター、私……前のマスターにずっと、何もしていない動物を殺させられ続けてたんです……」

 麗子がうつむき、自分の手を見る。焼けていない白い肌が、なんとなく、動物の血がこびりついているような気がしてしまって。

「私は……悪い子なんでしょうか……?」

 そういうと、吹雪が麗子の頰をつかんだ。

「麗子、悪いことしたって思う?」

 そんな少し幼稚な言葉遣いの言葉を言った吹雪は、真剣な顔つきで麗子を見据えた。

「……少し前なら、きっと当たり前だから何も悪くないんだ、って言ったと思うんです。でも、今なら、今のマスターを見ている今なら、『悪いことしてた』って思えたんです」

 そう考えると、麗子の頰を、何か温かいものが伝っていった。

「あれ、これ……なんでしょうか……」 

 『それ』は、止まらずポロポロと溢れ出てきた。

「そう思ってるならきっと、みんな麗子を許してくれるよ」

  吹雪はそう言って、麗子の頰についた『それ』を袖で拭った。

「これはね、涙っていうんだよ」

 涙で視界がぼやけていたが、自分の涙が朝日の光を反射させて煌めいたのが見えた。その光は、とても鮮やかな色を麗子の瞳に焼き付ける。この世界は、こんなに美しかったんだと、思えた。自分は、この美しい世界の一部になれているのかと思えた瞬間(とき)だった。

 モノクロだった麗子の世界を鮮やかに彩ってくれたその人は、今もなお麗子の瞳から溢れ続ける涙を拭ってくれていた。

「マスターは……雪女なんですか?」

 そう聞いて見たくなった。

「ん、そうなんだけど……怖い?」

「……いいえ、全く。私はずっと、マスターが大好きです!」

「…そっか」

 吹雪は、心なしか安心したようにそう言って優しく微笑んだ。その優しい顔を見ていると、また涙が溢れてしまって。しばらく麗子は、涙を流し続けていた。


 麗子が泣き止んだ頃、二人はまたワープホールに向かって歩き出し、ついに歪にたどり着いた。途中、麗子がとってきていた魚や水は、全て食べてしまっていた。

「ここが地図の上のワープホールですね…!」

 その辿り着いた場所はワープホールの近未来な設備、というより古代都市の遺跡、という感じの場所だった。

 円形に敷かれた石畳の真ん中には、真ん中に人が一人入れそうなくらいの大きさの古い井戸があった。少し濁った水が入っていて、重なった灰色の岩の隙間に蔦が伸びていた。かなり昔に作られていたものだと思える。

「……ってそうだ、忘れてました」

 麗子が思い出したように自分のスカートのポケットに手を突っ込む。しばらくごそごそと何かを探し、やがて小さな赤い宝石を取り出し、吹雪に見せる。

「これは私にその宝石のある位置情報位置情報を伝え続けてくれる端末でして……なんかはぐれた時とかにマスターさえそこにいれば私が駆けつけられるんです! うーん……この辺に……」

 そう言いながら、麗子が吹雪の胸元のリボンの裏に宝石を取り付ける。

「はぐれることはないと信じたいけどね~……。ありがとう」

「!! どういたしまして! です!」

 そう言って麗子がニコッと笑った。


「うーん……やっぱりここかな……」

 しばらく周りを探しても何もなかったので、吹雪は最後に井戸の岩に触れてみたが、何も起こらない。

「危ないと困るから、ちょっと離れてて…なんかすんごい嫌な予感がする」

「わ、わかりました…」

 麗子を遠ざけてから、一番怪しい井戸の水に触れる。

 刹那、吹雪は何か嫌な感じを感じとり、大きく立っていた場所から飛び退いた。飛び退いた次の瞬間、吹雪の立っていた場所が凝縮し、黒い霧を纏った人影が完成した。その人影は炎を散らしながら麗子の方へ接近していく。

「な…なんなんですかなんなんですか、これ!?」

 その人影は次々と麗子に攻撃を仕掛けており、麗子は防戦一方のようだった。

「あ…あ…」

 吹雪が青ざめた表情で声を漏らす。


能淵様(のうえんさま)だ…!」


「の…能淵様…?」

 不思議と、知らないはずの単語が吹雪の口からこぼれた。記憶が戻ってきた感覚もないのに、吹雪は『能淵様』をなぜか知っていて、恐怖していた。麗子を助けなきゃ、と思っても足は頑なに動いてくれない。どうしようもない、絶望が吹雪の中をぐるぐると回り続ける。



「マスター……! 後ろ……!」

麗子に言われ吹雪がハッと振り向くと、井戸の水が金色に輝いていた。小さな恐怖から逃げたいと言う感情が、吹雪を井戸まであとずらせた。

「それに……入って……くださ……い……!」

 麗子が能淵様の攻撃を避けながら絞り出すようにそう言った。

「で、でも……麗子が……!」

「私は……大丈夫です…から…! だから……!」

 麗子はそう言うと吹雪に接近し、吹雪を井戸の中に押し込んだ。

「すぐ……追いつきますから。私の、最高の、マスター。」


 じゃぽん、と自分が金色の水に入った音とともに。


 吹雪の意識は途絶えた。



 ❄︎



 ……どうだった? 面白かったよ、って言ってもらえると私は嬉しいものなんだけど……みなさんのお眼鏡にかなったのかな?私の丸眼鏡だとこれが限界なわけだよ。

 ま、今回はここでおしまい! この後の吹雪は、麗子はどうなったのかなぁ……まぁその辺はまた今度だね。私も疲れたし。

 それじゃあ、ここでお別れかな!また今度!


 ……そう言うと、少女は、水色と赤の混じった髪と赤いチェックのマフラーを揺らしながら、闇に消えて行った……




      To be continued……

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